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PRESQUE TOUT: 窓からのながめ

このところ毎日暑いですね。皆さんお元気ですか。僕は暑さ耐性がほぼ皆無なので(寒いのは大丈夫)、自宅では常時エアコン稼働、外出中は水分補給に徹してます。電力供給がひっ迫していますが、皆さんも倒れないように無理せず頑張ってください。

さて、余計な前置きはさておき、今回は2019年から活動を始めたフランスのレーベル(あるいはプロジェクト?)である「PRESQUE TOUT (日本語で「ほとんどすべて」の意味?)」を紹介したいと思います。

ここで取り扱われている作品は、少し変わったルールのもとに録音され発表されています。それは、好きな時間帯に窓を開けて、そこから聞こえる音を録音して発表しようというものです。レーベルの説明文には、次のように書かれています。
"Presque Tout is an ongoing archive of sonic landscapes from all around the world. Anyone can participate. (Presque Toutは世界中の音風景の継続的なアーカイヴです。どなたでも参加できます。)"

※あわせて、次のようにも書かれています。

"All the profits made from any digital selling on PRESQUE TOUT's BC page will now go to "TOUS MIGRANTS", a french association that helps refugees in many different ways. (PRESQUE TOUTのBandcampでのデジタル・リリースの収益はすべて、さまざまな方法で難民を支援するフランスの協会「TOUS MIGRANTS」へと寄付されます。)"
tousmigrants.weebly.com


「窓の外の音を録る」というのは、行為としては非常に単純/シンプルですが、Fiona Leeが香港でのデモ運動を自宅の窓から録音して発表した作品(下にその作品のリンクあり)などとは異なり、ここで発表されている作品のほとんどには「特殊な状況」という部分があまりありません。そのため、ただ録音をおこなうだけで、特別なことは何も起こらず、だらだらと続いてしまう作品が多いようにも思われます。ただひたすらに雨音や雑踏が聞こえるだけだったり、朝方のドーン・コーラス(鳥たちの鳴き声)だけしかなかったり。

Luc Ferrariなどの作家は、一日中浜辺で録った音を編集したりして「奇妙なフィールド・レコーディング作品」を世に発表したりもしてきました。ですが、ここでは「録った後に編集をおこなってはいけない」というルールがあります。つまり、ここではそれが許されません。だからこそ、このルールのもとでは「録音者の着眼点」に強い個性が求められるように思います。「録る時間帯」「録音時間の長さ」「録りたいトピックの有無」「レコーダーの先にあるポイントの特異性」「録音する場所(どの窓から録るか)」「レコーダーを向ける角度」、などなど。


そんななか、個人的に気になって購入した4作品を紹介したいと思います。


Kurt Buttigieg [Il Miżieb, Mellieħa (MT​)​, 05​/​21​/​2021, 11​.​49 am]

Kurt Buttigiegはマルタ島のアーティスト。Complex Holidayというレーベルを共同主宰し、兵庫の河西にあるTobira Recordsでもそこでの作品が取り扱われています。
本作で彼は、午前11:49にメリーハにある森林地帯のIl Miżieb(読み方不明)にて、レコーダーのボタンを押しました。6分半におよぶ録音では、鳥たちのさえずりや遠くで聞こえるサイレン、レコーダーのマイク周辺を飛ぶ虫の羽音が聞こえてきます。しばらくすると人が歩いているような音が聞こえてきます。それは室内から聞こえる音なのか、外から聞こえる音なのか判然としません。しかしそのまま聴き続けていると、ガサガサと地面を踏む音が聞こえてきます。窓からこんなにくっきりと聞こえるということは、1階の窓から録音したのでしょうか。コンパクトにまとめられた本作は、聴き手の注意力と想像力を刺激してやみません。


Chloé Despax [Bruxelles (BE​)​, 05​/​22​/​2022, 11 am]

続いてはベルギーブリュッセルにて活動する作家、Chloé Despaxによる作品です。午前11時とあり、Kurt Buttigiegの作品と同様にお昼のちょっと前の録音です。
ここではまず人々が話をしている声が聞こえてきます。しばらくすると、彼らは歌を歌い始め、生の音楽演奏が続きます。その後、複数台の車によるクラクションが鳴り響きます。テンポよく、次から次へとさまざまなハプニングが待ち構えている作品です。Despax本人の説明によれば、この日は隣人の家族の結婚式だったそうです。非常にイベント的(色々なことが起こる、という意味で「結婚式」という意味ではありません)な作品に仕上がっています。


Julia Hanadi Al Abed / Jonáš Gruska [Tape Series 002]

