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岩田さんがスマホゲームに乗り出さなかったわけ

「岩田さん」との15年

ほぼ日から「岩田さん」という本が出たことは知っていたけれど、なんとなく読む機会がないまま1年が過ぎていた。先日図書館の書架にあるのを見つけ、借りてきてようやく読むことができました。

岩田さんはHAL研の頃から有名で、ファミ通の連載もしていました。任天堂の社長就任後はネットでの発信にもとても熱心なかただったため、本を読まずに時間がたってしまったのにはそんな事情もありました。

それでも今回、一冊にまとまったのを読んで、本当におもしろかったです。

金融の仕事をしていた15年間、私は岩田さんの言葉にずっと耳を傾けていたように思います。証券会社に入ったのは岩田さんが任天堂に移られた年でしたし、ホンコンから帰ってきて起業家になったのは岩田さんがお亡くなりになった最後の年でした。

岩田さんの肉声を聞くことがなくなって5年。久しぶりに触れたその言葉はいまもまったく輝きを失っていませんでした。

よい会社とはなにか、よい経営とはなにかを振り返るとき、任天堂や岩田さんのことには必ず思いがおよびます。そんな観点から、今回はいつもとは少し違ったnoteを書いてみようと思います。

ゲームキューブの失敗

個別IRはいつも森専務の担当だったので一対一でお話したことはついにありませんでしたが、スモールミーティングや決算説明会にはいつも岩田さんの姿がありました。E3では外国人投資家を交えたミーティングも。

岩田さんの姿をはじめて生で見たのは、ゲームキューブがリリースされた次の年、社長就任後はじめての説明会だったと思います。私は当時駆け出しで、どの会社の説明会でも初めて聞くことばかり。それでも岩田さんについては結構よく知っていて、50年以上も任天堂を率いてきた山内さんの後任社長になってしまったことに衝撃を受けていました。

京都には異色の会社が多いのですが、僕はすっかり任天堂が好きになってしまいます。そしてNYまで行って大ボスに許可をもらい、当時としては結構なサイズのポジションを持つことに。うろ覚えだけど、10本か20本だったんじゃないでしょうか。

ところがゲームキューブは失敗してしまい、私は損失を抱えて初ポジションから撤退することになります。どんなに優れた社長でも大失敗をすることがあるのだと、身をもって経験した初めてのケースでした。

岩田さんがスマホゲームに乗り出さなかったわけ

その後、任天堂はDSに続いてWiiで大成功をおさめ、一世を風靡します。私は一時期プライベートエクイティに移り上場株の運用から遠ざかっていたのですが、任天堂だけはずっとウォッチしていました。

思い出深いのはソーシャルゲームを尻目にWiiUが苦戦していた時期。当時の任天堂は1兆円のキャッシュを持っていて、機関投資家の間では、それをどのように株価に反映すべきかが専らの関心の的でした。

ある年のE3で、外国人投資家と一緒にスモールミーティングに出たことがあります。増配はしないのか、株主還元はと、ことあるごとに質問する投資家に、岩田さんはいつも丁寧に言葉を選んで回答していました。

時としてそれは、「還元が最も合理的だという状況になれば、もちろん選択肢として検討します」というような言葉になることがあり、ではそのような状況とはなにか、という質問が二の矢で飛んできます。

後ろの席の外国人が色めき立って「おい、いまの聞いたか?つまり来年は増配するってことじゃないか。」と騒ぎ始めるもんだから教えてあげたことがあります。京都弁を直訳するとそういう英語になっちゃうんだけど、あれは株主還元はないって言ったんだよ、と。

あのころ私は内心、なぜ投資家にはっきり言わないんだろうと、不思議に思っていました。ソーシャルゲームのなにがいけないのか、なぜ進出しないのかについて、投資家には最後まではっきりと言わなかった岩田さん。

今にして思うと、2013年正月に少しヒントがありました。3DSの不調で会社として史上初の営業赤字に陥るなか、「どうぶつの森」の新作がヒットして復調の兆しがみえ、WiiUも滑り出し好調だとされていた頃のこと。

岩田さんは正月記事で、ソーシャルゲームについて語っています。

「私には私なりに思うことは当然あります。自分の商道徳から考えて絶対に受け入れられないことをやっている方たちがいるのも事実です。ですが、私の今の立場でそれを外に向かって発言できるかっていうのは、また別の話でね。しかも、今うちの業績が何の問題もないならいざ知らず、ずっと長いあいだ続いていた記録を途絶えさせてしまった張本人である私が他社さんのサービスについてあれこれいうのは、これは違うだろうと思っている」
2013年1月6日 日経新聞電子版

理屈を説明するより、新しいあそびかたを実際に生み出すことが任天堂の使命だと当然のように考えておられたのでしょう。新興ゲーム会社の株価はソーシャルゲームの利益が持続不可能だという見方を示していましたが、それでも任天堂の不参入には疑問を感じる株主も多かった時期。

事業の価値は長期的な業績で決まる。5年置きに新ハードが発売されるような業界ではなおさらで、岩田さんはまさに長期視点でソーシャルゲームについて考えていたことが分かります。

世の中のオンラインゲームというのは
どうしても基本的には強者のための場所で、
ひとりのしあわせな人が存在すると、百人千人の不幸な人が
生まれているような面があるということで。
もちろん、その構造を全否定するわけじゃありませんけど、
その要素がある限り、どうやっても
一定以上は広がらないぞと思ったんです。

