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インガ [scene004_02]

都民暴動で武器を取った民間人は、そのほとんどが職を奪われた20代後半から40代の成人だった。
しかし、企業側にとって真に脅威となっていたのは少年少女たち。

「お察しいただけるとは思いますが…年端もいかない子供たちを前にして、無感情に引き金を引けるエリートは我が社に居ませんでした。
彼らの要求は、我々が制圧したエリアで路頭に迷った都民らの雇用受け入れ」

眉間にしわを寄せてそう言うアドワークス警務部長は心底やるせないといった様子で、俺たちは何と声をかけたらいいかわからなかった。

警務職なんて仕事に就く連中は、誰しも暴力による解決を全否定していない。
状況によりけりだが、何かを守るためには誰かの命を奪う可能性も視野に入れている。もちろん、この俺だって。
だが、それでも未来ある子供を前に━━━大人にそれが無いということではないがね━━━、無慈悲に最適解を選べるほどできた人間はそれほど多くない。

もし、襲われた小隊が自分たちだったら。おそらく、その結末は彼らと同じだったろう。
拉致されたという小隊長の心中を思うと、何とも言い難い嫌な気分になったよ。

そのときの彼はおそらく、部下を守れなかったという自責の念と自分が少年たちに危害を加えられるわけが無いという現実の板挟みで、逃げ場のない怒りや悲しみに堪えていただろう。俺だったら、自分が助かることなど疾うに諦めているに違いないと思った。

なぜなら、どこに捕らわれているにせよ、救出にあたっては犯人グループ…つまり子供たちとの戦闘を覚悟しなければならないから。

そこまで考えて俺は、初めて恐怖を覚えた。

つまり、アドワークスはそれをアウトソーシングしたんだ。自分たちに出来ない意思決定を、この俺たちに押し付けようとしたのだ。

何が恐ろしいって、気持ちがわかっちまったのさ。
子供を手に掛けたくはない。でも、身内は助けたい。そうなったら、身内以外に頼るしかない。
善し悪しは置いておいて、それは人間として当然の考え方だ。
特に、あんな荒れ果てた状況にあっては、綺麗事を押し通すことなど出来るわけがない。

腰にぶら下げた拳銃が、とても頼りない鉄くずになり果てた気がした。
俺には、同じ場面でこいつを正しく使える気がしない。

しかし泣き言は言っていられない。残念ながら、言っていられる状況じゃあなかった。

ハナヤシキ先輩が見失うなと言った役割。それこそが、アドワークス小隊長を救出することだったから。
…子供の命を見捨ててでも優先したその役割で、子供の命を奪う可能性と直面するとは思わなかったがな。

だから俺は、先輩に確認した。

「隊長、ミッションは?」

振り返り、チームひとりひとりの目つきを確認してから、先輩は

「アドワークス社警務部小隊長、青山フカクの保護だ。手段は選ばん」

と言って俺たちに武装を命じた。

荷を下ろして一息つく間もなく、俺たちはビルを出た。

「まったく、胸糞悪いぜ。てめぇらの手は汚したく無いからヨロシクだってさ。
ガキどもに1発でも食らわせてみろよ、ことが収まったところで世間からは非難轟々間違いなし。そうなりゃ奴ら、財善に全責任を擦りつけて知らぬ存ぜぬを決め込む腹だぜ」

