ピアノ
舞台中央にピアノ(箱でも可)。実際に弾きながら喋るのは至難の業なので、観客から手が見えないアングルに設置し、マイムのみでよい。
曲は、BGMというよりは主張強めに流す。声を消さない程度に。
タイミングを合わせて、影マイクで声を入れる。天の声は何種類かあるが、1人全役。
2人芝居。
明転。
アリサ、楽譜を持って小走りで入場、ピアノの前に座る。
軽く腕を曲げ伸ばし、弾き始める。【音楽:チェルニー30番-1】
声:(1小節経ったあたりで。元気少女の声)おい!
アリサ:(弾き続けながら。少し顔を上げ、嬉しそうに)あっ、今日もきたきた。やっほー
声:やっほーじゃないっ!!2日もほったらかして、酷いじゃない。
アリサ:酷いも何も、修学旅行だったんだってば!
声:浮気旅行のくせに
アリサ:浮気って、たかだか向こうで合唱曲練習してきただけじゃない!
声:浮気!浮気!大浮気!!他の子に触るくらいなら練習なんかしちゃダメ
アリサ:無茶言わないでよー!どんどん下手になっちゃうじゃない
声:いいじゃない。下手になった分私に構ってくれるんなら何だっていい!
アリサ:うわぁーっ自己中!
声:どうとでも言いなさいよ。大体どうして連れて行ってくれないのよ?
アリサ:いや、無理があるじゃない
声:何よそれっ!
アリサ:嵩張るんだから連れてけないよ!
声:言うてそんなにかさばらないじゃない!私、楽譜なんだよ?泣く子も黙るチェルニー30番!
アリサ:はいはい、泣く子を泣かせる練習曲
声:言わせておけばー!この…
(演奏が終わる)
アリサ:……。(ため息をつく。パリッと音がするようにページをめくり、吹っ切る。)
【チェルニー30番-26】
声:(1小節目後半辺りから。か細い声)ねぇねぇ、、
アリサ:あら、ご復活?この、何だって?
声:え?
アリサ:あっ。そうだった、ごめん、こっちの話
声:うん…さっきは、ハ長調ちゃんがごめんね、、
(ここの二つのセリフで、さっきとは別人であると分かる。)
アリサ:いいのいいの、気にしないで。私にも非があったわけだし。
声:ほんと?良かった、、
アリサ:あんたは気が弱いね、ト短調
声:(突然のイケボ)まぁ、そう言ってやんなよ。あいつも大変なんだ。
アリサ:しまった、キーとキャラが変わった
声:久しぶりに君に会えて嬉しいよ、アリサ
アリサ:はいはいそりゃどうも。
声:みんな、寂しがってたんだぜ。お前がさよならも言わないから
アリサ:(笑って)だって、楽譜に向かってさよならだなんて、心の病だと思われるじゃない
声:(か細い声)心の、病?
アリサ:え?
声:私たちと話すのが、心の病??(だんだん地雷女風になってくる)
アリサ:しまった、、、
声:(食い気味)なんでなんでなんでなんで!私たちのこと!そんなふうに!!
アリサ:ああ、落ち着いてト短調!!(弾く手は止めない)
声:そうよね、所詮私たちなんか、ただの紙切れだもんね、時代遅れのつまんない音楽!
アリサ:そ、そんなことn
声:(食い気味)そんなことあるよ!!合唱でやるような、今風の曲が好きなんでしょ!ああーーっ!!もう!!有咲ちゃんなんか、嫌いっ!
(叫びと同時に曲が終わる。フォルティッシモ、コンフォーコ)
アリサ:(ストップモーション解除、はらりと手を下ろす。顔をしかめて背伸び。)
【チェルニー30番-30】
声:(元気少女)ねぇ、何暗い顔してんのよ
アリサ:あ、お帰りハ長調。ちょっと、ト短調がね。
声:あーね、あの子ったらほんとに!
アリサ:まぁしょうがないよ。ところで、最初の曲、終わりで何言いかけてたのよ?
声:(お嬢様ボイス)あら、私は存じ上げませんわよ
アリサ:あーまたキャラ変だよ……久しぶり、ト長調
声:2日間もどこへ行ってらしたの?
アリサ:ちょっと待って、あんたたち互いに意思疎通とかしないの?
声:さぁ、、私は俗世には目を向けませぬから、、
アリサ:出たでた、お嬢様発言!あんたのそういうとこ嫌いじゃないけどね。
声:(元気少女)えぇっ!?ばっ、ばか!あんたの事なんか、なんとも思ってないんだからねっ!!
アリサ:あんたには言ってないよ!
声:っ、な、何よっ、しっ知ってたわよ!!
アリサ:でもね、私、なんだかんだアンタが1番好きだよ。
声:え、、??
アリサ:ほら、これが私の気持ち!!
(クレッシェンドをかけていき盛り上がったフィナーレ、最後の和音を
盛大にミス!!)
声:痛ったぁぁぁぁあぁ!!!!
アリサ:ごめん!ごめんハ長調!!!どうしようぅぅ、、ハ長調をキズモノにしてしまった、、、
(開いたままの楽譜を撫で擦る。溜息をつき、立ち上がりながら楽譜を閉じるがすぐ座って開けて)
もっかい弾くか【もっかい弾く】
声:(元気少女)一小節経ったあたりですすり泣きながら登場する。
アリサ:ト書きを読まないで?!
