偽善 ①
【鈴木愛美ちゃん殺人事件、犯人は小児性愛者だったのか!?】
犯人は遺体発見から僅か四日後に警察に自首した。
被害者である愛美ちゃんと同じ団地に住む近所でも評判の「優しい良い人」。
その彼がなぜ幼い少女を手に掛けたのか?
動機について、鈴木家とトラブルがあったのではないかとされるが、詳細は未だはっきりしていない。
犯人、葉山良一は被害者である愛美ちゃんと顔見知りで、親しかったという複数の証言がある。
児童に対し優しく接して手懐けて犯行に及ぶ。
昨今注目を集めているグルーミングではないか?
そうであるなら愛美ちゃんの他にも被害者がいるのではないか?
捜査の進展が待たれる。
◆
――被害者の名前と犯人の名前、そして自首したという以外はほぼ憶測と疑問文だらけ。
見るたびに笑いが込み上げてくる。
本来ジャーナリストであるなら、事実だけを書くべきだ。
そうは言っても想像を膨らませるのは人の常、世の常。想像の材料、情報を提供するのも「週刊誌」の務めなのかもしれない。
私の名前は田所大輔、週刊誌の記者をしている。
一応、ジャーナリストに分類されるのだろうが所詮はサラリーマン、上の命令には逆らえない。この記事は編集部に言われて私が書いたものだ。
殺人事件や性犯罪、世間一般、大衆が求めるのはまず第一にドラマ性、次に安心感だ。
この安心感というのがくせ者で、関係ない一般人の多くは「被害者」に理由を見いだして自分達は大丈夫という歪んだ保証を得たがる。
「あんな時間に出歩くから」
「小さな子を一人で放っておくから」
この後に続くのは、私はそんなことしない、だから大丈夫。
そして、そういう安心を提供するのもジャーナリストの仕事だと、編集長、私の上司は言い放った。
防犯に繋がるなら否定する必要もないが、被害者に落ち度があると世間に知らしめることが本当に正しいのか、疑問に思うのも事実だ。
この「鈴木愛美ちゃん殺人事件」にしてもそうだ。
犯人が同じ団地の住人で被害者と近所付き合いがあったこと。
愛美ちゃんの葬儀の後に自ら警察に出頭して自首したこと。
現時点で分かっているのはこれだけだ。なのに、犯人を「変質者」にしろと、世間も、そして私の上司も望んでいる。
そして被害者である少女は歪んだ欲望の犠牲になったと、理由をつけて安心する。
「因果な商売だな」
思わず声に出してしまった。
事務所に一人残って、デスクの上にこれまでの取材で得た資料とメモを広げて、犯人「葉山良一」について考えていた。
私がこの件で初めて動いたのは、遺体発見から三日後、愛美ちゃんの葬儀の日だった。
他の報道関係者とともに斎場へ詰めかけ、弔問客の列にカメラを向けてマイクを突きつける。
寄り添い支え合いながら歩く鈴木夫婦を見つけると、報道陣が一斉にシャッターを切った。
鈴木百合子――愛美ちゃんの母親は斎場に入る直前に取り乱し、歩道に座り込んで泣きだした。それを見て、カメラマンはここぞとばかりにシャッターを連打する。
だがひとりの男が遮った。
「思いやるという言葉の意味をご存じなら、ご遺族にカメラを向けるのは控えていただきたい」
群がる報道陣の前に立ち、深々と頭を下げる。白いものが混ざる頭髪が印象的だった。
毅然とした態度に怯みそうになったが、私も他の記者同様、ボイスレコーダーを向けて質問する。
「愛美ちゃんの死について、どう思われますか?」
失礼極まりない質問には答えず、鈴木夫婦に寄り添い中へ入っていった。
男が私に向けた目には非難と苦渋があったような気さえした。
苦々しげに結んだ口元と憔悴しきった表情。
愛美ちゃんの死に憤りさえ抱えていると、私はこの時、そう感じた。
葉山良一、この男だ。三人で並んだ背中を、今もはっきりと覚えている。
犯人、葉山の写真をパソコンの上に投げ出して、椅子に座ったまま背伸びした。
葉山良一、どこにでもいそうな中年の男性。写真だけでも人の良さが伝わってくる。そんな人物だ。
世間が言うような変質者、殺人犯のイメージとは、私の中では結びつかない。
自ら手にかけた被害者の死を悼む殺人犯も確かに存在するが、そういう思考の壊れたタイプにも見えなかった。
俗に言う快楽殺人、そう片付ければ葉山の奇行にも「常人には理解しがたい行為」という説明がつく。それゆえに性的動機、いたずら目的ではないかとの憶測が飛び交っている。
葉山は被害者である鈴木愛美ちゃんと同じ工業団地に住んでいて、近所付き合いもあった。愛美ちゃんは葉山に懐いていたという証言もある。
手懐けて犯行に及ぶグルーミング。
そう片付ける方が確かに楽だろう。
だが、長年記者をしてきた私の感、理性と言うべきかもしれない。それが囁くのだ。
「そうじゃない。何かあるはずだ」
葬儀のあと、この男は自分から警察に出頭した。
警察署に入るなり、受付の婦警に頭を下げて自供したそうだ。
「私が、愛美ちゃんを殺しました。捕まえてください」
受付の婦警も呆気に取られ、思わず聞き返したらしい。
「どういうことですか?」
「鈴木愛美ちゃんですよ。遺体で発見されたでしょう。あれは、私がやったんですわ。だから捕まえてください。この通りです」
葉山がまた頭を下げる。
ようやく理解した婦警は、慌てて担当の刑事に一報を入れたという。
それが事件発生から四日目の出来事だ。
その日のうちに新聞各社は号外を刷り、テレビ局は被害者と犯人、双方の名前を実名入りで報道した。
一言一句この通りというわけではないだろうが、後日、取り調べを担当した刑事から聞いた限りでも、葉山は非常に冷静で、落ち着いていたそうだ。
葉山の取り調べを担当したのは佐藤甚助刑事、「鈴木愛美ちゃん殺人事件」が現役最後となる。彼はこの十一月に定年を迎える。
そのせいか、葉山に対して拘りがあったように思う。おかげで普段なら聞けないようなことも教えてくれた。
私が佐藤刑事から話を聞けたのは、葉山が検察局に送られたあと、十月末、つい先日のことだ。
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