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COVID-19感染後咳嗽:神経親和性(neurotropism)、神経炎症(neuroinflammation)、神経免疫調節(neuroimmunomodulation)

SARS-CoV-2感染においては、神経親和性(neurotropism)、神経炎症(neuroinflammation)、および迷走神経の感覚神経を介した神経免疫調節(neuroimmunomodulation)が、咳過敏症を引き起こす

1. 慢性咳嗽の定義と評価

  • 咳嗽は持続期間により 急性(3週間未満)、亜急性(3-8週間)、慢性(8週間以上) に分類。

  • 急性咳嗽 はウイルス感染後に自然軽快することが多く、特別な治療は不要。

  • 慢性咳嗽 では原因検索が必要となる。

2. ポストCOVID-19咳嗽の特徴

  • COVID-19患者の大規模研究では 30〜60歳の成人に多い ことが判明。

  • 咳の有無とCOVID-19の重症度は関連しない

  • COVID-19肺炎があっても 必ずしも咳が強くなるわけではない

  • 咳嗽は神経機能障害と関連し、肺障害とは直接結びつかない可能性 がある。

3. 咳嗽メカニズムとウイルスの戦略

  • ウイルスは咳嗽を引き起こすことで感染を拡大 するが、肺障害は最小限。

  • 咳反射は P2X2、P2X3受容体を介して脳幹に伝達される

  • SARS-CoV-2は 迷走神経を刺激し、咳嗽過敏を引き起こす

  • 神経の調節異常が長期的な咳嗽につながる可能性 がある。

4. ポストCOVID-19慢性咳嗽の疫学

  • 長期的なデータでは 19%の長期COVID患者が咳を報告

  • 感染後3週〜3か月で咳を報告した患者は14%

  • 1年後には慢性咳嗽の有病率は2.5%まで減少

  • 2023年のJAMA研究では、特定の患者群で慢性咳嗽の有病率が30%を超える

5. 診断と評価の流れ

  • 8-12週間持続する咳嗽は評価が必要

  • 胸部X線検査を実施し、悪性疾患を除外

  • 慢性咳嗽の3大原因(鼻副鼻腔炎、喘息、胃食道逆流症)を除外

  • COVID-19後、喘息を発症する可能性があるため スパイロメトリーや呼気一酸化窒素測定が推奨

  • 喉頭異常も多く、咽喉頭違和感や嗄声が63%の患者に見られる

6. 治療と管理

  • 喫煙は慢性咳嗽を悪化させるため禁煙推奨

  • ACE阻害薬の使用を4週間中止し、咳との関連を評価

  • 神経調節異常が関与する場合、アミトリプチリン、プレガバリン、ガバペンチンを考慮

  • ステロイドは慢性咳嗽には効果がない

7. 今後の課題

  • COVID-19感染後慢性咳嗽の神経機序の解明が必要

  • 神経修飾療法の有効性をさらに検証する研究が求められる


Abdukahil, Sheryl Ann, Ryuzo Abe, Laurent Abel, Lara Absil, Andrew Acker, Shingo Adachi, Elisabeth Adam, ほか. 「COVID-19 symptoms at hospital admission vary with age and sex: results from the ISARIC prospective multinational observational study」. Infection 49, no. 5 (2021年10月1日): 889–905. https://doi.org/10.1007/s15010-021-01599-5.

要旨(Abstract)

背景

ISARIC(国際重症急性呼吸器・新興感染症コンソーシアム)の前向き多国籍観察研究は、COVID-19で入院した患者を対象とした最大規模のコホート研究である。本研究では、年齢、性別、および国籍とCOVID-19の初発症状との関連を報告する。

方法

2020年1月30日から8月3日までの期間に、43か国からCOVID-19の検査で確定診断された入院患者60,109人を対象とした国際的な前向き観察研究を実施した。ロジスティック回帰分析を用いて、年齢および性別とCOVID-19の典型的な症状およびよく報告された症状との関連を評価した。

結果

COVID-19の典型的な症状として、発熱(69%)、咳(68%)、息切れ(66%) が最も多く報告された。92%の患者がこれらのうち少なくとも1つを経験していた。典型的な症状の頻度は30〜60歳で最も高く(発熱80%、咳79%、息切れ69%、少なくとも1つの症状95%)、以下の群では頻度が低かった。

  • 小児(18歳以下):発熱69%、咳48%、息切れ23%、少なくとも1つの症状85%

  • 高齢者(70歳以上):発熱61%、咳62%、息切れ65%、少なくとも1つの症状90%

  • 女性:発熱66%、咳66%、息切れ64%、少なくとも1つの症状90%

  • 男性:発熱71%、咳70%、息切れ67%、少なくとも1つの症状93%(各P < 0.001)

非典型的な症状として、60歳未満では悪心・嘔吐および腹痛、60歳以上では意識混濁が最も多く報告された。回帰分析の結果、症状の発現には性別、年齢、国籍による有意な差が認められた。