声:うっ、ふっ、、すすり。。すすりすすり、、
アリサ:「すすり」って何よ。そんな泣き方があるもんですか
声:告白して貰えると思ったのに、、
アリサ:ああぁ、本当にごめんって。今ちゃんとなおすから
声:ミスを?私の怪我を?
アリサ:どっちもよ。ミスを直して、怪我を治す!
声:(お嬢様ボイス)まぁ、あの方お怪我をなさったの?
アリサ:またあんたなの!まぁ当然か、同じ曲なんだし
声:そうよ、当然ですわ。。。いつもあのようにお転婆をしては。
アリサ:当然ってそっち!?いやいや確かにハ長調は30曲中11曲ではしゃぎ回ってるけどさ。
声:そう、私たちより格段に多い……しかも有咲さん、それはあの子が最初から出てきている曲のみ数えたわね?
アリサ:あー、、そういう話は専門的すぎるからよそうよ、ね。
声:(元気少女)えっえっ、、アリサちゃんのミスタッチって、専門的処置をしなきゃ直らないの……?
アリサ:違う違う違う!!そんな話はしていなかった!
声:そっか、ならよかった。
アリサ:もう少しでこの曲も終わるから。今度こそ、決めてみせる!
声:嫌だなぁ、せっかく久しぶりに会えたのにもうお別れなの?
アリサ:なにをセンチメンタルな。大丈夫よ。
声:いや、、だから。嫌だから。(声が変わり始める)
アリサ:…ハ長調…?そんな台詞、台本にない……あれっ、あれっ!?
(曲が徐々に移り変わっていく。様々な名曲をごちゃ混ぜに)
声:(様々なエフェクトがかかった声)私たちはいつでも。演奏者に支配される立場。そう。台本通りに。
アリサ:何、なにこれ、止められない……っ!!止(や)めてよ、止(と)めてよ…!!
声:でも有咲。君は。アナタは。好きだとそれでも言ってくれた。
アリサ:言ったよ!!でも、こんなハズじゃ、、
声:お前の台本通りになんて。(匿名ボイス)動かない。もう。
アリサ:今、誰だよ!?何の犯人!?てか怖いよ、やめてよ!
(割れんばかりの音の洪水が引いていき、かえるのうたに。)
声:(元気少女に戻って、ひとフレーズごとに、区切るように。奇妙に静かな声)ねぇアリサちゃん。ごめんね、びっくりさせて。
アリサ:びっくりしたよ……でも、まだ止められないんだけど。
声:……ふふふ(ど低音)
アリサ:何それっ。 アンタのキャラじゃないでしょどう考えても
声:今アリサちゃんが弾いてるのは、「かえるのうた」だよ。誰でも知ってる、いちばん簡単な追いかけっこ。追って追われて追いつけない、そんな追いかけっこだよ。
アリサ:それは分かってる、ねぇ、まだ止められないんだけど。
声:(無視して続ける)こんなシンプルな音が、輪っかのように繋がっていく。永遠に、終わらない。終われない。音に追われないときはやって来ない。(音が速くなっていく)
アリサ:(だんだん疲れて)何言ってるの??そんな……シリアスなノリ……アンタに似合わないから
声:そう?じゃあ似合うようにしようか?(かえるのうた、短調に。)
アリサ:怖すぎるって!ねぇ、疲れたよ。指が取れそう……
声:(エコーかかった暗めの少女)貴女は、弾かなくちゃいけないんだよ。このカノンを終わらせることは誰にも出来ない。丸く繋がって、無限を描くかえるのうたを、終わらせることは。
私が。私たちが、させない。
アリサ:(曲が遅くなっていく)小難しいことばっかり……いやそもそもあんた達ただお別れが嫌だって駄々こねてるだけだかんね!?子供と一緒!
…正直、見損なった!
声:ふふふ。子供みたいに駄々をこねてる、か。結果、貴女も子供みたいなうたを歌い続けているのよ。その指でね…。
アリサ:なぜ私の口撃が堪(こた)えていない!?鋼のメンタルかよ……
もう、ダメ、、、疲れが、、(かえるのうたがひとフレーズごとに半音ずつ転調していく)
声:どう?支配したはずの曲に両手を支配される気分は。
さぁこのまま、みんなで遊び続けましょうよ。修学旅行の後れを取り戻さないと、でしょう?
(オクターヴ上のハ短調まで辿り着く)
(一瞬ハ長調に戻り元気少女)有咲ちゃん。こうするしかないんだ。
(ト短調になり気弱少女)ずっと一緒にいようよ。時代遅れの私たちと一緒に、歌い続けるんだよ。
(ヘ長調になり突然のイケボ)悪いな。俺たちが結局何が言いたいかって、人間に追われていると思っていた俺たちは、輪っかの上では君たち人間を追い立てていることにもなるってことさ。
(ト長調になりお嬢様ボイス)そういうことですわ。さあ、そんなことはさっさと忘れておしまい。貴女の目の前には。楽譜がありますわ。
(24人の声で一斉に)有咲ちゃん。「練習」の時間だよ。
アリサ:(屍のように顔を上げる)……
【ツェルニー30番第1曲、ゆっくり】
声:(元気少女)嬉しいなぁ。また私の曲だ。まだ、怪我を直してもらっていないんだった……!
暗転。
【音楽F.O 】
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