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現代語訳 四手井剛正『戦争史概観』序、公刊にあたって、目次他

 戦争の様相は古来より幾多の変遷を経ているが、その本質上、平和的手段によって目的を達成することができないと思われる場合に、武力をもってその目的を達成しようとする行為であることに変わりはなく、また人間が共存共栄の理想に到達しない限り、永久に戦争は絶滅しないだろう。
 戦争の惨禍は絶大であり、とくに総力戦的傾向を帯びつつある近代戦にあっては、その勝敗が国家の興亡をもたらすことに考えが及ぶならば、みだりに兵を動かすことができず、また万が一開戦を決意することがやむを得ない場合は、平時における十分な準備施策とあいまって、戦争目的を完遂するように、全力を傾注して戦争が実行されなければならない。
 このためには、戦争の開始とその終結を最も有利な環境と条件の下に発動するよう努めるとともに、戦争中においては、武力戦が勝利に到達できるように、一切の施策を講じなければならない。
 この行為がいわゆる戦争指導であり、それは政略と戦略との適切な運用、特に両者の緊密な連携協力によって満足のいくことができるのである。
 しかしそのことは単に机上の理論をもってしては、その要領をつかむことができないため、戦争史を徹底的に研究することによってはじめて体得することができるものである。
 したがって戦争史の研究に対しては、現代においてはただ軍人だけでなく、政治家はもとより、社会の指導的地位にある人士もまた無関心であってはならないと考えられる。
 本書は陸軍大学校学生に対し、戦争指導の概念を付与する目的で、わが陸軍戦史研究の権威者である四手井少将が講述した戦争史の一部で、フリードリヒ大王以後の主要な戦争に関して以上の趣旨をもって研究したものである。
 本書の内容はその性質上言うまでもなく完璧ではないけれども、著者の蘊蓄と鋭敏な着眼とによって、その記述は正確であり、また主張には傾聴に値すべきものが多く、啓発されるところが少ないのを認め、また現在の情勢において、わが国の有識者のあいだに、この種の知識に対する欲求が大きくなっていると聞いていることから、ひとまず公刊することとした次第である。
 もしこれにより、少しでも裨益することがあれば、その満足はただ著者のみのものではない。
 昭和18年3月
 陸軍大学校長 陸軍大将 岡部直三郎 

公刊にあたって

 本稿は陸軍大学校学生に、戦争に関する概念を与えて、戦争指導上の主要な着眼を理解させることを目的で書き起こしたものである。
 しかし書き起こした当時の公務の関係上、この研究はどちらかといえば業務の合間を縫って行うというやむを得ない理由により、事実の検討、内容の整理、文案の推敲等が極めて不十分であり、講義にあたって学生に筆記の労を減らすことを主眼として記述するにとどめた。
 したがっていつか閑暇を得たならば更に十分な研究補修を行おうと考えているが、我が国の現状として、有識者の間にこの種の知識を必要とすることが極めて喫緊であるにもかかわらず、この種の資料がもの寂しい状況であるため、完璧を期するよりもむしろ速やかに研究を普及すべきであるとの先輩同僚の助言を身に染みて感じた。
 このためこの種の研究に一石を投じるという理由で、ひとまず印刷することとした。
 事情が以上のようであることから、内容に修正が必要なもの、文章の読解が困難なもの、所論で納得できないものなど不備が非常に多いことはもとより承知しているところで、読者がこれらを納得してもらうことを切に願う。
 昭和十七年十二月中旬
 四手井剛正識

