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ヴェロニカが死んだ

 深夜の廃棄場には異様な、非常に…………元気な歌声が響く。
 だが、敬虔なる心を露わにし、美声を称える御仁は現れまい。
 俺? 俺も遠慮する。
 顔面と四肢の骨を折られたうえパイプ椅子にしばられ…………愛するワイヤレスイヤホンは地に落ちた。故に怠い。
 ちなみに、他の紳士諸君――――俺への実験に励んだ十数人は、既に逝った。
 十数人、とぼかしたのは、俺が数学の授業を睡眠時間であると勘違い中なのもあるが――――数える方法もあるまい。
 それでも、床に散らばるチキンのトマトソース煮込みを出来損ないにしたようなゴミこそが人間の成れ果て、ということだけは事実だ。
「はぁ」
 女は歌い終え満足した。細い体躯は壁にもたれ、青白い顔に微笑みを宿す。
 手には600mlの合成水だ。
 喉を潤し、自らが素手で裂いた肉の返答たる返り血を制服の袖で擦る。
 人体を大いに蝕む腐臭の中、さぞ爽やかな汗をかけたのだろう。
 「………健康的だ」
 俺の愛しき頭髪は、間抜け共の大量出血で見るも無惨なケチャップカラーに染まったが、個性的な歌声を聴き、心地よい。
 フライドポテト片手の死神が手招きする中、楽観的すぎるか?
「…………ヘイ、お嬢さん。ヘイ! 俺のよ、イヤホン拾って――――」
 女が俺の首を捻じ切った。

「…………計算したがな、『ツァラトゥストラはかく語りき』を再生中だ」

 溢れる赤色がベロに染みこむ。
 生首だけとなった俺の髪を形の良い指が掴む。
「マジで生きてる。本当に何者?」
「『何者』って…………俺は映画のサントラが好き」
 女は片側のイヤホンを拾い、俺の顔を袖で拭う。
 幸いにもイヤホンは無事だ。
 
 音が聴こえる。
 
 計算違いに気づいた俺は、数学の勉強を頑張ろうと思った。
 鼓膜を通し、俺の脳味噌に描かれた世界にヒトザルの進化はない。
 ある若者が三人の仲間と甘いミルクを楽しんでいた。

「絶対に逃がさないよ。お前だけが私を殺せる」

【続く】


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