ひまそらあかね の公約を政治学の観点から読む ②東京都をデジタルで楽しませる
東京都をデジタルで楽しませる
この政策は、アプリを経由して、デジタルクーポンを配り都民に楽しいことを提供するというものです。
クーポンは、スケールメリットを活かして安く仕入れ、同時に癒着などがおきないような制度設計を行うとしています。
この政策の効果は3点あります。
1.経済の活性化
2.住民へのリーチ手段の確立
3.体験格差をなくす
1.経済の活性化
失われた30年というように日本ではバブル崩壊後、賃金が上昇してきませんでした。他の国は伸びているため、相対的に日本の豊かさは失われています。日本の中心である東京の経済活性化は非常に重要なテーマです。
経済は、お金を使う人が増えなければ成長しません。成長しなくともよいという考え方もありますが、成長しなければ相対的に豊かになった他の国から輸入をするものも値上がりしていきますし、成長を期待して投資をする人がでなければ、世の中をよりよくする新しいサービスは開発されません。
国内のお金の流れを増やさないと経済は成長しません。売れるからもっと作るし、設備投資もするし、人も高いお給料で雇う。というサイクルが経済を成長させ、真っ当に働いている一人ひとりの所得を増やすのです。
日本はバブル崩壊以降、コスパのよいものを作り続けてきました。安くて美味しい飲食店、なんでも揃う100円ショップなどがあったので、給料が上がらなくとも生活水準をさほど落とすことなく生活できることができました。
バブル時代に、モノを高く売り、無駄遣いをしたことを反省した結果ではないでしょうか。
企業の努力は高いお金を出しても欲しくなるものではなく、低コストでも高い満足度を提供する方に向き続けました。
高度成長期からバブル以前の社会では、女の子にモテたいから車を、ちやほやされたいからブランド物を無理してローンで買うなどの背伸びをした消費行動がありました。無理し過ぎはよくないですが、個人がほしいものがあって、少し背伸びをして買うという行為が、お金の回りを強くしてきました。
コスパのよいものに囲まれて慎ましやかに暮らすのであれば、背伸びをした消費は必要なく、その結果お金の流れも穏やかになります。世界の消費支出は伸び続けているのに、日本だけが横ばいという状況です。
結局のところ、皆がお金を使いたくなるものを作らなければ、経済は成長しません。必要最低限の生活がコスパよくできている中で、もっとお金を使うこととは、不必要なものを買うことです。
不必要なものというと無駄遣いで悪いことと思うかもしれませんが、私達が買っているものの中で高いものの大半は実用性のない無駄遣いです。
旅行はなくとも生きていけます。車も移動するだけなら軽自動車で十分です。アニメ、ゲーム、推し活などには何の実用性もありません。
しかし、こういう無駄なことがあるからこそ、生きていて良かったと思えるのです。娯楽・エンタメは生存に必要不可欠ではないですが、人生を嬉しくしてくれます。
個人消費の伸びしろは、こういう実用性のない無駄なところにしかありません。
デジタルで東京を楽しませるというのは、経済の伸びしろである実用性のない無駄なものの市場を活性化させるという政策です。ひまそらさんは、映画やファミレスなどの生活必需品ではないエンタメにクーポンを発行すると言っています。スケールメリットで安く仕入れて、皆に楽しんでもらう。
楽しいことを消費する人が増えることで、産業が活性化すれば、企業ももっと楽しいもの、高くても買ってもらえる魅力あるものを開発するようになります。そして魅力ある商品は消費者の欲しくなる気持ちを高めます。経済政策として、消費の伸びしろがある産業を狙っているところは、とても価値があると思います。
ただし、この政策には注意すべき点もあります。
本来はよいサービスを作れない企業にもお金が流れて低クオリティなものが淘汰されないという状況にもなる可能性があります。
例えば、韓国は人口が日本の半分以下で、エンタメ市場も小さかったため、海外で売ることを狙った作品を作り続けました。出演する俳優のファンもいない海外市場で売るには作品のクオリティが高くなければならず、今実写の映像作品は世界でもヒットするレベルのものになっています。
反面、日本は人口が多かったので、俳優や原作のネームバリューのみで売ることもでき、とりあえず作品の形になっていればクオリティが低い作品でもある程度稼ぐことができました。