解釈

本国際共同研究により、COVID-19で入院した患者における症状の信頼性の高いデータを報告することができた。60歳以上の成人および小児は、典型的な症状を呈する可能性が低い30歳未満では悪心・嘔吐が、60歳以上では意識混濁がCOVID-19の非典型的な症状としてよくみられる。また、女性は男性よりも典型的な症状を経験しにくいことが明らかになった。


SARS-CoV-2の伝播に関する研究では、咳がウイルス粒子の拡散において重要な役割を果たすことが確認されている。しかし、この機構は重篤な肺損傷を伴うものではない。ウイルスの主な目的は、咳反射を引き起こすことで宿主に神経学的な機能障害を誘導することである。この神経学的な活性化により、ウイルスは顕著な肺損傷がなくとも咳反射を引き起こし、拡散を促進することができる。この機構はウイルスの伝播能力を高め、新たな宿主への定着を助けることで進化的な優位性をもたらしている。

咳の機構は依然として部分的にしか解明されておらず、その根底には「咳過敏症(cough hypersensitivity)」がある。これは、気道や肺、その他の共通の神経支配を受ける組織に対する神経の感受性が増大する状態を指す。咳反射は、主に呼吸器に存在する感受性の高い末梢受容体が刺激物や異常を検知することから始まる。

これらの受容体(P2X2、P2X3 など)は情報を脳幹に伝達し、脳幹が反射応答を調整する。この過程は、大脳皮質の制御によって調節されており、通常、軽度の刺激があっても私たちが常に咳をしないのは、この抑制機構が働いているためである。

しかし、この抑制機構にバランスの崩れが生じると、咳が過剰に、あるいは制御不能に引き起こされる可能性がある。SARS-CoV-2は、これらの末梢受容体と直接相互作用し、咳反射を刺激しているようである。これらの受容体が広範に分布し、高密度で存在することにより、ウイルスの伝播にとってこの機構は極めて効果的になっている。

さらに、迷走神経は特にウイルス感染に関連して咳を引き起こす中心的な役割を果たしている可能性がある。インフルエンザの研究では、迷走神経に関連する感覚細胞が関与していることが示されている。

ウイルスは迷走神経を刺激し、それが咳反射を活性化する。SARS-CoV-2感染においては、神経親和性(neurotropism)、神経炎症(neuroinflammation)、および迷走神経の感覚神経を介した神経免疫調節(neuroimmunomodulation)が、咳過敏症を引き起こす要因である可能性が示唆されている。

ここで疑問となるのは、「迷走神経の関与が、ウイルス感染の急性期を超えて咳を長引かせるのか?」という点である。データによれば、ウイルス感染は咳反射の感受性を大幅に増大させ、刺激の程度に関係なく咳が引き起こされやすくなる。また、咳反射を抑制する脳領域の働きがウイルス感染中には低下し、その結果、抑制制御が弱まり、咳が容易に発生するようになる。この現象は一時的な神経調節機構の機能障害を反映しており、回復とともに徐々に正常化していくと考えられている。


ウイルス感染と咳嗽

呼吸器ウイルス感染は急性咳嗽の一般的な原因であり、咳嗽はウイルスの伝播において重要な役割を果たす1。しかし、ウイルスは咳嗽反射を一時的に変化させ、気道のクリアランスに有利に働くことがあるが、感染が収束した後もこの影響が持続することがある。その結果、低レベルの刺激にも過敏に反応する異常な感受性を持つ気道が形成され、臨床的には持続的な咳として現れる1。この持続性の咳は、感染の長期化や気道損傷のリスクを高める2。



Gemini Deep Research結果

抑制機能の低下のメカニズム

ウイルス感染は、以下のような複数のメカニズムを介して咳嗽反射の抑制機能を低下させる可能性がある。

1. 感覚神経への直接的影響

ウイルスは気道内の感覚神経に直接感染し、炎症を引き起こし、神経の興奮性を変化させる2。これにより、咳嗽誘発刺激に対する感受性が増大し、咳嗽反射を抑制する能力が低下する。

2. 炎症性メディエーターの影響

ウイルス感染は、サイトカイン、ケモカイン、プロスタグランジンなどの炎症性メディエーターの分泌を促進し、咳嗽受容体の感作を引き起こす3。これらのメディエーターは、感覚神経終末に直接作用し、その性質を変化させ、刺激への反応性を増大させる。例えば、プロスタグランジンE2は電位依存性ナトリウムチャネルの感受性を高め、感覚神経の興奮性を増強する4。

3. 神経栄養因子の変化

ウイルス感染は、神経の成長、維持、機能を調節する神経栄養因子(neurotrophic factors)の発現を変化させる4。これにより、感覚神経の表現型が変化し、咳嗽誘発刺激への感受性が高まる。例えば、神経成長因子(NGF)はPLC経路を活性化し、TRPV1受容体の開口確率を増大させ、咳嗽過敏を引き起こす5。

