非定型精神病闘病エッセイ漫画が新聞記事になって考えたこと。
今日、8月1日に、先日取材していただいた上毛新聞さんの記事が掲載されました。
思っていたより全然良心的な記事で、私の伝えたかったことを忠実に記事にしてくださいました。ありがとうございます!
今日は朝から母の電話で目覚めました。
「前橋の友達が、あなたが上毛新聞に載っているって電話くれたのよ!」
母には、今日、コンビニで上毛新聞を買って渡す予定だったので、まだ記事の内容は知らなかったようですが、嬉しそうに話していました。私も嬉しくなって、
「後で新聞買って行くね!」
と言って、うきうきと電話を切りました。漫画の仕事があんまりなくなって、15年。まさか自分の記事が新聞に載ることがあるとは!ようやく親孝行ができた気がして、私はコンビニに行って上毛新聞を買い、母の家に行って新聞を渡しました。
母は黙って、時間をかけて読み、読み終えるとガサガサと新聞を裏返して別の記事を読み続けました。
(あれ?何も言ってくれないの?)
「なんで、みんな政治献金とか受け取ってしまうんだろうねぇ…」
母は裏返した記事についてコメントしました。私は母に無視されるのは慣れていたので、
「みんなもらっているから罪悪感がないんだろうね」
と、返しました。それきり、私の記事は話題になりませんでした。
その後、父の家に行き、父にも新聞を見せました。父も黙って読み、やはり何も言いませんでした。
私はようやく気づきました。
これ、親孝行になってなかったんだな…
33歳の時、2度目の退院の後、私は用心深くなり、家族に幻聴や妄想のことを知られないように努力しました。結果、おそらく家族は2度の入退院の後、娘は全快して、生活に何の問題もない…そう信じて20年以上。もちろん私は幻聴や妄想の名残りを抱えて苦しんでいたのですが、そういうことは病院で先生に相談し、家族に伝えることはありませんでした。
家族に心配をかけたくない…と思っていました。
私にとっては苦しんだ27年でしたが、家族にとっては遠い昔の、終わった話。今さら、エッセイ漫画を描いて、
「当時は苦しかったんです!」
と、訴えられても…
「私たちは何もしてあげられなかった」
と、後悔させるだけだったんだな…
両親とも、もう年齢は80歳越え。昔の娘の心情を理解するのも難しいでしょう。
「娘の仕事が、新聞に取り上げられた!」
と、ぬか喜びさせてしまって申し訳なかった…と思います。
そして、考えました。
これは、精神疾患を持つ当事者さんと当事者家族さんの、普遍的な問題なのでは…?理解されないつらさを、当事者さんの多くが抱いているんじゃないのかな?
私はエッセイ漫画『ある日、自分の脳から声が聞こえたら』を、
「病気していろいろありましたけど、寛解しました!皆さんも諦めないで!」
と、まとめるつもりでいました。でも今、
「寛解したから良かったね!」
で終わらせていいのかな…と思い始めています。今私が考えていることの詳しくは、エッセイ漫画の最終回に描きたいので、ここでは全てを語りませんが、5月に配信が始まって以降、友人や知人からも好意的な反応をもらったり、
「大変だったね」
と、労ってもらえたり…すごくありがたかったです。
反面、申し訳ないのですが、全く無関心…無視、という反応もありました。もちろんいろいろな考え方もあると思いますが、心の病気、というあまり理解できないことを、深く考えたくないのかな…と思いました。
「なんて声をかけてあげればいいのかわからない…」
「接し方の正解がわからない…」
難しいですよね。わかります。でも、まず、
当事者がどんな気持ちで生活しているか理解する努力をしてほしい…見るのがめんどくさいからといって、病気を「なかったこと」にしないでほしい…
当事者も病気は苦しいです。もちろん、病気でなかったら良かった。でも、病気になってしまったからには、
当事者の人生は、病気と共にあります。
無視しないでほしいのです。
……そんな想いを最終回に込めて、執筆頑張りますね!