政策としては、より魅力的な作品を作ることができる人たちが成長できるようなお金の流し方をしていく設計をする必要があります。
2.住民へのリーチ手段の確立
行政にとって、政策を住民に知ってもらう、その先に行動させるということはとても大変なことです。
昔のように大切なことは回覧板で全部伝わるというような時代と違い、現代はもっと知りたい情報がたくさんありますし、東京都では回覧板を回せるような組織は多くありません。
住民に強制力を行使する法律を作ることは非常に手間も時間もかかりますし、憲法上の限界もあります。
住民自身が喜んで情報を受け取るような仕組みをつくらなければなりません。ソーシャルゲームではログインボーナスなどを出しますし、ものを売るアプリではお得なクーポンなどを発行してユーザーの気を引こうとしています。
ところが、行政はこういう方法がとても苦手です。
マイナンバーカードを普及させるために政府は2兆円を使いました。テレビCMやマイナポイントなど、すごくたくさんのお金を使いました(朝日新聞)。
コロナの時期に給付金を支給する際も事務費が非常に多くかかりました。現在の行政では、コスパの悪い方法しかできません。
住民が喜んで情報を受け取ってくれて、そこから行政が期待するアクションを起こしてくれるのであれば、行政コストは劇的に下がります。
この政策はどんなUX(ユーザーが心地よくサービスを使う体験)が肝になる施策です。UXの良し悪しで無駄になるか、効果を出すかが大きく異なる政策ですが、ゲーム業界にいたひまそらさんの経験は、今までの行政にはなかった考え方でアプリの設計をできる可能性があるものだと思います。
3.体験格差をなくす
ひまそらさんが、戦っている相手の中にフローレンスというNPOがあります。病児保育などを行っていて、都内では助けられた家庭も多いと思います。
この団体は経済的に困窮している人や病気や障害、家族の都合で、普通の子供たちが体験していることを体験できるようにしようということで、キャンプなど様々な体験を企業から提供してもらう活動をしています。
家庭状況により体験できる格差をなくすこと自体はとてもよいことで、それ自体に反対する人は少ないと思います。
ただ、その方法として貧しい子どもたちだけという括りをすることが、自尊心を傷つけるということで、ひまそらさんは批判をしています。
また、フローレンスはここにふるさと納税でお金を集めるという方法を使っていますが、集めたお金がその自治体以外の子どもに使われることや、使用される費用のほとんどがフローレンスの事務経費にあたることに対しても批判をしています。
ひまそらさんは、このクーポンは全員に配ることで、経済的な事情でエンタメを楽しめない人たちも平等に楽しめるようになると言っています。
社会保障政策の分野では、スティグマ(社会的偏見の対象となる属性)の扱いについて、長い間重要なテーマとして扱われ続けてきました。
病気や障害などを持っている人だけ不用意に優遇すると、差別の対象であるとの誤解を広めかねないからです。
困っている人たちだけ助けたいが、そこだけ特別扱いすると差別を助長しかねないというジレンマに対して、社会保障政策は常に葛藤し続けて来ました。
この問題には明確な処方箋はないのですが、その1つの方法として全員に配布するという方法があります。
例えば、修学旅行なども体験格差をなくす効果のある施策ですが、スティグマは発生しにくい構造になっています。(生活保護世帯だけ旅行先でクーポンを配らないということをした学校がありましたが、そういうことをすると世間からぶっ叩かれます。)
地方には、修学旅行でしか東京に行ったことがない、新幹線や飛行機に乗ったことがないというような人はたくさんいます。もし修学旅行がなかったら一生自分の生まれた道府県を出ないというような人だっているでしょう。
しかし、全員に配るというものはコストが非常に大きくかかります。本来給付政策は、スティグマの予防策も含めてコストとして考えなければなりません。
これは1民間企業やNPOだけでは困難ななため、行政が取り組むことには非常に大きな意味があります。
ただし、体験格差をスティグマなく提供する方法はもっと効率のよいものがあるかもしれません。そこに対しては、公約で宣言した「方法」のみではなく、体験格差の是正という目標に寄与する他の方法の開発にも取り組んでいっていただきたいと思います。
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