短編小説 冷たいアイスティー

子供は諦めてほしい、と妻は言った。
真剣に僕を見つめる妻と視線を合わすと、自然と首が傾ぐ。
「お茶でも飲もうか」
キッチンに立つ僕の背中を声が追いかけてくる
「もう限界なの」
「性行為を管理されて」
「貴方にも恥ずかしい思いをさせて」
「やすみをとるのが申し訳ない」
「お金もかかる」
「何よりもうがっかりしたくない」  

やかんに水を入れて火にかける。
「ぼくは、子供が欲しいよ」
振り返ると妻は絶望的な顔をして、ついに声を上げて泣き出した。
「無理なの、もう無理なの」
「どうして?」
泣きじゃくる妻になだめるように声をかける。
シュンシュンとやかんから湯気が湧き始める。無理なの としか言わない妻に首を傾げたまま、僕は明るい声を出した。
「もっと、稼ぐよ」
妻はゆるゆると首を振る。
「もっと、家事もする」
妻は溜息をつく。
「君との子供が欲しい」
できるだけ穏やかに見えるよう、僕ははにかんだ。
さめざめ泣く妻は小さく息を止めて、吐息と一緒に吐き出した。
「離婚しましょう」
今度は僕が溜息をつく番だった。
「待って、もう沸くから」
やかんから蒸気と共にピーと音が沸く。
僕には好みの熱いコーヒー、妻には少しでも落ち着くようにアイスティーをいれるつもりだ。  

お湯を注いだグラスがパリンと音を立てて割れた。

#短編小説

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