家の間取りから郷土玩具まで、日常に潜む「ステレオタイプな家族観」を相対化したい|デザイナー・秋山慶太、デザイナー・越出つばさ、建築家・齋藤直紀
ペンギンは同性カップルで、フクロウは養子縁組で子育てする?
──越出さんが活動しているアーティスト&デザインデュオ・TAK.STUDIOと、秋山さんが運営するデザインスタジオ・ふしぎデザインは、展示『産まみ(む)めも』に向けて共同で作品を制作しているのですよね?
越出:はい。私たちは『ハリコドモ』という作品をつくっています。同性カップルでも子育てをするというペンギン、自分たちが産んでいないヒナをカップルで育てた事例が報告されているフクロウ、主にオスが子育てすると言われているエミュー……こうした鳥たちの張り子に、同性パートナーとの子育てや養子縁組、男性による子育てがうまくいくことへの祈りを込めた作品です。それぞれの張り子には、家族をめぐるちょっとした物語やアカデミックな解説などのテキストもつけています。
──「ハリコドモ」というネーミングの由来を教えていただけますか?
越出:「張り子」という、竹や木などで組んだ枠や粘土で作った型に、紙などを張りつけて成形する伝統的な技術を活用してつくっているからです。
とりわけ、この技術を使った「犬張子」という郷土玩具から、大きなインスピレーションを得ました。犬張子はとても可愛くて好きなのですが、その一方で子孫繁栄や安産といった願いを託されたお守りとして根付いていることが、ステレオタイプな家族観を強めている側面もあるのではないかと感じていまして。もっと多様な家族観にもとづいた犬張子のようなものをつくれないかなというのが、今回の作品の出発点です。
秋山:僕も犬張子は好きなのですが、やはり一様な幸せの型を当てはめている側面があることは否めないでしょう。ですから『ハリコドモ』では、さまざまな習性を持った鳥たちを何種類も作品にすることで、「色々選べる」価値観を表現できるものにしたいと思っているんです。
──「張り子」という伝統的な技術を使いつつも、それが持っている意味合いを、まったく別物にした作品になっているのですね。
越出:張り子を作るのが単純にめちゃくちゃ難しくて。上手いつくり方を模索するのにとても苦労しました。
秋山:マスターの型を作って、それに紙を貼って、その紙を剥がして……という手順になるのですが、これが本当に難しかった。発泡スチロールを削ってみたり、3Dプリンターで出力してみたり……製法を確立するまでに、結構な試行錯誤の時間を要しましたよね。
住宅の「間取り」が家族観を規定する
──建築コレクティブ・GROUPとしてプロジェクトに参加している齋藤さんは、展示に向けて、どのような作品をつくっているのでしょうか?
齋藤:僕たちは、さまざまな家族形態の世帯が一緒に住める集合住宅を提案したいと思っています。
今回リサーチした結果わかったのが、建築家の手がけた戸建て住宅はクライアントごとにさまざまな間取りでつくられている一方で、集合住宅では、ある程度住み手を一般化しなければいけないので、同じ間取りが並んでしまうということ。4人家族向けの間取りが1,000戸並んでいるタワーマンションなどは、そのわかりやすい例ですね。その結果として、家族像が一様に規定されてしまっているように感じ、それを問い直す作品をつくりたいと思ったんです。
アウトプットとしては、これまでの住宅の間取りをたっぷりリサーチした成果をまとめた年表と、それらを踏まえて考案した建築の図面と模型、さらには実際のスケール感を掴んでもらうために、空間の一画を会場内で何かしら再現できないかと考えています。
──「既存の家族像を問い直す集合住宅」とは、具体的にどのような住宅なのでしょうか?
