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娘に差し出したスプーンと、母のおじや。
つい先日、長女が熱を出していました。
彼女にしては珍しく、食欲がなくて。いつもは熱が高くても食欲はあることが多いので心配しましたが、次の日の朝には無事に解熱しました。
よかった、よかった。
まだ熱があった時に、
「おじや、ちょっと食べてみる?」
と訊くと、こくり、と頷きました。
少な目にお椀によそって、
「食べさせてあげようか?」
ときくと、今度も、こくり。
わあ。
何年ぶりかしら。
しんどい長女には申し訳ないけれど、小さい頃のように世話を焼かせてもらえてちょっぴり嬉しくなりました。
おさじの上で、柔らかいお米が湯気を立てていました。
タイミングを見計らって、口に運びます。
何度か繰り返しているうちに、ふと母との記憶がよみがえってきました。
私は、よく熱を出す子どもでした。
10代になってからも。
なんにでも、生真面目に取り組んでしまう融通の利かない性格なのに加えて、完璧主義なところもあって。
熱を出したり、体調を崩すまでがんばり過ぎてしまうことが多々ありました。
母に何度も看病してもらいました。
小さい頃、小学生、中学生・・・。
水を張った洗面器に小さなタオルを2枚。
冷えピタがまだなかった時代です。
母がおでこに水を絞った冷たいタオルを乗せてくれていました。
あとは、氷枕。
頭を動かすたびに、がらりがらりと音がして。
ゴム越しにでこぼこした氷の感触がわかりました。
母の作ってくれるおじやが、好きでした。
やさしい、味。
高3の冬。
大学センター試験の前々日に、インフルエンザにかかりました。
もう、脳みそが溶けるんじゃないかと思うくらい高い熱が続いたのを覚えています。
もうすっかり大きくなった私に、母がおじやを食べさせてくれました。
その、なんだかちょっとだけ嬉しそうな、幸せそうな表情。
その理由が、わかりました。
癌になって、色々できなくなることが増えてきつつある中で、こうして娘の看病ができるのが、とても嬉しかったんでしょうね。
きっと、小さかった私のことを思いだしたりしながら。
無事にここまで成長したことを喜んだりしながら。
そういう、表情だったんだなあって。
私は、とっても辛かったですが(苦笑)
でも、なんだか母につられるように穏やかなちょっと幸せな気持ちになりました。
これが、母にしてもらった最後の看病でした。
あとは、私が母に毎日スプーンを差し出し続けていた記憶です。
最初は、なかなか上手に食べさせてあげれなくて。
こぼしちゃったり、タイミングが合わなかったりしてました。
ごめんね。
不器用な私は、ケアの時によく母に怒られました。
一人で食べられなくなるころには、もう本当に色んなことが難しくなってきてたから、母も不安や絶望がたくさんあったんだと思います。
それなのに、私が上手にできないから、余計にお母さんも虚しくなっちゃったり悲しくなったりしたよね。
自分の要領の悪さが、恨めしかったなあ。
読んで頂き、ありがとうございました。
今週は寒いですよね。どうぞあたたかくしてお過ごしくださいね。