短編小説 消費される青春
「あっ、矢野」
風呂上がり、頭をタオルで拭きながらふと目をやったテレビの中に矢野は居た。
中堅のお笑い芸人に話を振られて、困ったような顔をして同意するような言葉を紡ぐ。
学生時代矢野は、目立つタイプでも大人しいタイプでもなかった。プリントが配られる時、掃除の合間、体育祭など、言葉を交わした事はあった。しかし何を話したのか覚えてはいない。吹奏楽部、いや水泳部だったか。矢野の下の名前は忘れてしまった。
VTRが流れる間もテレビから目が離せない。いつワイプに矢野が映るのかわからない。ただテレビの方はこちらの気持ちも知らず気まぐれに矢野を映してはエンディングのテロップを流した。
「タレントになったのか」
感嘆の溜息が漏れる。
メイクのせいか幼く見えた同級生の顔を思い出そうとするのだが上手く笑顔が描けない。
すっかり冷えてしまった髪の毛を乾かす。ドライヤーの熱風が心地よく目を閉じる。
華やかな生活をしているんだろうなと思う。若く見えるために金をかけ、メイクも、髪型も、体型の維持も苦労しているに違いない。
夕飯は牛丼屋ですませたのだが少し腹が減っている。冷蔵庫を開け、ビールに手を伸ばすとしゃがんだ太ももに軽く腹の肉が乗る。
かまわず缶を手に取り一口、二口喉に流すと炭酸が体のコリを弛緩してくれたような気がしてくる。
芸能人だけあって、スタイルはよかった。特に脚が良かった。やはり水泳部だったのではないかと思うが思い出すまでには至らない。
プリントを配る矢野。
ごみ捨ての時ポニーテールだった矢野。
体育祭のリレーで抜かされた時、周りの女と一緒になって悲鳴をあげた矢野。
一口ビールを舐めて卒業アルバムを探そうと思ったが、実家にあるかもしれないと思い直した。
ぼんやりビールを飲んでからトイレで小便を済ますとスマホで動画サイトを探す。
よく似た女が組み敷かれるのを、吹奏楽部か水泳部か悩みながら眺める。最後には全てがどうでもよかった。
頭が冴えて眠れないかとおもったが、そんなこともなかった。