偵察用のドローンを調整しながら、タカハシが舌打ちした。

「隊長、あなたが良しとするならいつでも爆発させてやりますよ。このビルを」

ワタナベまで愚痴を言うのは珍しかったな。だがそれも仕方ない…俺だって、文句のひとつやふたつ吐き出したいところだった。

そういえば、あのときはハルも腹を立てていた。お前、俺たちにしか聞こえていないからと言いたい放題してたよな。

それもそうだ。
子供らの要求は、失職者の雇用。
その原因を作ったのは他でもない、アドワークスだったからな。

ハルの調べでは、奴ら暴動が起きることを見越して随分前から対人兵器を密輸入していた。
それを自衛のためではなく、自分達の縄張りを拡大するために使用していたんだ。

そして好き放題に東京を荒らしておきながら、民間人の保護と補助は二の次ときた。
はっきり言って、因果応報だ。

とはいえ、末端で働く警務部隊の命を軽んじて良いわけでもないがね。

…ああ、先輩だって同じ気持ちだったはずだ。

だからこそ、

「諸君、改めて目標の擦り合わせをしておこう。
我々の目標は、アドワークスの小隊長を救出すること。
厄介ごとは、全て無視だ。いいな?」

そう言ってニヤリと笑ったんだ。

「ヤシキさん、あんたの指示は曖昧でいけねーや。そりゃパワハラって糾弾されても反論できませんぜ?」

「ふむ、マネジメントとは難しいものだな。しかしタカハシ、ひとついいか?
ハラスメントというのは、受取手がそう思わなければ立件できんのだよ。
———さて、私の言動はそれに該当するかね?」

皆笑って「しませんね」と口を揃えた。

それから俺たちは、アドワークスから共有された地図情報を頼りに、敵勢力が占拠した歌舞伎町の一角を目指した。

大きな映画館跡地、その裏手にあるホテル街が少年たちの根城だった。

道が細く入り組んでいたから、かなり近くまで容易に接近することができたが、死角が多いエリアで何の前情報も無く進軍するのはぞっとしない。
いつどこから武装した少年グループが飛び出してくるか、わかったものじゃないからな。

というわけで、そこはタカハシの出番だ。
奴はドローンにステルススプレーをかけて…つまりレーダーによる探知を無効化するコーティングを施し、そいつでホテル街を探索してくれた。

しばらく周辺を探ると、チープな武器をぶら下げた子供が数人。大人の姿は見えなかった。

「いるね〜、青臭いガキんちょがちらほら。装備は…改造銃やネイルガンってところだな。
っしゃ、タギング完了。皆、モブにガキどもの位置情報をマッピングしたから目を通してくれ」

「よくやった、タカハシ。ふむ、この配置なら小隊長殿が捕われているのは…ここだな」

マップデータが更新されて、子供らの配置と目標地点が表示された。見ると、どうやら脇道をしばらく行った先にあるホテルが、彼らの基地らしい。

「新川、聞こえているな?彼らが基地としているホテルのネットワークに侵入できるか」

『さっき完了したところです。監視カメラの映像ログによると…目標は3011号室ですね。
リアルタイムの映像データも皆のモブに連携しておきました』

ハルの報告に、ハナヤシキ先輩が満足そうに頷いた。

「タカハシは向かいのビルに行き、新川と連携してホテル周辺の監視および撤退時の援護。ヒバカリとワタナベ、二人は私と来い」

命令に従い、俺とワタナベは先輩の後に続いた。

ホテルには容易に潜入できた。
大手企業の訓練された警務部隊を壊滅させリーダーを拉致するだけの戦力があったとはいえ、それも子供に危害は加えられないという大人の弱みに漬け込んだもの。
少年らには、戦術的知識や兵力の適切な運用ノウハウがあったわけじゃない。
要するに、警備がザルだったんだ。

俺たちは彼らの目をすり抜け、難なく目標の3011号室に辿り着いた。

ちなみに、そのときはハルが良い仕事をしてくれたんだぜ。

タカハシのドローンが寄越すホテル周辺の監視データに目を光らせながら、建物内の監視カメラを駆使しつつ違和感のない程度に設備トラブルを演出して、俺たちと子供らの会敵を完璧に回避してくれてな。

だから、俺たちは1度も発砲することなく捕らわれの小隊長様にお目見えすることができた。

だが…様子がおかしいことに気付いたのも、その時だった。

「目標に到達。新川、室内の様子を教えてくれ」

『エコーロケーションによる探知を実施、少々お待ちを。…ん?おかしいな、人質以外誰もいない』

そう、小隊長殿は人質。つまり、子供らがアドワークスと取引するための大切なカードだ。
その切り札を、監視もつけずホテルの一室に放り込んでおくなんて、いくら戦場の常識を知らない子供の仕業としても変だった。