でも、こういう言い方って一度も岩田さんは、投資家に向けてはしなかったんですよね。先の日経記事と読み合わせると、とても感慨深い部分です。


さて、投資家の仕事は「よい会社」をみつけることにあり、その定義は大きくわけて3つです。伸び続ける市場、サイクルを乗り越えるちから、差別化要因。すぐれた社長であり開発者であった岩田さんの言葉には、そのエッセンスが詰まっています。以下に、私の選んだベスト5を並べてみました。

1) 自分たちが作るものに対して、最初、お客さんは、たいして興味がないどころか、まったく興味がない。

岩田さんは言う。「いつもそこから、はじまる。」

任天堂ほどの会社でも、いつもそこからはじまるんと考えているんですね。

有名な会社だということや、世界的に人気のキャラクターが使えるということも関係ない。

ましてや月並みな会社が作った製品は、最初から興味をもってもらえるというような考えではいけないということですね。

2) おもしろいゲームというのは、遊ばずに観ているだけでもおもしろい。

「遊ばずに観ているだけでも」というのは、無料で、人がプレイしている姿を眺めているだけでも、ということかなと思います。

でもひょっとすると、「宮本さんの肩越しの視線」のことも言っていたのかもしれません。

人がやっている姿に、もうわくわくしちゃうようなエンターテインメント。それが岩田さんの「ハッピー」だったのだろうと思います。

なにを目的にものづくりをしているか。そこにあるブレない軸が強みになるということですね。

3) ときどき、たったひとつのことをすると

「あっちもよくなって、こっちもよくなって、さらに予想もしなかった問題まで解決する、というときがあるんですよ。」

問題というのはひとつしかないことってまずなくて、あっちをたてればこっちがたたない、トレードオフが入り混じっているのが普通。

だから問題解決がイマイチすすんでいないときって、ほふく前進しかできていないように感じることがあると思います。

でもたまに、ぱっと視界がひらけるような解決策がみつかる場合があると。点と点がつながって線になり、それが面をつくるような、そういう瞬間があるんだということですね。

4) ただしいことというのは、なかなか扱いが難しい。

プログラマーとしての岩田さんは逸話に事欠かず、まさにスーパープログラマーだったそうです。

でもそれ以上にすごいのは、経営者としての岩田さん。

山内さんがそれを開花させたという話がありますが、岩田さんがマネジメントについて語る言葉には人生観があらわれていて、とても深い。

そのなかでも、今回改めて印象に残ったのがこれ。

 ある人が間違っていることがわかっていたとしても、そのことを、その人が受けとって理解して共感できるように伝えないと、いくらただしくても意味がないわけです。

 ただしいことを言う人は、いっぱいいます。それでいっぱい衝突するわけです。お互い善意だからタチが悪いんですよね。だって善意の自分には後ろめたいことがないんですから。相手を認めることが自分の価値基準の否定になる以上、主張を曲げられなくなるんです。

 そしてそのとき「なぜ相手は自分のメッセージを受け取らないんだろう?」という気持ちは、ただしいことを言う人たちにはないんですね。

経営判断や投資にもつきものの「ただしいこと」。それが独断でくだせることもあるけれど、これって多くの会話のトピックなんじゃないでしょうか。仕事を離れたシーンでも、それで衝突する場合があるように思います。

5) 言いたいことをいったあとだったら、ある程度、入るんですよ、人間って。

岩田さんはコミュニケーションの達人でした。

HAL研時代、社員全員と半年ごとに面談していた話はとても有名ですが、岩田さんがそれを続けられた背景には、考え抜かれたポリシーが。

そのひとつに、人の心理に対する深い理解がありました。

やっぱり最初に、じっくり聞かなきゃいけないんですよね。

長期投資と任天堂

サイクルが激しく、ヒットビジネスを行う会社が果たして長期投資に向いているのかは、非常にむずかしい問題だと思います。

少なくとも任天堂の場合、過去20年の株価から考えると、下がったら買い、上がったら売るを繰り返すのが一番だったといえるでしょう。

もともと競争が激しく、いまやIT業界の巨人がこぞって参入、そしてサイクルごとに毎回あたらしく首位の座をめぐって戦いが始まる業界。

普通に考えて、並大抵の業界ではありません。

でも、そこに生きる任天堂にこそ「よい会社」のエッセンスが凝縮されていて、それを学ぶことができるというのが面白いところです。

すこしワインと似ているかもしれません。肥沃な土壌よりも、大きな石が転がるような土地のほうが凝縮されたおいしいブドウができる。。

どう投資判断するか

任天堂の株価はいま5万4550円、proproで見ると売上高の織込み成長率は4.7%です。ここから買いになるのは5年後の営業利益が6000億円超の場合。

事業サイクルがあることを考えると、順調に株価が上がるには今サイクルのピーク利益に対して次は4-5割増に達する必要がありそうです。今回Wiiで達成した最高益を上回りそうですから、さらにその上へということに。

任天堂についてはよく、1万円になったら目をつぶって買うんだと言われてきたと思います。本当に目をつぶるわけではありませんが、業績不振で株価が暴落したときを狙う投資家が常にいるということですね。

サイクルのある事業についてproproで分析するにはいくつか数値の調整を行う必要があります。実際、営業利益が4-500億円に落ちてもう戻ってこない想定でも1万円だったら買ってよさそうですが、保有現金をどのように評価するかが重要なポイントになってきます。

(2021年6月後記:営業利益6400億円に大増益を果たした21.3期の決算発表後、株価も織込み成長率もここから買いになる5年後の営業利益も劇的に変化しています。)


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