齋藤:例えば、建具や壁を移動させることで間取りをフレキシブルに変更でき、家族形態に合わせて空間を変化させられる住宅を考えています。
それから、両親だけでなくより多くの人たちで子育てをしていけるよう、1つの住戸を極力小さくして、食堂やお風呂は一つにまとめてしまうというアイデアも検討しています。プロジェクトの中のワークショップで、「もしも同じ建物に住んでいる住民全員が家族になる世界になったら?」というテーマで考える機会をいただいたのがきっかけで、その発想が出てきました。ワークショップでの当事者の方との会話の中で、近所や周辺環境に対して開きたいと思う時期もあれば、逆に閉じ切ってしまいたい時期もあるというお話が出てきたので、ただ開くだけでなく、閉じることもできる可変性を組み込みたいと思っています。
相対化された、ステレオタイプな家族像
──ありがとうございます。続いて、ここまでご紹介いただいた作品のアイデアが生まれるまで、プロジェクトを通して「産む」にまつわるどのような考えの変化を経られたのかをお伺いします。まずは『ハリコドモ』を制作されているお二人、いかがでしょうか?
秋山:実は僕自身は、もともとステレオタイプ的な考え方にとらわれがちだったんです。僕は独身ですが、サラリーマンの父と専業主婦の母のもとで生まれ育ったこともあり、結婚や子育ては“しなければならないもの”というイメージがどうしてもあって。
ですから、「産む」プロジェクトでさまざまな立場や価値観の方々と話したとき、自分がいかに固定化された価値観にとらわれていたのかを思い知らされましたね。正直に言えば、いまでもそうした価値観が、まだまだ自分の中に残っているとは思います。ただ、一つ大きく変わったのは、以前はそうしたステレオタイプな家族を構築できていない自分に対する自責の念を感じていたのが、今は「それはそれでいいんじゃないか」と思えるようになりました。
越出:私はもともと「産む」に対して、女性に押し付けられているもの、といったイメージを持っていました。どうしても男性が多い職業柄、女性であることをアイデンティティとして押し付けられたり、「どうせいつか、産休や育休を取るのだろう」と思われたり……そう感じることが少なくありませんでした。
そして今回の「産む」プロジェクトを通して、社会的な圧力の強さというものを改めて感じました。参加されていたゲイカップルの方々がおっしゃっていたのが、「(ゲイカップルとして)子どもをもらうということが社会的に厳しい側面や制約が強い」ということ。そういう風当たりの強さはやはり変えなければいけないと、より一層思うようになりましたね。
──多様な家族のあり方について問いかける『ハリコドモ』の、背景にある問題意識がよく伝わってきます。お二人とも観点は異なりますが、「産む」プロジェクトが、ステレオタイプな家族像を相対化する契機になったのですね。
秋山:そうですね。特にワークショップの一環で行った、「産む」にまつわるさまざまな状況に置かれた人を演じる、演劇ワークが印象に残っています。そこである参加者の方が、おそらく僕と似た感覚で、「(ステレオタイプな家族を構築できていない)自分は人間的に“不能”なんじゃないか」というように聞こえる台詞を口にされていて。僕自身そのようなことを考えていたので余計にそう感じたと思うのですが、日常会話や飲み会の中で出てきたら、あまりにも重くてなかなか受け止めきれない言葉でも、演劇という形式の中で発されているからこそ、痛みに過剰に反応せず、スッと受け入れられた感覚があったんです。
越出:演劇ワークは興味深い体験でしたよね。現実の会話は「こういうことを口にしたら、言われた人は傷つくよね」という配慮の中で行われるものですが、その演劇では瞬発的な発言が求められたので、「自分ってこんなこと言うんだ」というような意外な台詞も出てきました。
「産む」は「自分とパートナーだけの問題」ではない
──齋藤さんは、「産む」プロジェクトを通して、どのような価値観の変容がありましたか?
齋藤:僕はもともと「産む」に対して、「自分とパートナーの問題」というイメージを持っていました。しかし、ワークショップの中でさまざまな方々の話を聞いたり、自分を省みたりする中で、「どうやらそれだけではない」と気づきました。自分とパートナーに加えて、周囲の人、取り巻く環境の問題でもあったのだなと。
──そう気づいたきっかけは何だったのでしょう?
