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【独り言】研究をやめたくなるとき

もう、研究なんかやめちまえ、と思うときがある。

昨日はそういう日で、寝て起きたら気持ちが変わるかと思ったけど、どうやらそうはいかなかったみたいだ。
この無力感というか、負のエネルギーを吐き出さないと始動できない。
もし、院生の同志がこれを読んで、心の中で「わかるわかる」と思ってくれたら、それだけで私は救われます。どうか温かい目で見てやってください。


私の研究は、子どもの意思決定に大人がどう関わるべきかという問いを起点に、教育/政治/法哲学、心理学(自己概念、発達理論)分野の理論を、関連付けてみたり、捉え直したりして、新しい実践の方向性を示そうとするもので、ざっくりいうと理論研究。
苦労アピールをしたいわけではないのだが、よほどの天才でない限り、新しい知見を見出すことが難しい研究手法だな、とつくづく思う。

要するに、身の丈に合ってない研究をやっていると思う。

でも、博士号を取るには、コンスタントに学会発表し、論文を書かなくてはいけない。期待されている、理想とされているペースに私の作業が追いつかない。世に出すレベルの知見を見出せない。


昨日は、そういう苦しい中で、なんとか捻りだした学会発表のための原稿を指導教員のもとに持って行った。
「先行研究を何も乗り越えられていない」
と、一蹴。

先生の質問に答えようとすればするほど、泣きそうになった。
泣きだしたら先生が困る、だめだめ、と思って、無言でうつむくことしかできず、自分のももをさすりまくって堪えた。

20分で指導が終わった。いつも必ず言う「ありがとうございました」と「お邪魔しました」も言えずに、研究室を出た。

念のために言っておくと、私は自分の指導教員が、指導放棄をしているとは全く思っていない。どんなに忙しくても、院生の指導の時間を優先的に作ってくださるし、先生の指導方針自体が、研究の方向性について具体的な提案は示さないというものだから、今回もダメ出しに終始したということは理解できる。

ただ、今回は、いつも以上にこたえてしまった。

海で溺れてるところで、通りがかった船に助けを求めたのに、「君、溺れてるね」「そうやってバタバタもがくから溺れるんだよ」とだけ言われて、「岸は向こうだよ」とも言われず、浮き輪を投げ入れてくれることもなく、去っていってしまったような感覚だった。

完全にやる気をそがれてしまった。
「原稿の締め切りは近いから、なんとかしないと」「やっても意味ないこと続けても無駄だし研究やめたいな」の間を行ったり来たり。

たぶん、全国には同じような気持ちになったことがある院生がいっぱいいる。他人に「もっと辛いやつがいるんだから」という言葉を向けるのはナンセンスだけど、自分に向けて奮い立たせるのはありだ。

よし、noteを閉じてもう一度文献にあたろう。

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博士のたまご
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