ここPRESQUE TOUTは、デジタルリリースのほか、カセットでの作品発表にも最近では注力し始めています。こちらはそのシリーズ第2弾にして、フランスの歌手/作曲家/即興演奏家であるJulia Hanadi Al Abedと、スロバキアのサウンドアーティストでレーベルLOMのファウンダーでもあるJonáš Gruskaによるスプリット作品となっています。
A面を担当するJulia Hanadi Al Abedは、夕方のボルドーヴィクトワール通りにて、渡り鳥ヨーロッパ・アマツバメの移動を窓から観察しました。交通の音がかすかに聞こえるなか、多数のアマツバメが鳴きながら窓の近くや遠くを飛びまわっているように感じられます。フランスの生活音と響き渡る鳴き声は絶妙なコントラストを生み出しました。30分と時間としてはやや長い作品ですが、サウンドスケープの作品として、リスニング用としてもアーカイヴ用としても機能する録音に思えます。
いっぽうB面を担当するJonáš Gruskaは、ブラチスラバからフメンネーへと移動する夜行列車に乗ったときの、ブラチスラバヴィノラディ駅トルナヴァ駅の区間の音を録音/提供しました。ひとくくりに列車の音と言っても、その場の状況や環境によって音は細かく表情を変えていきます。出発時、到着時、走行中。ブレーキに軋む金属的な音やドアの開閉音、徐々にスピードが上がっていく音、車内のアナウンス。走っている間も、それぞれのポイントで微妙に音の質感が変化します。普段より特殊な環境を録音し事後的にあまり手を加えないスタイルで作品を多く発表している彼だけに、今回も非常に新鮮かつ面白い作品となっているように感じます。


Phoebe Riley Law / Jez Riley French [Tape Series 003]

※Bandcamp上では"Phoebe Riley Law / Jez Riley French"の表記になっていますが、トラックの順番は逆なので、Frenchの作品から説明していきます。

最後に、Phoebe Riley LawJez Riley Frenchによるカセット作品を紹介します。Jez Riley Frenchは長年にわたりフィールド・レコーディングなどの活動をおこなっているイングランドのアーティスト。本作ではイギリスにある施設「ウェスト・ディーン」にて録音をおこないました。この施設はもともとシュルレアリスム運動に関連した建物で、現在では「West Dean College of Arts and Conservation」となり、芸術と保存活動の教育機関として機能しています。録音時は修復活動中であったようで、建物が足場とテントで覆われていたそうです。そのため、開け放たれた窓からは風にたなびく布の音と足場の金属音(作業員の活動する音?)が聞こえてきます。
対するPhoebe Riley Lawの録音は「Stood, Framed Ordinary」とだけ表記されており、詳細が分かりません。場所についての情報が[50.906434, -0.775745]とあることから、Frenchとほぼ同じポイントでの録音と確認できます。Frenchの録音の情報に"2019年9月29日(restoring/修復中)"とあり、Lawの録音には"2021年12月9日(restored/修復後)"とあることから、おそらく「建造物」としてのWest Dean College of Arts and Conservationに関する共同作品なのでしょう。Lawによる修復後の様子では鳥たちの鳴き声や人々の声などが聞こえ、Frenchの録音とは全然違う、この場所本来の音が聞こえてくるように感じられます。同じ場所でもタイミングが異なるだけで雰囲気がまったく異なるものになるという面白い作品に仕上がっています。

なお、僕はまったく情報を読まずに試聴し購入したので、お恥ずかしながら今回記事を書くまでこの事実(コンセプト?)を把握していませんでした。


今年の4月には柳沢英輔さんによる『フィールド・レコーディング入門: 響きのなかで世界と出会う』フィルムアート社より出版されました。また、今月中旬ごろにはhofliこと津田貴司さん(stilllife (w/笹島裕樹)、Les Trois Poires (w/TAMARU松本一哉)、星形の庭 (w/佐藤香織)などでも活動されています)による『フィールド・レコーディングの現場から』カンパニー社より出版される予定となっています。これらの書籍が同じ年に発表された(される)のは単なる偶然だと個人的には思っていますが、いずれにせよ、国内においてフィールド・レコーディングや環境音(アンビエント・ミュージック的ジャンルとして用いられる「環境音楽」とは異なる)への関心が高まってきているのではないかと期待しています。もし環境音/フィールド・レコーディングや本作で紹介された作品などにご興味があってこれらの書籍をまだご存じなければ、この機会にぜひ手に取って読まれてはいかがでしょう。


ところで、現在このPresque Toutでは録音を受け付けているようです。暑い時期ですが、室内からも録音ができるので炎天下で耐え続ける必要はありません。提出に際しては「開けた窓から録音された音」「編集せず、最小限のミックス」で、ファイルの形式を「600MB以下のwav、aif、flac形式」とすることが条件です。もしご興味があれば、録音して送ってみてはいかがでしょうか。連絡先は下記のメールアドレスです。
presquetoutlabel@gmail.com



それでは、皆さんもお身体にお気をつけて。

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