短編小説 白い耳
「だからさぁ、私言ったの。お金も無いのに誘うなって」
「んー」
早苗は目の前の浩美に身振りを混じえながら不満をぶちまけた。浩美は聞いているのかいないのか、ぼんやりとアイスティーを啜っている。
「だってそうでしょ?私の時間を使ってるのにガソリンまで割り勘だなんてセコすぎない?」
ひとたび口を開けば不満が山のように出てくる。高揚した早苗は浩美に話しているというより、この前言いあぐねた相手の男に話すように声を張り上げた。
「女は支度にだって男よりお金がかかってる。そういうの全然わかってないんだよね」
早苗はため息をつく。浩美はズズズ、と音を立ててアイスティーを飲み干した。
「女を大事にするつもりがないんだよね、俺について来いっていうなら面倒見て、それからの話だよね」
浩美は右の耳に手を当てる。それは比喩ではなく大分白かった。それに気付いた早苗はあっ、と大きな声を出した。
「ごめん、私 白いから さー、あんまり聞こえてなかった」
浩美は申し訳なさそうにてのひらを内側に両手を目の前に出した。
「私こそごめん、浩美が 白い のいつも忘れちゃうんだよね」
早苗はふふ、と笑うと目線を上にあげて考える。
「えーと、その男性は私の事好きじゃなかったみたい」
「そうなんだ」
「その男性は女性がお洒落をするのは当たり前だと思ってるみたいだったんだけどね」
「お洒落はたのしいよね」
「気合い入れて損した」
「?」
浩美は耳に手を当てる。早苗は少し考えてから口を開く。
「10回目のデートみたいだった」
「あぁ、合わなかったんだ」
早苗が言い直す度、浩美の頷きは増えていった。
「あぁー、浩美と話すと自分の醜さがわかるよ」
早苗は伸びをした。浩美はなんとも言えない表情をする。
「ごめん、白くて」
「白いのは浩美のせいじゃないよ、それより」
早苗が身を乗り出す。
「白くない事、言いたくなった時ってどうしてるの?」
浩美は目を丸くする。
「どうしてるんだろう?」
それは浩美自身にもわからなかった。白く消えてしまっているのかもしれない。浩美は白い耳を撫でる。不便な耳だと思う。良い事なんてなかったかもしれないと思う。すると少しだけ耳に肌色が増す。髪の毛に隠された、誰にも気付かれないままの白い耳である。