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【短編小説】今日も晴れたらいいな

第一章 空想の思い出
(明日やっとパパに会える)
 大阪に住んでいる小学4年生の日向子は空想が好きな女の子である。岡山県の市内に単身赴任している父親の大志の元へ、月に1回会いに行くのを楽しみにしている。
 大志は日向子が岡山へ遊びに行くたびに、岡山の美味しい食べ物や名所などへ毎回連れて行ってくれる。
 日向子は毎月その日を何よりも楽しみにしているのだ。
(今度はどこへ連れてってくれるのかな?それとも何か美味しいものを食べさせてくれるのかも。)
 国語の授業中なのに日向子の空想は止まらない。
 ふと、教室の窓際から見える丸い雲が、この前大志と一緒に食べた岡山名物の白桃に見えてきた。
 授業中なのに全然集中できない。

第二章 わくわくの思い出
 学校の授業が終わり、日向子は掃除を済ませて自宅へ帰った。
 母の知世が玄関で迎えた。
「おかえり、日向子ちゃん。明日の迎え、パパいつもより少し遅くなるって。岡山駅で少しだけ待てる?」
「うん。大丈夫だよ。パパが来るまで待ってるね。」
 さて、明日岡山へ行く準備をしなければならない。
 日向子はお気に入りのレザーのバッグに、必要な物を詰め込んだ。
 駄々をこねてやっと買ってもらえたスマホに、キャラクターの絵が付いた折財布。日帰りだから荷物は毎回この程度だ。
 明日着ていく服も用意しなければならない。
 大慌てで明日の準備を進めて行くうちに夕方になった。
 準備が終わり、早めに夕食を食べて眠りについた。

第三章 てんてこまいの思い出
 朝になり、眠い目を擦りながら朝ごはんを食べた。
 知世が用意したハムエッグにバタートーストとオレンジジュースを一気に平らげた。
 お気に入りのワンピースに着替え、髪の毛をポニーテールに結えてもらって準備は万端だ。 
「ママ! 早く早く!」
 日向子はいち早く玄関先へ行き、靴に履き替えた。
「はいはい」
 知世はまだ化粧をしている。
「先に駅まで行ってるよ!」 
 玄関のドアを開けると、日向子が住んでいるマンションの踊り場から辺り一面に大阪の市内の街並みが見えた。
 日向子は廊下の三階から一気に階段を駆け降りた。
 途中、息を切らしながら玄関ロビーまでたどり着いた。 
 住人の郵便受けの前まで来て、一休みする。
 すると、知世がエレベーターで1階まで下りてきた。
「日向子ちゃん、早くパパに会いたい気持ちは分かるけど焦りは禁物よ。何事ものんびり行かないと。そういう考えの方が大抵はうまく行くのよ。」
「そうかなあ。」 
 子供は無邪気でもありまた、残酷でもある。
 まだ善悪の区別もつかぬまま、無意識に事を運んでいくこともある。また、自分の思うがまま突っ走ってしまい、後で悲しい目にあうこともある。純粋とはある意味恐ろしいものかもしれない。

第四章 しんみりの思い出
 日向子と、知世は電車を乗り継ぎ、新大阪駅の新幹線乗り場に到着した。
 岡山行きの山陽新幹線ひかりに乗る予定だ。
 売店でお弁当とお茶を買った。
 発車までまだ少し時間がある。
 日向子と知世は待合室に隣接する喫茶店に入った。
 二人は窓際の席に着いた。
「日向子ちゃん、何か飲もうか。」
「オレンジジュースがいい!」
 知世は、オレンジジュースとコーヒーを注文した。
 日向子は飲み物を待ちながら、ガラス越しに歩く人々の姿を見た。
 急ぎ足で去ってゆく背広姿の男の人。
 母親と手を繋いで歩いている女の子。
 制服姿の学生達。
 遠い国から来た外国人の観光客。
 色々な人が日向子の横を通り過ぎて行く。
 ここに居るだけ色んな人の人生の一部が垣間見える。
 日向子は思った。
(どうしてそんなに急いでいるの?)
(お母さんの手は暖かいね。でもいつかは離れなきゃならない時が来るのかな)
(ずっと仲良しでいてね)
(肌も瞳の色も違うけど、世界中の人が皆仲良くなれたらいいな) 
 日向子は幼いながらも、人々の雑踏を前に感慨深いものを感じていた。