「…ふむ、何かあるな。新川よ、室内にトラップの類が無いか調べられるか」

『エコーロケーションで分かる限り、物理トラップは無さそうですね。
でも気をつけて。無いとは思うけど、小型の赤外線センサなんかが設置されている可能性は否めません』

そこまでくれば、あとは出たとこ勝負。あれこれ可能性を議論していても埒が開かない。
ホテルの廊下は遮蔽物もないから、いつまでも扉の前でのんびりしている訳にもいかなくて、俺たちは意を決して室内に踏み入った。

「クリア。新川、3011号室に侵入した。もう一度チェックだ」

『言われなくとも…よし、クリア。室内にもセンサー類はありません』

そのホテルはなかなか高級な部類で、部屋もそれなりに広く豪華だった。
埃が溜まっていて、とても使ってみたいと思える環境じゃなかったがな。

念のため、ハルの探知に引っかからない類のトラップが無いか確認しながら部屋を見渡すと、部屋の奥に影があった。アドワークスの小隊長だ。ベッドと壁の間に、窮屈そうに押し込められていたよ。

手足を結束バンドで拘束されて目と口にガムテープを貼り付けられていたが、丁重に扱われているようで拷問の痕跡は無かった。襲撃時のものと思しき傷は、生々しく残っていたがね。

俺とワタナベさんが室外を警戒する中、ハナヤシキ先輩が彼に近づいてガムテープを引き剥がす。

「アドワークス警務部、青山フカク小隊長殿ですな」

「…はい……あなた方は?」

「財善コーポレーション警務部の者です。御社の警務部長から支援要請を受け、貴殿の救出に参りました」

その言葉を聞いて、アドワークス小隊長が目を見開いた。

「い、いやだ!…死にたくない……お願いします、助けてください!」

取り乱す小隊長殿の口を塞ぎ、先輩が穏やかな口調で宥めすかした。

「混乱されているようだ。落ち着いてください、大声を出すと敵に気付かれる。
安心してほしい…我々は貴殿の生命保護を最優先に動いている。
…さあ、手足の拘束を外します。自力で立てますかな?」

と、ナイフを取り出して結束バンドを断ち切ろうとする先輩に、また小隊長殿が大声をあげた。

「ダメだ、触らないで!死にたくない!」

流石に様子がおかしいと察した先輩が手を止めて、

「…これは。ワタナベ、来てくれ」

「アイサー、どうなさいました?」

先輩に呼ばれたワタナベが小隊長殿に近づき、息を呑んだ。

「仕掛け爆弾…」

「おそらく、彼を動かせば起爆する仕組み。
新川の探知でも気付けないはずだ…センサーは彼の尻の下だ」

室外を警戒しながら俺もアドワークス小隊長を見やると、どうやらジャケットの下にたんまり爆薬を巻き付けられているようだった。

「隊長、こんなもの爆発させたらフロアごと吹っ飛ぶ。5階建てが4階建てになりますよ」

「だろうな。解除できるか?」

「やるしか無いでしょう」

先輩はその言葉に頷き、

「ヒバカリ、見回りが来る気配はあるか」

「いえ、全く」

「そのまま警戒を続けろ。新川、エレベーターに細工して3階に止まらないようにできるか」

『もちろん』

各々に指示を出してからアドワークス小隊長に向き直り、穏やかに続けた。

「青山殿、このワタナベは爆薬のプロ。不安で仕方ないだろうが、彼のことは信頼していい。
貴殿は必ず助ける。だから、少し辛抱してくれたまえ」

その言葉を聞いて、小隊長殿は涙目になっていたよ。
そりゃあ、その日彼に起きた出来事を思えば当然のことだ。おそらく、何度か自分の命を諦めていただろうよ。
それでも死を目前にして取り乱してしまい、先輩が本当に彼を助けようと思っていると実感して堪えきれなくなったんだな。

「じゃあ隊長、作業に取り掛かるんで、ヒバカリと周辺の警戒をお願いします」

ワタナベがそう言って解体用の器具を握りしめた、瞬間———

『ヤシキさん、様子が変だ』

建物周辺を監視していたタカハシから、入電があった。

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