「わたしはさ、」
話を切り出す彼女からはいつものあどけなさが消えていて、いちだんと大人びて見えた。
「わたしはさ、このままでいいのかなってふとしたタイミングで考えてしまう。なんだって要領よくこなしてきたつもりだし、周りの人たちからも嫌われないように、失望されないように自分を律してた。
もちろん、全員から好かれることなんてできなくて、苦手なこともあるしたくさん失敗もした。
そのたびに落ち込むけれど、ある程度は割り切って前に進もうと思えるだけの活力も持っていた」
彼女は人の目をみて話す人だった。けれど、視線を自分の手元へと落としたまま、こちらの方を見ようとはしなかった。
「けれど、その失敗を割り切って、失ったものを割り切って、立ち直るたびに重たいものをなげうって仕方がない仕方がないと強がっていたらさ、自分がどこに立っているのか……わからなくなったの」
私は彼女の口元をみていた。ほんのり浮かぶえくぼが好きだ。いまも視線はしたのまま、慈しむかのように自身の手を見つめる彼女の頬にはえくぼができている。
「現状が嫌かというとそんなことなくて、この場所でしか出会えなかったかけがえのない出会いだってたくさんあった。
それにわたしはいまの生活が好き。好きよ」
たった数センチ先に座ってる彼女に手を伸ばすことができず、ただ話を聞くことしかできない自分に嫌気が差す。
ただ、割って入るには頭に浮かぶ言葉がどうにも陳腐でなにも声に出せなかった。
「けどね、諦めた分だけわたしの中からわたしという存在が消えていって、それを埋めるかのように次から次へといろんなことに手をだして、
そしてふと振り返ったら、わたしの知っているわたしはすでに死んでいた。」
弱くわらう彼女の顔ははっきりとみえなくて感情が読めない。
でも、少なくとも苦しそうではある。
「知っているはずだった自分のことがまるで他人かのように感じてしまって、それをごまかすかのようにまた色々な刺激を求めてしまうの。
周りからは人生が充実してるねってよくいわれる。
けれど、自分が不在の人生がどうやって充実するのか見当もつかないわ。
いつだって不足感に苛まされていた
ようは薬物と一緒なのよね。
刺激がないとどうしようもない欠落感に襲われるから、にげていたのよ」
彼女が顔を不意に上げるから目があった瞬間に固まってしまった。
あっけにとられている私の顔を見て彼女は微笑む。
「気づいたのよ。どうすべきかって。」
言葉の端から彼女の覚悟が感じられた。
「わたし、やめるわ。
まずは自分と向き合わなきゃ。
そこの抜けた水瓶を先に直さなきゃね。
死んでいった私の片々を懐かしむのではなくて、生まれ変わっていく自分を見つめなきゃね。
どう頑張ったって過去には戻れないし、未来もわからないから今の自分が自分なんだから。」
私はただ聞くことしかできなかったけど、どうやら心配は不要みたいだ。
「ありがとうね。おばあちゃん」
そういって彼女は手を合わせて一礼し、扉を閉めた。