目 次

緒 言
第一章 フルードリヒ大王戦史
 第一節 古代より近世初期に至る時代の戦争
 第二節 フリードリヒ大王
 第三節 第一、第二シュレジェン戦争
 第四節 七年戦争
 第五節 フリードリヒ大王戦史の総括的観察
第二章 ナポレオン一世戦史
 第一節 フランス大革命とナポレオン
 第二節 将帥ボナパルト時代
  (一) 一七九六年イタリア戦争
  (二) 一八○○年イタリア戦争
 第三節 皇帝ナポレオン一世の盛時
  (一) 一八〇五年戦争
  (二) 一八〇六、七年戦争
 第四節 ナポレオンの没落期
  (一) スペイン征討
  (二) 一八〇九年戦争
  (三) 一八一二年ロシア遠征
  (四) 一八一三年戦争
  (五) ワーテルローの会戦
 第五節 観 察
第三章 ウィルヘルム一世戦史
 第一節 ウィルヘルム一世とビスマルク、ローン、モルトケ
 第二節 普墺戦争
  (一) 開戦に至る状況
  (二) モルトケの作戦計画
  (三) 情勢に応ずる作戦計画の修正及び作戦経過
  (四) 講和
 第三節 独仏戦争
  (一) ビスマルクとナポレオン三世の外交戦
  (二) モルトケの作戦計画
  (三) 集中及びメッツに至る作戦
  (四) セダンの包囲
  (五) パリ攻城及び講和
 第四節 独仏戦争後におけるビスマルクとモルトケ
 第五節 観 察
第四章 ドイツを中心とする第一次欧州大戦史
 第一節 前 言
 第二節 皇帝ウィルヘルム二世
 第三節 シュリーフェンとその作戦計画
 第四節 ベートマン・ホルヴェークとモルトケ及び戦争準備
 第五節 大戦勃発の動機と開戦の名目
 第六節 マルヌ会戦
 第七節 参謀総長ファルケンハイン
 第八節 一九一四年秋より同年末に至る間のドイツ作戦方針に関する論議
 第九節 一九一五年におけるドイツ軍戦争指導の重点
 第十節 ドイツ軍のヴェルダン攻撃
 第十一節 イギリスにおける戦時内閣の成立
 第十二節 無制限潜水艦戦
 第十三節 大本営に入るルーデンドルフ
 第十四節 フランス軍統帥の危機
 第十五節 ドイツの屈服
 第十六節 観 察
 第十七節 ヴェルサイユ条約と戦後の欧州
第五章 日露戦争を中心とする本邦戦史
 第一節 前 言
 第二節 明治初期における我が国防施設の変遷概況
 第三節 日清戦争の開戦に至る事情
 第四節 日清戦争の講和と三国干渉
 第五節 日露戦争前における我が国の戦争準備
 第六節 対ロ開戦
 第七節 開戦後の陸軍作戦に関する問題の若干
 第八節 講和招致の画策
第六章 総括的観察
 一 総力戦と武力
 二 今後における戦争の形態と戦争指導
 三 戦争指導機関
 四 戦争準備
 五 開 戦
 六 敵戦力の撃滅
 七 開戦後における統帥と政略運用との協調及び終戦
 八 将 帥
編者 あとがき
四手井剛正略歴

挿図目次

第一 ホーエンツォレルン家家系図
第二 フリードリヒ大王即位当時における欧州概況図
第三 欧州国際関係一覧図
  その一 フリードリヒ大王即位当時
  その二 シュレジェン戦争
  その三 七年戦争
第四 プラハに向うプロイセン軍前進概見図
第五 ロスバッハ会戦要図
第六 ロイテン会戦要図
第七 第十八世紀末における中欧概況図
第八 一七九六年イタリア戦争作戦経過要図〔付〕マントヴァ要塞解囲戦要図
第九 一八〇〇年イタリア戦争作戦経過要図〔付〕マレンゴ会戦要図
第十 ウルム会戦要図
第十一 アウステルリッツ会戦要図
第十二 イエナ会戦要図
第十三 イエナ開戦後における追撃退却作戦経過要図
第十四 ロシア遠征作戦経過一覧表
第十五 一八一五年作戦経過一覧図 〔付〕ワーテルロー会戦要図
第十六 ドイツ地方戦場概見図
第二十 メッツ付近会戦要図
第二十一 独仏戦争作戦経過概要図
第二十二 シュリーフェン第一次・第二次案要図
第二十三 マルヌ会戦要図
第二十四 欧州大戦作戦経過概要図
第二十五 ドイツ軍ヴェルダン攻撃経過要図
第二十六 ダーダネルス付近戦場一覧図 〔付〕ガリポリ上陸作戦要図
第二十七 ジョッフル将軍会戦計画要図
第二十八 欧州大戦作戦経過概要図
第二十九 一九一八年ドイツ軍攻勢作戦経過要図
第三十  遼陽会戦要図
第三十一 旅順要塞攻城作戦要図
第三十二 黒溝台付近会戦要図
第三十三 奉天会戦要図
第三十四 日露戦争作戦経過要図

挿画目次

シュレジェン戦争時代におけるフリードリヒ大王
コーリン戦後におけるフリードリヒ大王
ロイテン戦勝の夜
ロジー会戦
ナポレオンのサン・ベルトルド越
モスクワ退軍(自ら銃をとるナポレオン)
プロイセン皇帝ヴィルヘルム一世
ローン
モルトケ
ビルマルク
ドンシュリーにおけるセダン開城談判
パリ近郊におけるモルトケ
シュリーフェン元帥
ロイドジョージ
ドイツの最高統帥(カイザー、ヒンデンブルグ、ルーデンドルフ)
ヴェルダンにおけるフランス軍最高統帥(列車内のジョッフル・カステルノー)
クレマンソー
フォッシュ
二元帥六大将(奉天総司令部における)
奉天入場 

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