1. 神経発達症群(Neurodevelopmental disorders)

1. 神経発達症群(Neurodevelopmental disorders)

①神経発達症群は発達の期間に生じる行動および認知の障害で、知的、運動、言語、社会的な機能の獲得や遂行に重大な困難を伴うものである。②発達の期間に発症しうる数多くの精神および行動の疾患(小児期に発症する統合失調症や双極症など)でも行動および認知での症状を呈するが、このグループにはその中核となる特徴が神経発達に関連する疾患のみが含まれる。③想定される病因は複雑であり、個々の例では大部分が不明である。

補足:① developmental period は「発達の期間」とした。「発達過程」「発達の途上」でも良いと思われる。最初に指摘した通りだが、この文脈で disorder を「病」とか「症」と訳すと何だか違和感がある。specific を「特定の」などとするとむしろ実態から遠ざかる。② present は「呈する」と訳した。「小児期に発症する」は誤解のないように筆者が付け加えた。③ etiology は、病気の原因すなわち「病因」と解する。

この群には、主に以下のものが含まれる。

・6A00 知的発達症(Disorder of intellectual development)
・6A01 発達性発話または言語症(Developmental speech or language disorder)
・6A02 自閉スペクトラム症(Autism spectrum disorder)
・6A03 発達性学習症(Developmental learning disorder)
・6A04 発達性協調運動症(Developmental motor coordination disorder)
・6A05 注意欠如多動症(Attention deficit hyperactivity disorder)
・6A06 常同運動症(Stereotyped movement disorder)


6A00 知的発達症(Disorder of intellectual development)

①知的発達症は発達期間に生じる、病因的には多様な状態からなる一群であり、平均的な知的機能および適応的行動の水準に比べて、有意な機能低下がみられることにより特徴づけられる。平均からの低下は、適切に標準化され個別に実施されたテストでの約 2 標準偏差以上の低下である。②適切に標準化されたテストが行えない場合、知的発達症の診断には、そうしたテストと比較するに足る行動的指標の適切な評価に基づいた臨床判断に依存することになる。

補足:① below … adaptive behaviour を「適応的行動よりも低い」などとすると意味不明になる。significantly は「重大な」などと訳すのが普通だが、この直後に標準偏差などの概念が出てくるため、「有意な」という統計の用語を採用した。② normed と standardized の細かい訳し分けはここでは不要で、WISC などの実施が望ましい、ということ。require greater reliance on clinical judgement は直訳すると「臨床判断へのより大きな信頼が必要になる」だが、意味は上記の通り。尚、知的発達症の下位分類(軽度、中等度、重度、最重度)は存続するが、ICD-10 と概ね同様に、個別・標準化されたテストの成績の程度によって分類される。


6A01 発達性発話または言語症(Developmental speech or language disorder)

①発達性発話または言語症は、言語の理解あるいは発話などの産出、またはコミュニケーションを目的とした言語の使用の困難さが発達の期間に現れるものである。その程度は年齢、知的機能と照らし合わせて「正常からの偏り」という水準ではない。②ここでみられる発話あるいは言語の問題は、地域や社会、文化的な言語の違いでは説明できず、また解剖学的あるいは神経学的な異常によっても十分に説明されない。③想定される病因は複雑であり、個々の例では大部分が不明である。

補足:① context は訳出しなくても良かろう。normal variation「正常変異」でも良いが、わかりやすく日常語で「正常からの偏り」とした。②地域社会文化的な言語の違いというのは、訛り(なまり)や方言のことを指している。not fully explained「十分には説明されない」という表現から、解剖学的異常や神経学的異常が仮に存在するにしても、発話・言語の問題が身体的な異常と不釣り合いに重度であればこの診断をつけて良い、ということが読みとれる。


6A02 自閉スペクトラム症(Autism spectrum disorder)

①自閉スペクトラム症は、相互的な対人交流および社会的コミュニケーションを形成し維持する能力の持続的欠如および行動、興味、活動における制限、反復され融通の利かないパターンによって特徴付けられる。これらは明らかに年齢および社会文化的にみて非定型または過剰なものである。②この疾患は発達の期間に発症し、典型的には早期からみられるものの、後になって、つまり社会が本人の能力を超える要求をしたときに症状が明らかになることもある。③症状は個人、家庭、社会、学業、職業、あるいは他の重要な領域での機能障害を引き起こす。大抵、全ての環境で症状は一貫しているが、それぞれの状況次第では変動がみられることもある。④知的機能と言語能力はあらゆる水準になりうる。

補足:① reciprocal social interaction は「相互的社会交流」と訳すのが言葉通りではあるが、自閉スペクトラム症の病理は「自分と母など、1対1の相互関係の形成障害」、「自分と仲間達(コミュニティ)という、いわば1対多の社会性の形成障害」、「限定、反復され、変更に対する苦痛を伴う行動パターン」という 3 領域が重要である。ここでは前者の意味を強調するため「社会」という語は避けた。②はいわゆる成人の自閉スペクトラム症への言及である。③ social, educational, or other context は「それぞれの状況」と簡単にまとめた。context の訳は「文脈」「設定」でも良いと思われる。


6A03 発達性学習症(Developmental learning disorder)