4. 神経経路の調節異常

ウイルス感染は、咳嗽反射に関与する神経経路を末梢および中枢レベルで調節し、その結果、興奮性と抑制性のシグナルのバランスが崩れる1。この調節異常は、神経伝達物質の分泌変化、受容体の発現変化、シナプス可塑性の変化を伴う。例えば、一時的な求心性神経活動の変調により、咳嗽関連シグナルの処理が破綻する可能性がある4。

5. 急速適応受容体(RARs)の感作

気道内に存在する急速適応受容体(RARs)は、機械的および化学的刺激に応答し、咳嗽反射に関与する5。ウイルス感染はこれらの受容体を感作し、咳嗽反射の感受性を増強させる可能性がある。

6. 迷走神経の関与

迷走神経は、気道から脳へ咳嗽シグナルを伝達する中心的な役割を果たす6。ウイルス感染は迷走神経の機能に影響を与え、シグナル伝達を破綻させることで咳嗽過敏に関与する可能性がある。


咳嗽反射の抑制性神経経路

咳嗽反射は、過剰な咳嗽を抑制する複雑な神経ネットワークによって調節されている。これらの経路には、さまざまな神経伝達物質、受容体、および脳領域が関与している7。ウイルス感染は、これらの抑制経路を破綻させ、咳嗽感受性を増大させることで、咳嗽反射の抑制を困難にする。

1. オピオイド経路の変調

エンドルフィンなどの内因性オピオイドは咳嗽反射の抑制に関与している8。オピオイド受容体は延髄孤束核(NTS)に存在し、この領域は咳嗽調節に重要である。ウイルス感染はNTSにおけるエンドルフィン合成を変化させ、抑制効果を低下させる可能性がある8。

2. セロトニン(5-HT)経路の変調

セロトニンは、吸入したクエン酸による咳嗽を抑制する作用を持つ9。ウイルス感染はセロトニンシグナルを変調し、その抑制効果を低下させる可能性がある。

3. 条件付け疼痛抑制(CPM)の障害

疼痛刺激は、咳嗽を抑制する下行性抑制経路を活性化する10。この機構(CPM)は、脳から脊髄への投射を介して咳嗽関連シグナルを抑制する。ウイルス感染はCPMの機能を障害し、疼痛による咳嗽抑制能力を低下させる可能性がある。


結論

ウイルス感染は、感覚神経への直接作用、炎症メディエーターの放出、神経栄養因子の変化、神経経路の調節異常を介して咳嗽反射の抑制機能を低下させる。これらのメカニズムを解明することは、ウイルス感染に関連する咳嗽の治療法を開発する上で重要である。

引用文献
1. Neural dysfunction following respiratory viral infection as a cause of ..., 2月 13, 2025にアクセス、 https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4532602/
2. New views of a cough: From TB and chronic cough to hope for ..., 2月 13, 2025にアクセス、 https://knowablemagazine.org/content/article/health-disease/2023/new-secrets-of-cough-reflex
3. pmc.ncbi.nlm.nih.gov, 2月 13, 2025にアクセス、 https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4222932/#:~:text=Mechanisms%20proposed%20to%20explain%20the,modulation%20of%20afferent%20neural%20activity
4. Effect of viral upper respiratory tract infection on cough reflex ..., 2月 13, 2025にアクセス、 https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4222932/
5. Infectious and Inflammatory Pathways to Cough - Annual Reviews, 2月 13, 2025にアクセス、 https://www.annualreviews.org/doi/pdf/10.1146/annurev-physiol-031422-092315
6. Infectious and Inflammatory Pathways to Cough - Annual Reviews, 2月 13, 2025にアクセス、 https://www.annualreviews.org/doi/10.1146/annurev-physiol-031422-092315
7. Anatomy and neuro-pathophysiology of the cough reflex arc - PMC, 2月 13, 2025にアクセス、 https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3415124/
8. Cough in motor neuron disease: a review of mechanisms | QJM - Oxford Academic, 2月 13, 2025にアクセス、 https://academic.oup.com/qjmed/article/92/9/487/1520522
9. Neurophysiology of the cough reflex - ERS Publications, 2月 13, 2025にアクセス、 https://publications.ersnet.org/content/erj/8/7/1193.full.pdf
10. The effect of pain conditioning on experimentally evoked cough: evidence of impaired endogenous inhibitory control mechanisms in refractory chronic cough | European Respiratory Society, 2月 13, 2025にアクセス、 https://publications.ersnet.org/content/erj/56/6/2001387
11. The Cough Reflex: The Janus of Respiratory Medicine - Frontiers, 2月 13, 2025にアクセス、 https://www.frontiersin.org/journals/physiology/articles/10.3389/fphys.2021.684080/full
12. Chronic cough: ATP, afferent pathways and hypersensitivity | European Respiratory Society, 2月 13, 2025にアクセス、 https://publications.ersnet.org/content/erj/54/1/1900889

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