短編小説 性欲に埋もれた部屋
足の踏み場がない部屋というものを初めて見た。
「ちょっと散らかってるけど」などと言いながら優里香は器用に獣道を作っていくが、正直進むのを遠慮したくなる部屋だった。
反射的にこの部屋のベッドを探した。一体俺はどこでヤるつもりだったんだろうと思う。
「ごめん、お茶は出せないの」
恥ずかしそうに冷蔵庫を開け、ペットボトルの水を渡してくる。キッチンには化粧品や鏡、ブラシやドライヤーなどが山積みになっている。
この水を飲めと言われても素直に飲む気にはならず、ペットボトルをひっくり返したりして賞味期限が書いていないのか探してしまう。
「なぁ、この部屋に入ったの俺で何人目?」
ペットボトルのキャップをひねりながらゴミの山を眺める。こんな部屋に暮らす女ならいくら汚してもいいような気がしてくる。
「つまんない事聞くね」
唇を尖らせながらも優里香は答えない。小さな沈黙が部屋を支配する。
事後、優里香は鞄の中から煙草を取り出し火をつけた。テーブルの上にあった灰皿を取ってやりながらペットボトルの水を飲み干す。
「煙草、吸う?」
断りながらペットボトルを捨てる場所を探すが、そんなものを探すのは無理なのではないかとも思う。
適当なビニール袋を拾い、ペットボトルを入れるとついでにその辺に放られたペットボトルを集める。口を縛ってペットボトルの袋をベッドの脇に置くとコンビニ弁当の容器が気になる。袋を見繕って弁当の容器やカップ麺の容器を入れる。それが終わると服が散乱しているのが気になってくる。ブラジャーを摘んだ時向こう側でポカンとこちらを見る優里香と目が合う。
「シャワー浴びなよ」
バスルームに促されると、あぁ、このブラジャーは今つけていた物なのかなどと妙に納得してしまう。
「水、もう一本貰える?」
「ない、もうない」
優里香は灰皿に煙草を押し付けながら答え、ブラジャーをつけないまま拾ったパーカーを羽織った。
「人には勧めてシャワー浴びないのかよ」
「一緒に入る?」
優里香は興味も無さげにジーンズを履くと空いた床に座り込んだ。
「いいけど」
「やめとく、内臓まで洗われそう」
自分だけ笑うと、思い出したように視線をこちらに向けてくる。
まだ居るの?と言われているようだった。立ち上がって纏めたペットボトルの袋を持つ。
玄関で靴を履いていると背中から声がする。
「ごはんいく?」
振り返る。優里香は纏めた弁当のゴミ袋を持ち上げる。この部屋はこんなに散らかっていたのかと思う。
「まずはシャワーを浴びろ」
ペットボトルの袋を持つとそのままドアを閉めた。