偽善 ②
【十月三十日 佐藤甚助刑事、自宅にて】
「仕事柄、いろんな人間を見てきましたが、あんなに冷静でしかも反省している犯人は珍しい。あいつは自分が何をやったのか、ちゃんと理解してましたね。おかげで取り調べも楽で、十日もかからなかった」
自宅まで押しかけて来た私に嫌な顔を見せつつも応じてくれた。
通常、刑事が取材に応じてくれるのは希だ。いつもなら話を聞くどころか門前払いなのだが、今回については少しだけならと言って、わざわざ時間を作ってくれた。
佐藤刑事も「葉山良一」に対して思うところがあるのではないか。そんなことを私は考えてみる。
「でも何かが引っかかる。だから私ごとき三流誌の相手をしてくれているんでしょう」
「私は自宅で知人と会話しているだけで、週刊誌の取材を受けているわけじゃない」
そう言って座卓に置かれている茶を啜る。
今の出版社に勤めてから早十年、事件があるたびに、この人のところに押しかけて情報を聞き出そうとしてきたわけだから、性格や仕事へのスタンスなどそれなりに把握しているしされている。
「では知人としてお訊きしますが、葉山は佐藤さんから見てどんな男でしたか?」
「理性的でしたね。そして世間一般の道徳心も持ち合わせていた」
「どういう意味ですか、それ」
「言葉通りですよ。やつはガイシャの死を心から悼んで、反省もしていた。なのになぜ? その部分だけは頑なに語ろうとしない。奇妙と、いや違うな。気味が悪いとそう思いました」
「動機を語らなかったと、そういうことですか?」
私が確認して聞き返すと、うーと口を歪めてから応えてくれた。
「田所さん、あんたも書いてるが、世間が思うような、そんな理由ではない」
そんな理由とは、世間一般が望んでいる「犯人は変質者」説だ。
「警察の会見でも動機は鈴木夫婦とありましたね。ただ詳しいことを警察は言わなかった。それだけでは記事になりませんから」
「くわしいことねぇ。あんた、誰あてに記事を書いてなさる?」
「え? 誰ってそれは週刊誌の読者ですよ。一応飯の種ですからね」
「世間、大衆ってのは無責任なものですな。あんたらはその無責任な好奇心を満たして飯を食っとるわけだから文句は言えませんかな」
「まあ、そういうことです」
「それで田所さん、何が知りたいんです? 犯行も認めて自供もした。証拠も出そろっている。後は公判を待つだけ。今更何を書こうって言うんだい?」
「なぜ愛美ちゃんを殺したのか? 私が知りたいだけで書くかどうかは正直決めていません」
「そうかい。私も人のことは言えないが、あんたも厄介だねぇ」
そう言いながらも、佐藤さんは取り調べの様子を語ってくれた。
◆
「なんで殺したのか? 刑事さん、あなた、そんなことが気になるんですか? 我慢できんかったんですわ、それだけです。別に愛美ちゃんが悪いわけではありません。それでいいでしょう。さっさと裁判してくださいよ」
殺害動機について尋ねると、葉山はそう言ってはっきりとは答えなかったと言う。
「動機を確認するのも仕事なのでねぇ。ただ何となくそうしたかったから、葉山さん、あんた、そう仰るんですか?」
「理由なんて、そんなもん……」
葉山は失笑して目線を逸らしたと佐藤さんは語る。
「そんなもんと言われましてもねぇ。それがないと調書が作れんのですわ。衝動的に我慢ができんで殺したと、そう主張されますか? 心神耗弱状態だったと主張されますか?」
佐藤さんが挑発も交えて質問すると、葉山はククッと、笑いを噛み殺してから首を左右に振り、ぽつりと呟いた。
「至って正気でしたよ。殺そうと思って殺しました。そうするしかなかったんですわ。愛美ちゃんには悪いと思ってます。でもね、私には他に方法がなかったんですよ」
俯きがちの葉山の表情から真意は読み取れない。
