夢桜
桜を夢見る人は多い。ほんとうの桜ではなく、「達成、合格」のメタファーとしての桜を。
試験を受ける前から「サクラサク」、と言っているわけでもない。「志望している」だけで「其処の学生である・卒業生である」と同様のステイタスを得たと錯覚している者が多いということだ。
達成のヴィジョンを持つことは重要だが、結局は桜を夢見ているのと同じだ。なんといっても、「未達成」なのだから。故にこそ、「今」の壁を超えて行く鍛錬が必要なのだが、どうしてか、桜を夢見る人はたいてい、その鍛錬を怠けることが多い。
彼らは、夢の中の桜を見ることで満足してしまっているのだ。
夢桜は酒のようなものだ。活力になってくれるが、溺れた者を引きずり込むことも平然とやってのける。
酔いを冷まして、ほんとうの、美しい桜を見たいとは、思いませんか。