齋藤:一番大きなきっかけは、男女のパートナーでワークショップに参加されていた方々から、「養子縁組を検討したのだけれど、家族や親戚からの強い反対に遭って実現できなかった」というお話を聞いたことです。僕が生まれ育った家もそうだったのですが、子育てを親戚や祖父母と一緒に行っていくケースも少なくありません。だからこそ、自分とパートナーの二人だけで判断できない部分が、どうしても生じてくる。
──その結果として、「より多くの人たちで子育てをしていける集合住宅」という作品アイデアに至ったのですね。
齋藤:はい。ワークショップの中で「どんな時に“家族”を感じるか?」という話をしたのも大きなヒントになりました。僕は実家で暮らしていた頃も、家族がそれぞれ別々のタイミングで、各自の小鉢でご飯を食べることが多かった。だからこそ、たまに友達の家などで、家族みんなで揃って一斉に大皿からご飯を食べる機会があると、「これは家族っぽいな」と感じていたことを思い出したんです。
その感覚を他の参加者の方にも共感してもらえて、「アルバイトの時にいつも一緒にご飯を食べる人がいて、その人とはすごくプライベートな時間を過ごしている感覚がある」という反応が返ってきたんです。そうして「食事を共有する」ということが、家族をかたちづくる重要な要素なのではないかと考えるようになり、作品アイデアにも反映していきました。
一人でも、ゼクシィ片手にパートナーとでも。
──ご自身の「産む」にまつわる価値観の変容が、そのまま作品にも結実していっていると。
秋山:それは僕も感じました。そもそも僕はふだん、問題解決型と言いますか、クライアントの方の困りごとを助けるためにものをつくる仕事が多いんです。だから自分たちの考えていることを、いわゆる自主制作ではない形で発信していくこと自体が、とても新鮮でしたね。
越出:私は自分がつくったオブジェクトに対して、テキストを追加してさらに説明していく、という点がふだんと違うなと思っていました。
秋山:逆に僕はふだん、つくったものをしっかり説明するタイプの仕事が多いので、細かいところが気になっちゃって申し訳なかったです(笑)。ダブルクオテーションマークの付け方だとか、そういう重箱の隅を突っつくようなことを、延々とやっていましたね。
越出:いやいや重要なことなので、ありがたかったです。もちろんセンシティブな内容なので、内容面に関しても当事者の方々や専門家の方々にレビューいただきながら、かなり叩き上げていますよね。
齋藤:僕も秋山さんと同じく、クライアントなしでものをつくっていく経験が新鮮でした。それから、そもそも建築の研究において、家族形態と間取りの関係性への着目があまりされていないことがわかって、いい気づきをいただけたと思いました。これは論文が書けそうなテーマだな、と。
──最後に、展示『産まみ(む)めも』に来てくださる方々に向けて、一言コメントをいただけますか?
秋山:そうですね……結婚や出産を考えているカップルの方々はもちろん、ふつうに一人でも来ていただきたいなと思っています。実際、僕も三十代半ばになって、パートナーもいないし、家でVTuberさんの動画ばかり観ている人間です(笑)。でも、今回のワークショップも展示も、「もし◯◯だったら」と何度も考えさせられる仕掛けになっている。ですから、僕のような人にもぜひ来ていただきたいですね。
……もちろん、逆に、ストレートに結婚や出産を控えている方にも来ていただきたいです。ゼクシィを片手に来ていただき、哲学書を買って帰る、みたいな(笑)。
越出:私も基本、秋山さんと同じ気持ちです。「産む」がテーマと聞くと、結婚や出産の予定や経験がある方が対象だと思ってしまうかもしれませんが、そうではありません。『ハリコドモ』に表現されているように、「産む」には色々な悩みや答えがあるので、いわゆる「産む」とは縁が薄いと思っている方にも、ぜひ来ていただけると嬉しいです。
齋藤:一人でも二人でも、何人で来ていただいてもいいとは思うのですが、「家族って何なんだろう?」と考えるきっかけにしていただけると嬉しいです。僕ら自身も、プロジェクトを通して何か明確な答えを見つけたというわけではありませんし、このプロジェクト自体もそういう目的でもないですよね。何か絶対的な正解を見つけてもらうというよりは、思考や議論のたたき台になるような機会になるといいなと思っています。
──みなさんの作品を見るのが、今からとても楽しみです。今日はありがとうございました。
(Interview & Text by Masaki Koike)
渋谷OZ Studioにて、3月18日〜23日に開催。産むにまつわる価値観・選択肢を問い直す展示『産まみ(む)めも』の詳細はこちら。