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お胸事情

長女を妊娠してからの七年間、私はほとんどの期間を妊娠しているか授乳しているかで過ごしてきた。
腹にも乳にも何も入っていない期間はこの七年間において、二年に満たないのではないかと思う。
妊娠すると(個人差はあるけれど)おっぱいに異変が表れることが多い。
長女を妊娠したとき、私のおっぱいはかなりの膨張率で、手持ちのブラジャーがすぐに窮屈になってしまったのだ。
ベビー用品売り場でマタニティブラ、というものを購入した。
マタニティブラというのは一般的なブラジャーと違って、ワイヤーが入っておらず、締め付けがほとんどない。
変化していく身体についていくのが精いっぱいなので、おっぱいの形がどうとか脇に肉がはみ出るとか、そういった美醜に関することは置いておいて、とにかく、変わりゆく身体にしっくりくるものがほしいのだ。

マタニティブラは快適そのものだった。
今までつけていた重苦しいブラジャーは何だったのかと疑いたくなる。
マタニティブラは赤子が産まれたら胸の少し上にあるホックをワンタッチにはずして乳をやることもできるシステマティックな一面も持ち合わせる。
それに引き換え、今まで使っていたブラジャーときたら気難しいレースで覆われており、洗濯にも気を遣うし、窮屈でもある。その上、授乳をするには不便しかない。とんだじゃじゃ馬だ。

産後、もちろん私は授乳ブラのお世話になった。
もう一心同体だった。
次第に乳の匂いが染みついていくそれは、もうほとんど私だった。
娘が安眠できるのでは、と娘の枕元にそれを置いて寝たこともある。
良きパートナーだった。

時にはユニクロのブラトップのお世話になったこともある。
ユニクロのブラトップは授乳ブラほどの機能性は持ち合わせていないけれど、キャミソールとブラジャーが一体になっているので、それはそれで利便性と呼んでいい。
洗濯物が減る。
そして、もちろん締め付けのない快適さもある。二番手として十分だ。

さて、三人目が卒乳して8ヶ月が過ぎた。
もうさすがに乳も出ていないし、この先やる予定もない。
夏の終わり頃だったろうか、私は授乳ブラとのお別れを決めた。
こういうのは思い切りが肝心なので、私はすっぱり気持ちを切り替えて、下着売り場へ赴いた。
育児に授乳に追われてすっかり痩せ細った私の胸にぴったりのブラジャーを探すのだ。
ついに気難しいじゃじゃ馬を再び手に入れる時が来たのだ。
試着室でそれらしいものをいくつかつけてみる。
授乳ブラにはない懐かしい華美な装飾に心が躍った。
ああ、お帰り私。
気に入った何枚かを選んで、レジへ向かう。
歩いていてもまるで足元が弾んでいるような心地だった。

ワイヤーが入った、少し高級なそのブラジャーはつけると背中がしゃんとした。
胸もきちんと上を向く。
嬉しかった。
幼稚園のお迎えに行っても、
「私ちゃんとしたブラジャーしてるんですよ」
と触れて回りたくなった。
そのくらい嬉しかったのだ。

潔く処分したので授乳ブラはもうすでに手元にはないものの、ブラトップが今もまだ二枚残っている。
これらも必要がなくなった、ということだ。
かつて、私はワイヤー入りのブラジャーだけを自分の胸に乗せて生きていたのだ。
ブラトップだってもう用はない。

ところが、だ。
捨てられない。
わざわざ捨てる必要もないと思われるだろうが、私の所有する二枚のブラトップのうちの一枚はもうとうに寿命を迎えている。
黒かったはずのキャミソール部はすでに濃いグレーへと変色を遂げている。
ストラップも心なしか頼りない。
ちゃんとしたブラジャーを所有した今、捨て時がやってきているというものだ。

けれど、捨てることができない。

いてくれないと不安なのだ。
じゃあ、新しいブラトップを買えばいいのでは、と思われるかもしれないが、新しいブラトップを買ってしまったら最後、私はもうこのじゃじゃ馬を乗りこなすことはできなくなるに決まっている。
洗うのも億劫、着けるのも窮屈、じゃじゃ馬は美しい代わりに大変なのだ。
ただでさえ快適なブラトップが新品ともなれば快適の上乗せ効果でもう抜け出せなくなるだろう。

素敵なブラジャーで胸を包んだ私でいたい気持ちをぎゅうぎゅうに胸に詰めた私が今日つけているのはやっぱりブラトップだったりする。
もうこの先、私の乳を護るのはブラトップでいいのだろうな、とほんとうは気づいている。
気づいているけど、やっぱりちゃんとじゃじゃ馬を乗りこなしたい気持ちも当然ある。
明日こそ着けるつもりの少し高価なブラジャーはもう何日もタンスの奥で眠っている。

華美で素敵なブラトップができたらきっと飛びついて買うのだけど。

とつい、思ったけど、そんなものができたら新品で快適の上乗せにさらに華やかさの上乗せなわけだから、増し増しに次ぐ増し増しが起こって、せっかく買ったあのちゃんとしたブラジャーたちは二度と私の胸にやってこないし、私の胸はもう二度と上を向けないしで、やっぱりブラトップは今後もあのつるんとした形態を守ってもらわないと困るんだ、という訳。

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ハネサエ.
また読みにきてくれたらそれでもう。