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筋肉の記憶 若年期の運動が老後の健康を支える⁉

一度鍛えたことのある筋肉は、鍛えるのをやめて縮小してしまっても、鍛えたことのない筋肉より肥大化しやすいという特徴があるということが知られています。

『筋肉は鍛えられた時、筋肉自体の構造を変化させることで、鍛えたことを記憶する』



記憶とは?

記憶とは今までの経験を覚えることです。生物においては、記憶を行う器官は脳であると一般的に考えられています。
ところが記憶するのは脳だけではありません。
私たちになじみ深い例は免疫です。私たちが一度病気になると免疫細胞はその病気の情報を記憶し、同じ病気になりにくくなります。ワクチンはこの免疫の記憶を利用して重い病気にかかるのを防いでいるのです。

筋肉には『一度鍛えたことのある筋肉は肥大化しやすくなる』という特徴があります。このことから、筋肉も記憶をしていることが予想されましたが、筋肉は脳からの命令で動いているため、脳に蓄えられる記憶と区別することが困難でした。

筋肉記憶と運動記憶とは?

筋肉に関わる記憶として運動記憶と筋肉記憶の2種類が今まで提唱されています。

運動記憶とは:サッカーの経験がある人は久しぶりにサッカーをしても素人より上手にプレーできます。これは運動記憶の典型的な例です。今までの運動や活動を通して脳が体の動かし方を記憶することで、筋肉自体に蓄えられる記憶ではありません。

筋肉記憶(マッスルメモリー)とは:運動などを通して筋肉が鍛えられた時、筋肉が自分自身の構造を変化させることで蓄える記憶です。運動記憶と異なり、筋肉自体に蓄えられる記憶です。今回注目するのはこちらの記憶です。


筋肉が再肥大しやすいのは筋肉記憶?運動記憶?

筋肉には“一度鍛えられた筋肉は、鍛えることをやめて縮小してしまっても鍛えたことのない筋肉に比べ筋肉が肥大化しやすい”という特徴があります.

鍛えられた筋肉は再び鍛えやすい

この特徴は運動記憶によるものなのでしょうか?もしくは筋肉記憶に由来するものなのでしょうか?今まではこの特徴が運動記憶なのか筋肉記憶なのかを判断することは困難でした。

運動記憶だと主張する研究者は、脳が体の動かし方を知っているから昔動かしたことのある筋肉が優先的に使われ、筋肥大が起こりやすくなると主張していました。
一方、筋肉記憶だと主張する研究者は、動かし方を覚えているだけでは説明できないほど筋肥大が速いので筋肉に直接記憶が蓄えられるはずだと主張していました。

このような2つの主張の大きな差は筋肉に記憶が直接蓄えられるのかどうかです。筋肉に記憶が直接蓄えられるなら、鍛えたことのある筋肉はたとえ鍛えることをやめて小さくなってしまっても、鍛える前の筋肉とは異なる特徴があるはずです。ゆえに鍛えた後、収縮してしまった筋肉が鍛える前と同じ状態に戻るのかどうかを観測することで筋肉に直接記憶が蓄えられるのか判断することができます。


筋肥大のメカニズム



筋肉にどのように記憶が蓄えられるかを知るためには筋肥大のメカニズムを理解する必要があります。筋肉は筋細胞と呼ばれる細胞から構成されています。筋細胞は一般的な細胞とは異なり核が2つ以上存在する多核細胞です。

一般的な細胞と筋細胞


筋細胞は鍛えられた時、周りに存在する細胞(衛星細胞)と融合し核の数を増やすことが知られています。一体これはなぜでしょうか?

筋細胞の大きさはタンパク質の総量で決まるとされています。細胞を構成するタンパク質は核の中にあるDNAから作られるので、核の数が多い筋肉ほどたくさんのDNAが存在し、多くのタンパク質が生成されます。一方細胞内にはタンパク質を分解する酵素も存在しています。ゆえに筋肉の大きさは細胞内の核の数、一つの核が作れるタンパク質の量、およびタンパク分解の量のバランスで決まると考えられています。

筋肉の大きさを決めるバランスの概要図

タンパク質の生成量と分解量のバランスで筋肉のサイズは決まると考えられている。

つまり鍛えられた筋肉は核の数を増やすことで生成されるタンパク量を増やし筋肉を大きくしていると考えられるのです。

今まで考えられてきた筋肉縮小のメカニズム

鍛えることを中断した筋肉は縮小します。この現象は筋細胞が核を取り除くことでタンパク生成量が減り、筋細胞が縮小するというモデルが今まで考えられてきました。

今まで考えられてきた筋肥大のメカニズム
核の数が筋肉の大きさを決めると思われており筋肉が縮小する時には核の数が減少すると思われていた。

このモデルでは縮小した筋肉は鍛える前の筋肉と同様です。つまり、筋肉に記憶が蓄えられることを説明することができず、運動記憶を支持する筋肉のモデルとなります。

近年明らかになった筋肉に記憶が蓄えられるメカニズム

筋肥大が起こるときに核の数が増えることは確認されていましたが、筋肉が縮小する時に核の数がどのように変化するのか確認はされていませんでした。そこで近年、筋肉が縮小する時に筋細胞の核の数がどのように減少するかを計測する実験が行われました。その結果驚くべきことに筋細胞の大きさは50%以上も縮小したにもかかわらず、核の数は変化していませんでした。
この実験により今までの縮小時に核を排除するという筋肉モデルが正しくなかったことが判明しました。
また、鍛えたことのある筋肉は縮小しても鍛える前の状態に戻ることはないことから筋肉が核の数という情報で記憶と蓄えていることが明らかになりました。

新しく提案された筋肥大のメカニズム
筋肉が縮小しても核の数は減ることがない。

核が保たれることと筋肥大の関係

筋細胞で核の減少がないことと鍛えた経験のある筋肉の容易な筋肥大はどのような関係があるのでしょうか?
それは一度鍛えられたことのある筋細胞には核が十分に存在しているので衛星細胞と再び融合することなく筋肥大を起こすことが可能になります。筋肥大において筋細胞が衛星細胞と融合し核の数を増やすプロセスには非常に時間がかかると言われているため、このプロセスがなくなることは容易に筋肉が肥大することに繋がります。

一度鍛えたことのある筋肉は核を増やすプロセスがないのですぐに筋肥大できる。



核が筋細胞に残っていられる期間

筋細胞の核の数(筋肉に蓄えられる記憶)はいつまで続くのでしょうか?
今回紹介している記事によると少なくとも15年は筋細胞の核の数が保たれるそうです。
人間の筋肉の核の数を測定することは非常に困難であるので、15年から一生の間、どこまで記憶が続くのか不明です。

これから期待されること

老後の筋力の不足は、体の自由が減るだけでなく冷え性や食欲不振、基礎代謝の低下等様々な症状を引き起こすこと知られています。その原因は、高齢になると筋細胞が衛星細胞と融合し核を増やす能力が減少するからだと言われています。若年期に運動をきちんと行い、筋細胞に多くの核を蓄えることができれば、筋細胞か周りの細胞と融合する必要がなくなり、高齢期においても容易に筋力を回復させることが可能になるでしょう。

若年期の運動が老後の筋力低下を防ぐ!!

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