「良く食べることは、良く生きること」一汁一菜からはじまる丁寧な暮らし
「今日はなにを食べようかな」
ひとりでも、ふたりでも、大家族でも一度はつぶやいたことがあるのではないでしょうか。
そんなときに「一汁一菜でよい」と提案してくれるのが、料理研究家の土井善晴さん。
大阪生まれ、スイスでフランス料理を学び、帰国後日本料理を修業。
土井勝料理学校講師を経て「おいしいもの研究所」を設立。
変化する食文化と周辺を考察し、命をつくる仕事である家庭料理の本質と、持続可能な日本らしい食をメディアを通して提案なさっています。
人柄が感じられる文章は、寒い日にお味噌汁をすするようにほっとできますよ。
なぜ今、一汁一菜なのか
私は日々、料理を作るのがたいへんだと感じているひとりです。
仕事で帰りが遅くなった夜、ひとりの日に自分だけの分を作るのは面倒だと思ってしまいます。
外食しちゃおうかな、スーパーでお惣菜を買って帰ろうかな、ウーバーイーツにしようかな。
けれど、きちんと料理をしないことが後ろめたい、外食ばかりでは健康によくないという気持ちが知らず知らずのうちについてくることってありますよね。
心身ともに健康でありたいと思う自分を守るための提案こそ一汁一菜です。
ご飯を中心とした汁とおかず。「ご飯、味噌汁、漬物」を基本とする食事の型のことをいいます。
いつもの流れなら仕事帰り、冷蔵庫に残っているはずの野菜でレシピを調べて、追加のお肉を買いにスーパーへ行く。疲れている日は、もうこのままお惣菜を買って帰りたいと思ってしまいます。
でも一汁一菜なら、なんだか忙しくてもできそうな気がしてきませんか?
また、今日はなにを食べようかなと迷わなくていいのです。
ご飯を炊いて、おかずを兼ねるような具がたっぷりの味噌汁を作りましょう。
毎日の食事
日常で食べるのは「普通においしい」もの。それは、安心につながるものだと土井先生は本の中で語っています。
この本はレシピ本ではないのですが、基本のお米の炊き方、そして季節を感じる具沢山の味噌汁を紹介してくれています。私は本で紹介されている方法で炊いたご飯をはじめて食べたとき、雑味のない、本来のお米の甘さに感動しました。お蕎麦通な方のように、まずはそのままひと口味わってみてください。私は普段、多めに炊いて1食分ずつ冷凍ストックする派なのですが、チンしたあともふっくらおいしいですよ。
そして驚いたのがお味噌汁。本を読む前まで私の味噌汁の具レパートリーは、豆腐、わかめ、なめこ、ネギ、油揚げ、しじみくらいでした。その季節にしか食べられない、お味噌汁の具からは四季を感じることができます。
( 例 )
春は三つ葉、たけのこ、新じゃがいも、あさり
夏は茄子、枝豆、アジ
秋は里芋、きのこ、山芋
冬はごぼう、にんじん、鮭
さらにトマト、ベーコン、チーズ、バケッドなど普段はあまり入れない具も味噌汁にしてしまうのです。本には写真も掲載されていますが、すごくおいしそうなのです。お味噌汁は自由!と料理をする時の笑顔は子どもみたいにお茶目なのに、その手は母のように優しく「私もやってみたい」と思わせてくれます。
今日は早めにお米を研いでおこうかな。
いつものスーパーに並んでいるお野菜やお魚も、今の旬はなんだろうと考えるだけで違って見えてきます。丁寧にご飯を炊き、お味噌汁に旬の食材を取り入れるだけで、ゆっくり時間が過ぎているかのように、暮らしが少し豊かになりました。
あくまで一汁一菜は食事のスタイルであり、ストイックな健康法ではありません。パンの気分の日は食べたらいいし、洋食や中華が食べたい時はおかずにして足せばいいのです。そのときはお味噌汁の具を減らして調整しましょう。
つまり一汁一菜を基本として、何を食べるか決めればいいということです。
時間はあるけど作りたくない日があってもいい、量が足りなければご飯と味噌汁をおかわりすればいい。無意識のうちに入ってくる情報と、擦り込まれた「こうあるべき」から自分を開放してあげてください。
作る人と食べる人
さまざまな視点から家庭料理の在り方についてもふれています。家庭料理とは、食べることと生きることのつながりを知り、一人ひとりが心の豊かさと感受性を持つもの。それは人を幸せにする力と、自ら幸せになる力を育むものです。持続可能な家庭料理のその先にあるのは、秩序を取り戻した暮らし。世代を越えて伝えるべき暮らしの形を作る。そして一汁一菜は、日本人を知り、和食を知るものでもあるのです。
少し難しく感じた方もいるでしょうか。本の中ではこう説明しています。家族に子どもがいるならば、毎日どんな状況であっても、子どもには何かを食べさせなくてはならないですよね。その料理を子どもは無条件で信頼していますから、安心・安全であることは当たり前。親はその責任を、自分の経験や愛情で乗り越えてきたのです。つまり家庭料理の本質は生きることそのものだと。
思い返せば、母が誕生日に作ってくれる好物のエビフライも、たまに父が作ってくれる魚肉ソーセージと卵を炒めた丼ぶりも、それもまた親から子どもへの無条件の愛だったのでしょう。
食べることから生きることへ想いをはせる
最後に以前、土井先生がおっしゃられていた言葉ですごく心に残っているものがあるので、紹介させてください。
「疲れて起き上がれないときは寝といたらよろしい。でも起き上がるでしょう?それはお腹が空いたからでしょう?生きていこうと思ったわけじゃないですか。すごいことですよ!」
それはお料理の配信番組でした。何気なくおっしゃったその言葉は、人の暮らしでいちばん大切なことは「一生懸命」生活することだと教えてくれました。日々の疲れをどこか考えないようにしていた私に、スッとしみ込んできて涙が溢れそうになりました。あの言葉に励まされたのは私だけではないと思います。
「一汁一菜でよいという提案」は、これからを自分らしく生きていく私たちに寄り添ってくれる一冊です。
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