小説における市場調査の重要性と未来予想図

 僕が最初に小説を書きはじめた2000年前後の頃は、まだ小説家になろうは存在していなくて、ネット上には今から思えば小規模なコミュニティがいくつかあるだけでした。

 現在残っているのは、『作家でごはん』と、実は小説投稿サイトとしては『小説家になろう』より古い『魔法のiらんど』が日記帳サイトとしてコミュニティの中核になっていたぐらいでしょうか。

 作家志望者の中に、ネット経由でデビューという意識はなく、ほぼ公募か持ち込みというのがスタンダードなルートと認知されていました。この頃の作家志望さんは、編集部や下読みさんたちを超えるべき壁と見なしていて、あまり読者の事は見ていなかった気がします。

 ところが、僕が筆を置いている間に『小説家になろう』が出現し、世界は一変していました。
 新たにネット経由というデビュー経路が出来上がったためでしょう。小説家志望者が急増し、それに伴って多彩な才能が小説家志望者界に流入しました。

 そこで作家志望者に立ちふさがった問題が、ライバル多すぎ問題です。
 基本的に、小説投稿サイトで小説を更新した場合、無名の状態で与えられるチャンスはトップページの更新欄に表示される一瞬だけです。なろうの場合、1時間に何百作、時間帯によっては何千作も更新されるので、与えられるチャンスは5分~10分でしょうか。スコッパーの方なら深く潜って探してくれますが、それでも2時間程度しかチャンスは持続しません。

 ネット投稿の作品の良し悪しは、内容だけではなく読者の数で決まります。ファンがいない作者は、数ある作品の中から、タイトルを頼りに読者に選んでもらわねばなりません。そのため、ネット小説のタイトルは現在進行形で独自の進化を遂げています。(もちろん、内容が悪ければ、すぐにさようならです)

 このタイトルの進化は、賛否両論あるものの確実に進化、波及しており、最近ではさらに市場調査とも密接に関わり始めました。作者が自らマーケティングを行う時代の到来です。

 これは数か月前から注目している作者さんの事例で、将来「俺はデビュー前から知ってた」とドヤ顔するためだけに書き残すのですが、実は相棒さんとなろうを分析する『なろうRaWi』というシステムを構築していた作者さんが、なろうでは主流ではない『ヒューマンドラマ』というジャンルから、総合9位という好成績を叩きだしました。ヴィジュアル的にも映像化を見越しているような作品なので、このまま行けばドラマ化まで一直線に行きそうな気配を感じています。
 注目してはいたものの、筆者的に「ここまで行くのか」という驚きは禁じ得ませんでした。

 中身はもちろんめちゃくちゃ面白いのですが、多分それだけではここまでの旋風を起こせなかったでしょう。マーケティングも含めた複合技です。

 ちなみに、僕が今書き直している「教科書チート」という題名の小説ですが、書き直し前にはスコッパーさんに掘り当ててもらい、日間3,000PVぐらい行っていたのですが、書き直し後はパッとせず、更新時日間160PVぐらいに低迷していました。

 その「教科書チート」ですが、『なろうRaWi』のAIさんによると、タイトルとしてはE判定だそうです。そのため、いろいろ考えた末、「受験生の異世界転生 〜領主の息子だけど、教科書の知識だけで生きていけますか?〜」と改題してみました。(こちらはC判定)

 するとどうでしょう。改題後の更新時PVは500を超えて、途中での脱落率も顕著に減りました。多分、読者の需要とマッチして、読み始めた読者が最後まで読んでくれるようになった効能かと思います。

 元々、作者さんがSNSなどを通じて広報活動を行う事は、なろうの運営も薦めており、文章力という共通項もあってすでに当たり前になっています。加えてこのまま作者自らが市場調査能力を獲得する流れが持続し、マーケティング全般をカバーできるようになってきてしまうと、おそらく業界は今のままではいられなくなります。

 読者がついてくるかは別にして、スキルセット的には、現状すでに出版を出版社が独占できる状態にはありません。出版までの順序的に見れば、その大半を出版社以外が代替可能な状態にあります。

 ライトノベルの世界で見てみましょう。

1.売れそうなプロットを作る
  →今も昔も作者の仕事
2.プロットが売れるかどうか市場分析
  →今までは編集の仕事
  →今はAIなどで売れそうか判定可能
  →オープンチャットなどで相談可能
  →短編などのネット投稿で実際人気が出るか確認可能
3.執筆
  →今も昔も作者の仕事
4.校正の手配
  →昔は編集の仕事
  →最近、ネット校正サービスが始まってる
5.イラストレーターの手配
  →今までは編集の仕事
  →今はネット上で自ら声をかけられる
6.版組の手配
  →今までは編集の仕事
  →ライセンス料が月額性で安くなっており、自力で可能
  →在野のデザイナーに頼めばできる
7.印刷、電子出版の手配
  →今までは編集の仕事
  →同人誌を見てれば、できるのは自明
8.広報活動
  →今も作者自身がSNSなどで実施
  →出版社の広報能力は徐々に落ちつつある
9.流通路、販路の確保
  →出版社の仕事
  →紙の出版では現状唯一の壁
  →同人系書店は台頭中


 つまり、9の印刷物の流通路、販路の確保を自力でできる手段があれば、出版は出版社の支配を離れることができるようになります。現状電子化が進んでいますので、その流れが加速するか、もしくは本屋さん側がオンデマンド印刷等で対応するようになれば、出版社は危機的な状態に陥るでしょう。

 作者さんのSNSでは、たまに編集さんの愚痴が聞かれます。僕自身、コーディネーターとしての編集さんの存在を否定するものではありませんが、もしも業界として劣化が進んでいるのが事実なら、編集さんや出版社が不要となる世界も視野に入ってきます。

 その昔、支配されていた小売業が力をつけて仲卸業者の力が急激に弱まったように、時代は変わるものです。僕ら作家志望者は、時代の流れを感じながら腕を磨かねばならないかもしれません。