コボレ

 割れた鏡で頬を裂いたら、ホンネというものが見える気がした。痛くて冷たい感じがした。同時に、嬉し恥ずかし、という感情が湧いた。頬の外側を赤が伝ったので、白ワインを飲んだら自ずと笑いがこみ上げて来た。酔いがまわりはじめた。急にシャワーを浴びたくなったから、カミソリを持って公園に行った。日差しが腕を焼く感覚を味わう。

 公園の細い木の幹に、カミソリで相合傘を描いた。右にはサルトル、左にはボーボワール。深い意味はなかった。ただ、私が生きているということを誰かに感じて欲しかったのだと思う。だから、カミソリでついでに左のてのひらを傷付けた。滴る血を落書きに塗ったが、ふたりの名前は傘に守られた。素直に羨ましいなぁ、と、そう思った。手に残る血を舐めたら、鉄臭かった。カミソリはその場で捨てた。

 帰宅して手と顔を洗ったら、痛みを感じた。何故か頬と手のひらに切り傷があった。なんだか腹が立ってきたが、とりあえずコーヒーを飲むことにした。インスタントのコーヒーをティースプーンに四杯分、砂糖を四杯分。お湯を注いでかき混ぜる。普段は三杯分なのだが、今日は少し、何かに満たされたい気分だったので、分量を増やした。

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