令和が私を殴るから
つくづく親というのは試される生きものなんだな、と思わざるを得ない数週間だった。
違う、進行形だ。数週間「だ」。
5月4日に我が家にやってきたインフルエンザはいまだ猛威をふるっている。
10連休でボコボコに精も根も尽き果てそうなところにこの仕打ち、令和はなにを考えているのか。
私はよい令和を迎えるためにきちんと玄関のお掃除までしたというのに。
始まりはなんてことない些細な変化だった。
息子(4)の声がまるで銅鑼(どら)のように聞こえた。
息子の声が異常にでかいことにはもう、うんと前に慣れたはずだった(耳が悪いのかと思い耳鼻科にもいったほど)のに、その日は一段と大きく聞こえた。
定番の「ママきてー!」が頭の奥にぐわわわーんと反響するように響き渡ったのだ。
連休も後半を迎えていよいよ疲労が溜まっているのだな、とそのときは自分をささやかにねぎらうにとどまったのだけど、倦怠感がみるみるうちに強くなっていく。
なんだか末っ子を抱っこする手首も痛いし、いつもは絹のように軽く感じている末っ子が妙に重たい。シルクであるはずの末っ子が骨盤に響くほど重い。
ここでもやはり、「つ、疲れてるんだな」と自分を慰めてはいたのだけど、慰めども慰めども、身体は倦怠と困憊を極めてゆき、いよいよ座っていることもままならなくなった。
実はその時、私は実家の近くのある町で、私の姉妹やその子どもたちとお祭りに来ており、さて帰ろうかというタイミングだった。
運転するのも危険なほどすっかり体調も気分も悪くなってしまったので妹に運転してもらいなんとか実家へ帰った。
実家に到着すると、長女が車の中でぐっすりと眠っていた。
おやおやまぁまぁ、仕方ないな、ともう立っていることも奇跡のような肉体で19kg の彼女を抱き上げると、なんと熱い。
こ、こ、これは、「うん、疲れたんだな」と長女に関しても疲労を全肯定して運搬し、茶の間に寝かせた。
熱を測ると微熱だった。
そうこうする間に私の体調は悪化の一途を辿った。
私は三姉妹の真ん中なので、分かりやすく言うとカツオだ。良いとこどりをしたいという貪欲さで生きている。
実家では精力的に家事をこなし、てきぱきくるくると動いている。
自宅での有様を見せられないくらい、実家での私はおりこうさんだ。
ところが身体が動かない、こたつに(実家は北の方なのでGWはまだこたつがあった)首までもぐりこんで動くことができない。
母が夕飯の支度にばたばたとしているのに身動きひとつとることができない。それどころか瞼がほうっておいても閉じてゆく。
なんたる醜態。
なんとかご馳走を口にねじ込み(その日はお寿司だった。お寿司…)、その日は快復を夢見て子どもたちと早めに寝た。
翌朝目覚めると、完全に仕上がってる感が全身にみなぎっていた。
もう、満身創痍に高熱だった。
測らなくとも分かる。体がお熱で飽和状態なのが手に取るように分かるのだ。
母が差し出した体温計を刺してみれば、液晶画面には40.1℃の文字が浮かんでいた。ほうらね。
母は悲哀に満ちた表情で私を眺め、「かわいそうねぇ」とつぶやいた後、しばらく姿を消し、戻った時にこういった「家に帰りなさい」。
朦朧とする頭で「あ、うん」とだけ曖昧に返事をすると、母は63歳とは思えない素早さで我々一家の膨大な量の荷物をパッキングした。
ほんとうに早かった。
熱が出たとき実家でよかったなぁ、なんてのんきなことをほんの一瞬でも思った自分があまりに愚かで恥ずかしくさえなった。
母は一刻も早くこの家から、この何かしらのウィルスを追い出したい一心だったのだ。
もちろん母は悪くない。
何かしらのウィルスをこの家の中で培養してしまったら、母は父の病院に行くことができなくなる。一命をとりとめたとはいえまだまだ油断ができる状態ではないし。
そして、半同居の姉一家には二歳の子どもがいる。
抵抗力が底辺の人間を二人も抱える身としては、「早く帰ってほしい」一択になるのは無理もない。
無理もないんだけど、自宅まで5時間かかるんだよう。
高熱の最中運搬されるのはほんとうに苦しかった。
強がる気持ちなんて一切持てないほどしんどかった。
自宅になんとか帰り着き、長女と共に休日診療のお世話になった。
診断は揃ってインフルエンザ。
インフルエンザ。
そうか、インフルエンザ。
流行っているとは聞いたけれど、そうか、インフルエンザ。
長女は、年長さんの一年間、出席停止のはやり目にかかったのを除けば一日もおやすみすることなく、つまり、皆勤賞をもらったのだ。
元気いっぱい健やか印の長女がインフルエンザに罹ったというショック。
そして、私も同時にインフルエンザ。
これから始まるドミノ倒しに気が遠くなった。
うなされてうなされて、ゼリー飲料と経口補水液をひたすら飲んで、長女と慰め合って、励まし合って、少し楽になった頃に末っ子がきちんと熱発して、やはり「インフルエンザだね」と言われて、私の発症6日目となる社会復帰とともに息子との親子遠足に参加して、もうすべてを搾り取られたよ、と帰宅したら留守を頼んでいた夫が熱発していた。
ジーザス。
まだまだ倦怠感を引きずった身体で、当分の完全ワンオペがスタートを切った。
令和が私を殴りつける。
特筆すべきはその週末の散々な顛末なのだけど、もう文字数がどえらいことになりそうなのでまた別の機会にnote書きます。
読む人を2kgくらい痩せさせてしまうと思う。
その後、順当にバトンは息子にわたり、末っ子の登園と入れ違いに彼がお休みすることとなった。
体力が有り余る4歳男児が熱を出しても振る舞いはまったく平生と変わらず、押し入れから飛び降りるし、庭でボールを追いかけるし、ストライダーに乗るし、挙句、ホースで水撒きに興じていた。
「ママー!見てーーー!!」と言われても「あ、うん」としか言えないよね。