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そして迷いが生まれた

 2024年3月8日。私は1枚のハガキを受け取った。それ以前と、それ以後。私の人生はガラリと変わった。その一方で、心の中に、ぼんやりと、迷いが生まれるのを感じることになった。

夢が叶った日

 2024年3月8日は、第61回気象予報士試験の合格発表の日だった。試験に合格すると思っていなかった私は、その日の朝も、気象予報士試験の問題集に向かっていた。その日の夕方までは、私は挫折だらけの人生を歩み、何事かを成すこともなく、46年の歳月をいたずらに重ねるだけの人間だった。

 その日の夕方に開いた圧着ハガキは、合格証明書だった。中学生のころ、理科の授業で天気図の面白さに出会い、高校生の一時期は本気で気象大学校を志望したりもした。そんな憧れの世界に、入ることを許されたのを知った瞬間だった。

 もちろん、これがゴールであるとは思っていなかったが、到達点の見えない試験勉強を続ける必要がなくなると思えば、気が楽になったものだ。

就職率の低さ

 気象予報士が、就職率の低い資格であることは、勉強を始めた当初から知っていた。気象の仕事に携われているのが、3割程度だということは、気象庁が公に認める事実だったからだ。

 だから、気象予報士になれたとしても、気象の仕事ができるとは思っていなかったし、親しい友人には「気象予報士に合格したら、次の日には法律の勉強を始めているかもしれない」と言っていた。

スタートライン

 気象予報士という資格は、それを取得することがゴールであるような資格ではない(すでに気象庁で予報官をやっている人や気象予報事業者で働いているような人を除けば)。それはテキストにもはっきりと書いてあった。

 気象予報士の資格を得ても、直ちに天気予報ができるようになるわけではない。ただ、気象予報士になれば、日本気象予報士会に入会でき、そこで行われている各種の学習会で知識や技能を習得できる。だからまず気象予報士になれ、これはそのためのテキストである、大要そう書いてあった。

 だから、気象予報士になるということは、気象学のスタートラインに立つことを意味している。もちろん、気象予報士になったことで満足して、以後何もしない人もいる。それでも気象予報士であることにはかわりがないし、そういう選択をするのも個人の自由だ。

 ただ、はっきりわかるのは、気象予報士試験に合格しただけの状態では、少なくとも私に関しては、何もできないということだ。
 試験では、問題が与えられたから答えられた。言ってみれば、天気図やデータのここに注目しなさいということを、出題者が言ってくれていたのだ。

 実際の天気には、出題者はいない。最新の天気図と、予想天気図があるだけだ。しかも、実際の天気は教科書に書いてあることとは異なる振る舞いをすることもある。どんな物事にも例外はあるが、自然というものは例外だらけだ。気象予報士試験は、例外だらけの天気から、比較的一般的なシナリオに沿って事態が推移したものが選んであるから「攻略」できるのだ。

 私は、気象予報士になった。気象予報士になる以前も、ゴールの見えない勉強をしているように思えていたが、合格という目標、ゴールがあった。そしてその目標、ゴールは今やただの通過点となって、今度こそゴールの見えない道に立つことになった

予報業務許可事業者

 気象予報士として、予報業務を行おうとすれば、基本的には予報業務許可事業者というものに所属しなければならない(自らの所属する法人に向けて予報をし、外部の目に触れるようなことがない場合に限り、個人で予報できる)。

 個人で許可事業者の許可を得ている方もいるが、予報業務には複数の気象予報士を置かなくてはならないので、“団体”に属さなければならないことにはかわりがない。

 つまり、私が予報業務に携わろうとするならば、予報業務許可事業者に就職しなければならない。ウェザーニューズや日本気象協会、放送局などを想像してもらえるとわかりやすいと思う。

 ここで考えなければならないのは、気象予報士の資格を持っているとはいえ、高卒の46歳を雇用する事業者が果たしてあるか、ということだ。もちろん、気象予報士会で研鑽を重ね、人材としてグレードアップすることができれば、そのチャンスはあるかもしれないが、同時に歳月は流れるわけで、その門戸は月日の経過とともにどんどん狭くなると考えるのが自然だ(まだその門戸が開いていれば、の話だが)

次なる選択

 放送大学(たまたま視聴できる環境にある)に入って大卒の資格を得ることも一つの選択だが、それとて最短で4年後のことになるし、仮に大卒になったとしても50歳の気象予報士を雇用する事業者があるかどうか。現実的に考えれば相当に厳しいと言わざるを得ないだろう。

 であるならば、今度は個人で開業できる資格へと目が移る。合格できるかどうか、現実的に開業が可能であるかどうかは別として、行政書士や司法書士、税理士といった資格が頭に浮かぶ。

 そして大学で勉強するにしても、次の資格の勉強を始めるにしても、1日でも早いほうがいいことは目に見えている。頭脳が柔軟で、何でも吸収できた10代・20代の頃とはわけが違うし、門戸は日々狭くなっていくからだ(やはりその門戸がまだ開いていれば、の話だが)

二兎を追う者は一兎をも得ず

 気象予報士としてのレベルアップを目指しながら、大学に通う、他の資格の勉強をするということは理屈の上では可能でも、私の頭脳のことを一番よく知っている私が、「さすがにそれは無理だろう」と言っている。

 おそらくそれをやれば、昔からよく知られていることわざのようになる。そう私の中の私が警告している。

 どの道を歩くのか決めないまま、とりあえず行けるところまで行ってみる。それをすることは可能だが、結果を出すか出さないか、結果が出るか出ないかというのはまた別問題だ。

 たぶんどの道を行ったところで、私は後悔する。
 
あくまで気象予報士として気象の世界に携わる夢を追うならば、おそらくそれは実現することなく、やたら天気に詳しいシュレッダー係の老人になるだろう。
 放送大学を選び、首尾よく卒業できたとしても、何の仕事にも近づいていないただの大卒の50歳が誕生するだけだろう。
 他の資格試験に転向したところで、実際のところモノにはならず、それならば夢を追いかけるなり、大学に行ってみるなりして実績を挙げた方が良かったかも、と思うだろう。

 いずれにしても、私の世代の定年が65歳になるか、70歳になるかわからないけれども、今の仕事をそこまで続けることを考えると頭がクラクラして吐き気がしてくるし、そもそも今のままの身分でいつまで雇用し続けてくれるか、先行きは不透明だ。詳しいことは省くが(別の記事にするかもしれないし、しないかもしれない)、今の職場は「終わりの始まり」が見えてきているような気がしている。近い将来、路頭に迷うことになるかもしれない。

 ことによると、深い後悔の念にさいなまれた私は、これ以上の後悔に耐えることができず、自分で自分の人生に幕を引く選択をすることになるかもしれない(ほぼ確実にそういう時代が来る、とは予見している)

 どの道を行けば最も後悔が少ないだろうか。最も後悔が少ないと思われる道を行くのが得策だが、そんなものがわかるのなら悩みはしないし、迷うこともない。

 ただ一つ言えることは、気象予報士になっていなかったら、今でも私は気象予報士を目指して勉強を続けていただろうということだ。そこには迷いも悩みもなく、ただひたすら前を向いて目標に向かって進む中年男性の姿があったはずだ。


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