臨床意思決定とエビデンス
リハビリ治療の方針を決めるとき、皆さんはどのように意思決定を行っているでしょうか。ただ闇雲にエクササイズを決めている人はいないと思いますが、自分が行っているリハビリの根拠をきちんと他者に伝えられるでしょうか?
今回はセラピストが臨床意思決定をする時のポイントの紹介です。
Evidence-based medicine とは
臨床意思決定をする際に最も重要なのは「Evidence-based medicine(EBM:科学的根拠に基づいた医療)」を考慮することです。
EBMは上の図にあるように
「エビデンス」
「患者の好みと行動」
「患者の病状と周囲の取り巻く環境」
に「医療者の臨床経験」が加味されて、患者に提供されます。
Evidence-based medicineとは言いますが、エビデンス以外にもいくつか構成要素があります。ひとつづつ紹介していきましょう。
エビデンス
エビデンスとは言わずもがな「証拠」「科学的な根拠」という意味で、その治療を選択する理由づけになります。
エビデンスにはレベルがあり、研究論文の研究デザインをもとに、科学的な信頼性の水準がどの程度であるかを判断するものです。上から順に信頼度が高いものとなります。論文を読んで治療選択に役立てる時に考慮すべきポイントです。
1 :システマティックレビュー・RCTのメタアナリシス
2 :RCT(randomized clinical trialを含む)
3 :non-RCT
4a:コホート研究
4b:症例対象,横断研究
5 :記述研究
6 :学会・専門家の意見
またエビデンスとともに推奨グレードというものがあり、標準的な臨床導入の推奨の程度を段階化したものがあります。主に脳卒中診療ガイドラインなどのガイドラインに沿って治療戦略を考えるときの指標になります。
<評価の推奨グレード> 3段階
A:信頼性、妥当性があるもの
B:信頼性、妥当性が一部あるもの
C:信頼性、妥当性は明確でないが、一般的に使用されているもの。
「一般的」とは学会,委員会等での推奨も含む。
<治療介入の推奨グレード> 5段階
A :行うように勧められる強い科学的根拠がある
B :行うように勧められる科学的根拠がある
C1:行うように勧められる科学的根拠がない
C2:行わないように勧められる科学的根拠がない
D :無効性または害を示す科学的根拠がある
患者の好みと行動
エビデンスを参照して最適なエクササイズを選択しても、必ずしもそれを患者が行ってくれるとは限りません、マンツーマン指導ではなく自主トレ指導などではなおさらです。
患者の性格や考え方、趣向などのキャラクター的要素を踏まえたものでないと、いくらエビデンスレベルや推奨グレードが高い治療内容でも意味がありません。
そうでないと「その練習やりたくない、ヤダ」となってしまい、また違う方法を1から考えなければならないので、エビデンス共に考慮すべき重要な要素となります。
患者の病状と周囲の取り巻く環境
エビデンスとして申し分なく、患者が受け入れやすい治療というだけでは、EBMとしてはまだ不十分です。患者の病状や周囲環境を考慮しなければなりません。
例えば、治療コストが高額で患者の経済力では治療費が支払えないような内容だったら当然選択肢からは外れますよね。
「がんの先端医療じゃあるまいし、リハビリでそんな状況になるか?」と思うかもしれませんが、よく経験する例として「装具の作成」があります。
脳卒中患者に早期から装具を使用した運動療法を行うことはガイドラインでも推奨されています。しかし長下肢装具の作成ともなると12万~13万ぐらいとなり、3割負担の治療費だとしても4万ぐらいになります。
入院費に加えて高額の出費ともなると、患者や家族から「ちょっと無理ですね」と言われるのは決して珍しいことではありません。
また患者を取り巻く環境は、家屋状況や家族歴、経済力などの患者のバックグラウンドの状況だけではなく、リハビリをする我々施設側の環境もあります。
例えば、脳卒中患者の歩行練習にはトレッドミルと部分免荷器具を使用した練習がガイドラインでは勧められています。またロボット・リハなども最先端のリハビリとして注目を集めています。
当然こうした設備は全ての施設にあるわけではなく、自分の職場環境でやれる事とやれない事を考えながら治療方法の選択をするはずです。これは特定の治療手技なども含まれます。
エビデンスを重要視するあまり、このような患者や周囲の環境を考慮した個別性が見えにくくなり、結果として誤った治療方法を選択してしまう可能性があるのです。
医療者の臨床経験
ここまで図の3つの円の要素を説明してきました。この3つの要素が重なりある中央の部分のリハビリ治療を行えればいい訳です。
ここで治療者の臨床経験がとても大切となってきます。エビデンスを見極める情報収集力、実施する治療方法を患者に説明するための説明力やコミュニケーション能力、職場への根回しをするための調整力、実際に治療手技を行うための実践力など、実は様々なスキルが必要となってきます。
つまり、3つの円にある情報を取捨選択し最適化して実行するマネジメントスキルが必要なのです。
これにはある程度その職場での経験が必要となってきますので、一朝一夕で身に着けるのはなかなか難しいです。
ですが、きちんとエビデンスを調べてリハビリ方針を決めて患者に説明したり、担当患者の詳細な情報を日頃から収集するなどの努力は「治療者の臨床経験」を高める近道だと考えています。
難しそうにみえる臨床の意思決定ですが、当たり前をコツコツと積み重ねていくことで身につくものだと考えています。