①発達性学習症は学業的なスキル、すなわち読字、書字、算数などの学習における顕著かつ持続的な困難によって特徴付けられる。②障害された領域での成績は、年齢および知的機能の全般的な水準から期待されるよりも際立って低く、結果、学業あるいは職業面で重要な機能障害を起こす。③発達性学習症は、学業的スキルが教えられる就学早期に最初に現れる。④この疾患は知的発達症、感覚の障害(視覚や聴覚)、神経あるいは運動の障害、教育を受ける機会の欠如、学校で使用される言語への習熟不足、心理社会的逆境のためではない。

補足:① reading というと普通「読解」だが、学習障害における reading の困難は文字という単位の認識の困難であることが多いため、「読字」と訳す。これは一般的な見解である。④「学校で使用される言語への習熟不足」について、日本では早期幼児教育から学校まで一貫して日本語が使われるが、海外ではそうとは限らない。家と学校で使われる言語が異なることはありうる。psychosocial adversity は「心理社会的逆境」と訳すしかない。教員との対立やいじめなどと考えられる。


6A04 発達性協調運動症(Developmental motor coordination disorder)

①発達性協調運動症は粗大および微細な運動技能の獲得の顕著な遅れと、不器用、鈍、動作の不正確さとしてみられる協調運動機能の低さによって特徴付けられる。②協調運動の技能は、年齢と知的機能の水準から期待される程度よりも著しく低い。③この疾患は発達の期間に発症し、典型的には学童期の早期に明らかになり、④日常生活、学校での活動や余暇活動などの機能に重大かつ持続的な制限が加わる。⑤この疾患は単に神経、筋骨格や感覚系の障害によるものではなく、知的発達症によっても上手く説明されない。

補足:① gross and fine motor skills 「粗大および微細な運動技能」で、伝統的なまとまった表現である。「鈍」は誤字ではなく、他に slowness に対する侮蔑的でない適切な訳がみつからなかった。「ノロマ」「愚鈍」などが意味合い的には当てはまるが、それでは今の時代出版できない。⑤ connective tissue「結合組織」の障害を加えてもよい。better explained は「より上手く説明される」だが、比較級表現でなくても通じるだろう。


6A05 注意欠如多動症(Attention deficit hyperactivity disorder)

①ADHD は少なくとも 6 ヶ月持続する不注意かつ/または多動・衝動性を呈するものである。これらの症状は、学業、職業、または社会的機能に直接に悪影響を及ぼす。②顕著な不注意、多動・衝動性の症状は 12 歳以前にみられ、典型的には学童期中期にはみられるというエビデンスがあるが、臨床家の目に止まるのはもっと後ということもありうる。③不注意と多動・衝動性の程度は年齢、知的機能と照らし合わせて「正常からの偏り」という水準ではない。④不注意症状は、高い刺激や頻回の報酬のない課題に注意を向け続けることへの著しい困難や、注意の転導性の亢進、組織だった行動をすることの困難などを指す。⑤多動症状は、過剰な身体の活動およびじっとしていることの困難であり、自分の振る舞いをコントロールすることを要求されるような構造化された状況で最も明らかになる。⑥衝動性は、目の前の刺激に対して、自己の行動の危険性や起こりうる結果を考慮することなく即座に反応する傾向をいう。⑦不注意と、多動・衝動性の特徴の現れ方は個々の患者で異なり、また同一患者でも発達の経過に伴い変化しうる。⑧診断のためには、これらの症状は、複数の状況(家庭、学校、職場、交友場面)で明らかになっていなければならない。但し、状況によって症状が変動する可能性は高い。⑨症状は他の精神および行動、神経発達症では上手く説明できず、また物質や処方薬によるものでもない。

補足:① pattern は訳出しなくても支障はない。negative impact 「悪影響」とした。② come to clinical attention 「臨床家の目に止まる」と意訳している。④ distractibility 「注意の転導性の亢進」は精神症状学での慣用句である。外からの些細な刺激で注意が逸れてしまうことをいう。organization は、この文脈では「行動を組織化する」の意味に解する。⑤ほぼ直訳しているが、意味は明らかだろう。⑥ deliberation or consideration はいずれも考慮という意味であり、ここでは訳し分けない。前者は審議(ここでは、いわば脳内審議)という意味がある。⑧ the structure and demands of the setting はかなり簡単に「状況」とだけ訳した。


6A06 常同運動症(Stereotyped movement disorder)

①常同運動症は、自発的かつ反復性かつ常同的で、一見して目的のない運動(かつ、しばしば律動的)が数ヶ月以上持続してみられることで特徴付けられる。この疾患は発達の期間の早期に出現し、精神作用物質によるものではなく、日常の活動を顕著に妨げるか、もしくは自傷という結果に至る。②非自傷性の常同運動には、体幹や頭を揺する、指をはじく、掌を振るなどがある。③自傷性の常同運動には、頭の打ちつけ、顔叩き、目突き、体の一部を噛む行為などがある。

補足:① apparently purposeless「一見して目的のない」とする。患児本人には、自分にとっての合理的な理由がある場合がある。(もちろん、周囲あるいは社会通念に照らして合理的な理由があるとは限らない。)direct physiological effects まで訳すとしつこくなる。② mannerisms は精神医学で「衒奇症(げんきしょう)」という主に緊張病症状の一種を表すことがあるが、ここではその意味はない。

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