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母の世界から出た日
あの日のことは忘れもしない。
母のパートナーの店で予定していた、たこ焼きパーティーを電話で断った日のこと。
大雨で雷がバリバリ鳴り響いていた夜。
前日に、たまたま大皿のお寿司の配達を手伝った後、店の車で帰ってしまったのだ。
私のアパートは、坂の上にあるから楽をしてしまった罰か。
ひとり暮らしを初めて間もないころ、母は寂しかったのかもしれない。
断っても断っても、いろんな理由を並べたてて私が来るように仕向ける。
今度は、車を戻しなさいと何度もかかってくる。
予約はあっても、今のように当日注文の配達がある店ではない。
この日は、疲れていたせいもあり、あまりにもしつい電話にうんざりしていた。
もー切るで。誰も来ーへんって(笑)
と言っても、お酒が大好きだから一人でも集まりゃ美味しく飲めるのだ。
私はおちゃらけるのが得意だったし、店に友達を呼ぶこともあったから、母はお小遣いやら大好物やらあの手この手で、私を自分のもとへ呼び寄せる。
そりゃ魅力的だけどお小遣いが効く天候ではない。
それに、自分の生活のリズムがあるので母に合わせることは、だんだんとできなくなってくる。
最終的にとってきた手段はこうだ。
車の中にたこ焼き器があると訳のわからないことを言い出し、おまけには恥をかかせるなと…
永遠に言われそうだったので仕方なく車を返しに店に向かうことにした。
フロントが見えなくなるほど雨が降っているではないか….
この時点で、危険だと判断すべきである。
この嵐の中で運転させるってどんな母親よ( ゚Д゚)
着いたら笑顔でその母親が待っていた。
たこ焼きパーティーに出るつもりはなく、鍵を渡して店の傘を持とうとした瞬間、まさかの言葉を言われた。
「傘つかったらあかんで」
耳を疑う。
もう言い返す気力もない。
笑いで返すこともできない。
雨が止むまでは、私が残ると思っていたのだろう。
雨音だけがザーッと響く中、頭を巡らせ何か一言思いっきりダメージ力のある言葉を言い返したかったけど、やっぱり何も出てこなかった。
くっそー!もっと口たっしゃになりたい。
背中を向けたまま、店を出た。
痛いほどの叩きつける雨の中、アパートへ帰る。
服と靴がどんどん重くなっていく。
雷の頻度は増して、ピカピカ空が明るくなり、バリバリどころかドーン!!と何度もどこかに落ちている。
次は私の頭かもしれない。
いや、もういっそのこと落ちろよ。
こんな日に歩いてるやつは、私くらいしかおらん。
でも、雷の爆音で大泣きしているのがわからなくて良かった。
たこ焼きパーティーに誰も来ていなかったことは言うまでもない。
いたのは、毎日仕事帰りに来る優しく微笑むお客さん1人だけだった。
母はわがままな人で、自分が楽しかったら娘の私も楽しいといつまでも思っていたかったようだ。
幼い頃は、日曜日にたこ焼きパーティーをよくやった。
久しぶりにあの時のような、楽しい時間になると考えていたのだろうか。
だとしたら、参加してあげたかった。
ひとり暮らしをして、社会に出ると今までの考え方や価値観が良くも悪くも変化する。
うちの母は変わっている。
こんなこと、おかしいけれど今思い出すと、妹のように感じる。
私がタトゥーしたいと言うと、「お母さんもしたかぁ」
えっ?そっち? 賛成でも反対でもなくそっち?
はたから見れば仲良し親子だけれど、肝心なありがとうやごめんねを伝えたりはしていなかった。
実家を出たら、自分の暮らしがある。
母の世界から出たら、自分で作っていく世界がある。
これからどうなっていくか、まだまだわからない十代のガキだけれど雷の爆音と大雨でいろんな感情が洗い流されていく。
泣きながら坂を上って自分の部屋にたどり着いたら、なんだか清々しかった。