パラスポーツによる外傷・関節障害の特徴と対策
パラスポーツにおける自律神経障害の影響と対策
上条義一郎
JOURNAL OF CLINICAL REHABILITATION
第31巻・第12号(通巻375号)・2022年11月号 P1150-1155
【アブストラクト】
Ⅰ.はじめに
本稿では、パラ陸上競技を行うC5レベル以下残存の頸髄損傷者(以下、頸損)や胸腰髄損傷者(以下、脊損)を想定して、自律神経障害がスポーツ競技のパフォーマンスにどのような影響を及ぼしているか、対策と概要について述べられている。
Ⅱ.パラスポーツと関係する自律神経障害とその機序
解剖学的に脊髄交感神経中枢は第1胸髄(Th1)〜第2腰椎(L2)の側角にある。頸髄完全損傷では全身の交感神経活動が障害され、Th1−6レベルの損傷では心臓交感神経活動、Th11ーL1レベルでは、腎交感神経活動、L1−3レベルでは膀胱直腸障害が生じる。発汗や皮膚血管調節も交感神経により調節され、Th1−4、Th5−7、Th10−12レベルの節後線維はそれぞれ顔面・頸部、上肢、下肢へ分布するため、損傷部位に応じて障害される。
Ⅲ.循環調節障害(自律神経過反射含む)がパラスポーツに及ぼす影響と対策
1)起立性低血圧
血圧反射を介して副交感神経活動の抑制により心拍数が上昇し、交感神経活動が亢進すると総末梢血管抵抗が上昇することで血圧が維持される。頸損の完全損傷の場合は、副交感神経の抑制による心拍数上昇は生じる。しかし、交感神経活動は全廃しているため麻痺域に血液が貯留したままとなり、心臓への静脈還流量は低下したままとなる。すなわち、総末梢血管抵抗の調節がうまくいかず、たとえば座位において血圧低下が生じやすい。
2)最大心拍数・心筋収縮力の制限
循環調節機能が低下した頸損・上位脊損では、運動・体温上昇時の心拍出量・血圧を維持する機構が破綻している。それを代償するためには、心臓への静脈還流量を維持するために、弾性包帯や腹帯を使用して下肢や腹部を圧迫したり、循環血流量自体を上昇させる必要がある。
3)自律神経過反射
Th6レベル以上の脊損、特に頸損によく見られる。膀胱充満、便秘、摘便等の肛門への刺激や、外傷や褥瘡等による腹部や下半身(麻痺域)への刺激が損傷レベルに応じて交感神経反射を惹起するからことにより、血液貯留に大きな役割を果たす腹部内臓血管の攣縮が生じ、急激に血圧が上昇すると考えられる。
4)腎血流調節障害
Th9レベルの損傷では腎細動脈血流調節、糸球体でのNa+再吸収が障害される。健常者では、安静状態において約5l/分の心拍出量のうち肝臓、腎臓へそれぞれ約20%が配分される。運動時には交感神経活動亢進のためにこれらの内臓の細動脈が収縮を起こし、内蔵血流を最低レベルまで低下させ、より多くの血流を活動筋へ配分できるように働く。したがって、Th9レベルより上位損傷は、運動時に行けるこのような血流配分が行われず、運動能力を制限する要因となり得る。
Ⅳ.排泄障害がパラスポーツに及ぼす影響と対策
完全損傷の場合、損傷レベルによらず尿意は障害され、仙髄より上位損傷では排尿筋過活動/排尿筋括約筋協調不全、下位では排尿筋低活動/無収縮を認める。脊損者においては、膀胱尿管逆流、水腎症、尿路感染、尿失禁予防のために、定期的に排尿筋活動、膀胱コンプライアンス等、下部尿路の状態が管理されることが望ましい。さらに、下部尿路障害の進行防止のために清潔間欠導尿が検討される。頸損者では膀胱充満により自律神経過反射による血圧上昇が生じやすい点も考慮し、常に注意する。
Ⅴ.体温調節障害がパラスポーツに及ぼす影響と対策
健常者では20℃や35℃の部屋に2時間滞在しても深部体温は一定に保たれるが、頸損者では皮膚血流・発汗調節が全身で障害されるため、深部体温は環境温に依存して0.5℃/時間程度の速さで変化する。脊損者では頸損者に比べ、環境温変化に対する深部体温変化は小さく、下位損傷では健常者と変わらないが、これは新聞体温上昇に対する皮膚血流・発汗調節が一部機能しているためである。
頸損者では絶対運動強度が低く熱産生が少なく、これを熱放散が上回ることで、むしろ深部体温は低下するケースがある。そのため、頸損、脊損の体温調節障害に対する対策として、大会に至るまでの事前準備は、脱水・寝不足にならないよう、日頃からの体調管理を行い、可能であれば起床時心拍数や体重測定、尿比重測定を行いデータとしてまとめ検討することで脱水傾向をチェックする。
当日注意することは、帽子や日傘の使用により直射日光を避けることで暑熱暴露を最小限にする、効率的な体外冷却を行うことである。
Ⅵ.パラスポーツにおける自律神経障害の今後の課題
障害者のスポーツ参画を妨げる要因はいくつも残っており、運動生理学的視点から自律神経障害も挙げられる。今後の障害者スポーツを発展させるためには、現場での有用な情報提供を行うための運動生理学的な研究推進が重要であり、各選手の病態背景、生理機能を事前に把握するための情報共有システムの再構築が望まれる。
そのほかには頸損者や脊損者等の適切な栄養摂取方法の検討も重要である。
【勉強となった点】
今回は頸損、脊損者に焦点を当てて述べられたものであり、その多くが自律神経障害を併せ持っていることがわかる。競技中のみではなく、大会までの過程や競技前の準備で症状が悪化してしまうことでパフォーマンスを大きく落としてしまう。そのため各選手ごとに情報共有が重要であることが勉強となった。
【最後に一言】
東京パラリンピックで日本人選手の活躍を目にすることもあり、関心が高まっている。しかし彼ら、彼女らはスポーツ選手である一方に障害を抱えていることを忘れてはならず、活躍の裏での障害特性を把握してサポートするからことが必要であり、そのための情報システムやサポート体制、栄養面・精神面でのケアが重要となる。
本稿は自律神経障害に焦点を当ててそれぞれの諸症状を詳細に述べられており、参考にして頂きたい。
執筆:本多竜也
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