短編小説 コメディ
着信音が聞こえる。風呂から上がったばかりで髪を拭いていた昌也はそれを無視した。水を飲む。相手が誰かはわかっている。恋人の奈実か、その友達である。別れは近い。ぐしゃぐしゃとタオルで乱暴にかいた。
リモコンをとってテレビをつけると、一緒に行こうと約束していた映画が映った。結局タイミングが合わず行くことがなかった映画を、ぼんやり眺めながら髪の毛が乾くのを待った。着信音が鳴る。一度スマホの方へ視線をやって、そのまま映画を見続けた。
大袈裟な演技で引きつけるようなコメディだった。演者が尻もちをついた際ははっ、と思わず笑い声が漏れた。こんな笑い声を本当は彼女とあげるつもりだったのだと思うと、急に自分の声が淋しく聞こえた気がした。
着信音は鳴らない。
電話に出ても「あ、久しぶり」なんて間抜けな言葉を発してしまいそうな気もする。このまま自然消滅が一番キレイな形だと思うが向こうはどうしても決着をつけたいのであろう。友達まで参戦しているのだ。どう考えてもキレイには終われない。
「楽しかったよ」
昌也は声に出して言ってみた。奈実は綺麗で可愛らしくて優しかった。次に浮かんだのは「このやろう」だが、これは楽しかったことに対する照れの感情であって、恨みなんてものは持っちゃいない。
気が利く女だった。察すれば大体のわがままを通してくれた。ただ、わがままが物足りなかったのか、あるいは見当違いだったのか別れる事に彼女は必死になっている。線引きの下手な女なのか、察するのをやめたのか。
すると今度はこちらが察する番なのではないかという気になってくる。別れましたと看板を立てたい彼女にはもう別の男がいるのでは無いか。友達もそれを知っていて乗り換えを応援している。そう考えると何となくだが納得出来るような気がした。過去の男。奈実は前に進むことに一生懸命なのだ。
電話に出て一つ恨み言でも言ってやろうか。そんな気になった。着信を待つ。テレビからは映画のクライマックスらしい大仰な音楽が流れている。告白シーンである。思わず失笑した。すると着信音が鳴る。昌也は焦る。スマホまで急いで行って、相手を確認する。奈実だった。昌也は電話をとった。
「あ、久しぶり」
声を出したとたん奈実の声が聞こえなくなった。一気に身体の力が抜けてはぁ、とため息をついた。
「明日会いたいの」
奈実のほうは、真剣である。ただ、テレビではハッピーエンドの喜劇が大袈裟に立ち回るので昌也は可笑しくて仕方なかった。
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