犯行の詳細について質問すると、詰まることはなく犯行当時の状況や時間、殺害方法などを答えたが、動機について訊ねると一転して態度を硬化させる。
「そうするしかなかった。あえて言うなら鈴木さん、あの人のせいだ」
最後まで葉山はそう主張し続けたと、刑事は語る。
◆
犯行日は十月四日、場所は葉山の自宅、二十三時過ぎ。
葉山の家で寝てしまった愛美ちゃんの顔を濡れタオルで覆い、透明なビニールを被せて息が止まるのを待った。
抵抗することも、目を覚ますこともなく、愛美ちゃんはそのまま息を引き取る。
「無駄に苦しませたくはなかったし傷つけたくもなかった。苦しくないように。考えていたのはそれだけです」
殺したくて殺したと言いながら、同じ口で苦しませたくはなかったと言う。
私が聞いても不気味だし、何を考えているのか疑問に感じる。
息が止まったのを確認してから、洗濯して綺麗にした衣服を着せてやり、髪を梳かし三つ編みに結い上げて、毛先にピンクのリボンをあしらった。それから愛美ちゃんの為に葉山が購入したピンクの毛布に包んで橋の下に置いたと、葉山は飄々と語った。
「なんでそんなことしたんです? 証拠隠滅のためですか?」
佐藤刑事が詰問すると、首を振ってから答えた。
「愛美ちゃんは女の子ですよ。綺麗にしてやらんとかわいそうでしょう。あの子は、両親が留守のときはよく家に来て、ご飯を食べたり、テレビを見たりしてたんですよ。大人しいが、かわいいイイ子でしたよ」
目尻を下げ、じっと、自分の手を見ながら答える姿は、殺人犯と言うより近所の気のいいおじさんそのものだったと、佐藤刑事は言う。
「気味が悪い、そう思いましたね。自分で殺しておきながら、愛美ちゃんをかわいいって、自分の娘みたいだって、そう言いやがるんですよ。長年この仕事をしてますので、色んな人を見てますけどね、あれは気味が悪かった」
話の中で引っかかる箇所があった。
愛美ちゃんが夜遅くに葉山の家で寝ていたという点だ。
「夜遅くに小さな子が近所のおじさんの家にいるって、鈴木さんご夫婦、愛美ちゃんのご両親は何をしていたんですか」
「普段から面倒を見ていたそうですよ。この点は私の口からは教えられませんがね」
「佐藤さん、そう言わずに教えてくださいよ」
「無理ですよ。どうしても知りたいならガイシャの両親に直接尋ねたらいいでしょう」
最後は「忙しいんだから」と言われてしまった。
「お邪魔しました」
佐藤さんから聞いた話を整理しつつこれまでの経緯をおさらいしていた。
十月四日、午後二十三時過ぎに犯行に及ぶ。葉山は愛美ちゃんの遺体を自分が住んでいる団地近くの土手の下に遺棄した。
十月五日 午前七時過ぎ 愛美ちゃんの遺体が発見される。
発見したのは団地の住人だ。
遺体はそのまま検死解剖され、十月八日に葬儀と告別式が団地と被害者である鈴木透の勤め先、製鉄工場主催で執り行われる。その翌日、葉山は自首した。
「聞くしかないか」
仕事中の独り言がくせになりつつある。
私はデスクの上に葉山の顔写真を投げ出して時計を見る。まだ八時を少し過ぎた程度、非常識とは言い難い時間だ。
背広のポケットからスマホを取り出して電話を掛けた。
「突然、恐れ入ります。記者の田所と言います。今回の愛美ちゃんの事件についてお話を聞かせていただければと思いまして……」
相手は鈴木透、被害者の父親だ。
最初は当然のように嫌がられる。
「じきに公判が始まります。葉山に対して、また世間に対して思うことがあればお聞きしたい。不本意な記事は書かないとお約束します」
私がそう説得すると、鈴木氏はスマホ越しに「じゃあ、明日」と、言葉短く応じてくれた。
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