カタミ・ミカタ
「いつだって味方だからね。」
幼い頃からずっとそういってくれた母が亡くなった。享年42歳。
幾分前から引きずっていた風邪が肺炎に悪化してそのまま入院先の病院で亡くなった。桜が散り始めていた春の終わりのことだった。
まさか自分の親のために初めて喪服を着るなんて思っていなかった。側で泣いているのが、母親ではなくて、おばあちゃんなのも違和感を感じていた。てっきり子は親の後に逝くものだと、それが当たり前だと思っていた。葬式の時には既に涙は枯れていて、寧ろ冷静だった。父も葬式と通夜の最中に泣くことはなかったが、母が亡くなった日の夜遅くに、リビングで1人泣いていたのを見た。おそらく、同じように父も今日までに枯らしてしまったのだろうと思う。
葬儀が終わり、慌ただしい日々も落ち着きを取り戻してきた頃、父と覚悟を決めて母が生前使っていた部屋の遺品整理を行うことにした。
ずっと部屋の扉を閉めていたからか、まるで密閉されていたかのように母が存在していた空気感がそのまま残っていた。几帳面だった母の机には行儀よく並ぶ本と、質素な装飾品たちがアクセサリースタンドに丁寧に掛けてあった。
母が入院してからもう数ヶ月が過ぎているのにもかかわらず、母の姿が確かに見えた。
母は物静かな人だった。いつも静かに微笑む人だった。言葉数は少なかったが、確かに愛されているという実感があった。それはいろんなところから感じられた。毎年誕生日にプレゼントと共に贈られる手紙や、いつも朝、机に置いてあるお弁当。中身は私の好きなおかずでいっぱいだった。中学校から大学卒業までの10年間。毎朝作ってくれていた。社会人になって家を出た時も、毎月メッセージをくれた。そっけない内容だけれど、心配してくれているのが伝わって嬉しかった。小さい頃、夜中に目がさめて母親の部屋に入ると、すぐに抱きしめてくれた。その感触がたまにふわりと今でも思い出す。そんな母が纏っていた空気感がそこにありありと残っていた。
覚悟を決めたものの、父も私も母の存在感に面をくらい力が抜けてしまった。
「このままでも、いいかもな…。」
と父が漏らした言葉に、私は頷いた。
父は母が使っていたベッドに座り込み、あたりを見渡していた。目が潤んでいることに気がつき、父もまた、母を愛していたんだなということを実感した。
私は母の使っていた机に向かった。本はエッセイや詩集、そして学生時代から持っていたのであろう、くたびれた栄養学の教本が並んでいた。その横にあるアクセサリースタンド。ひときわ目立つネックレスを手に取る。綺麗で上品な青色に惹かれた。
「貸してごらん。」
いつのまにか背後にいた父にも言われるがままに渡すと、
「これはね、お前のことを授かった時に渡したプレゼントなんだ。そこにあるピアスと一緒に贈ったんだよ。にしても丁寧に使ってくれていたんだな。あげた時と変わらないよ。」
目を赤くしながらも微笑み、そして話す父がそのネックレスを私につけてくれた。
「ほらピアスもつけてごらん。」
鏡を見ながら、今つけているピアスを外し、真っ青で透き通った色のピアスを耳につける。つけた時の振動で揺れる。
鏡の後ろでこらえてる父を背中に、私は枯れたはずの涙を、再び流した。
この絵は 陽(柿元)さん https://note.mu/kakinoatama
からお借りしたものです。この絵を元に短編を書いてみたいと思い、お願いさせていただきました。彼女の作品は優しさが溢れていますので、よければ是非。