第五章 バイバイの思い出
 発車予定時刻になり日向子と知世は新幹線ホームへ向かった。
「じゃあね。日向子ちゃん、気をつけて。次の岡山駅で降りるのよ。降りたら、いつもの広場の桃太郎の銅像の前で待っててね。パパは少し遅れてくるから」 
「うん。行ってきます!」
 日向子は新幹線ひかりに乗車した。 
 指定席を予約していたのですぐに座れた。
 座席に座ったら窓越しに知世の姿が見えた。
 知世は手を振って微笑んだ。
 新幹線が発車した。

第六章 そわそわの思い出
 季節は秋晴れ、車内の空調もちょうど良かった。
 日向子はお腹が空いたので、新大阪で買って貰った駅弁を食べた。
 お腹が満たされて座席のシートでうとうとしかけたところ、着信音が鳴った。
 日向子は鞄の中からスマホを取り出した。
「おはよう、日向子。」
「パパ!」   
「ごめんな、ママから聞いていると思うが待ち合わせに少し遅くなりそうだから。少しだけ待っててくれるか。」 
「大丈夫だよ!」
「そうか、おっと!もうこんな時間か。じゃあな、後でな」
「うん! またね」
 日向子は通話をオフにした。
(パパが遅れることなんて初めてだ。仕事、忙しいのかな) 
 しばらくしてから岡山駅に着くアナウンスが流れた。
 日向子はホームに降り、改札を出た。
 エスカレーターで降りてそのまま、まっすぐ進み外に出た。
 広場の前で桃太郎の銅像がお供のイヌとサルとキジを従えて勇ましく建っている。  
(いつ見てもこの銅像は圧倒されるなあ)
 日向子は銅像の前にある丸い台座に座ろうと歩み掛けたところ、背後から大きな柴犬が日向子の鞄を口に咥えて持って行ってしまった!
「あーっ! こらっ! 返せ!」 
 鞄の中には貴重品やスマホが入っている。
 何としてでも取り返さねばならない。
 日向子は急いで柴犬を追いかけた。
 しかし、日向子の足では柴犬に到底追いつかない。
 それでも日向子は懸命に柴犬を追いかけた。
 しかし、そんな日向子に柴犬は嘲笑うかのように路地を右へ左へ進み走り回った。
 そして、ついに柴犬は遥か彼方へ、鞄を咥えたまま走り去ってしまった。
 日向子は息を切らし、その場で佇んでいた。
 ふと気がつくと、そこは緑の芝生が辺り一面に繁り、近くには時代物の古い民家が建ってあった。
 この景色には見覚えがあった。
(確か前に一度パパに連れてって貰った所だ)
 夢中で柴犬を追いかけていたので気が付かなかったが岡山三大庭園の後楽園まで来ていた。
 どうやら観光客に紛れて柴犬と共に入園してしまったようだ。
 日向子は気になった。
(後楽園てペット入場大丈夫だったかな) 
 柴犬は日向子の鞄も咥えて持って行ってしまっている。
 日向子は小さな頭で考えた。
 そんな日向子を観光客らしき人々が見つめ、そして通り過ぎてゆく。
 日向子はまだ小学4年生である。
 空想することが大好きだが少し想像力に欠けるところがある。
 例えば物事をこう進めたら、結末は大体こうなるだろうと予想することが困難なのだ。
 それ故に常に未来より今を見ている。
 それが彼女にとって良いことなのか悪いことなのかは今は不明だがそれは、その後確実に彼女が大人への階段を歩む過程に障害をもたらすのは避けられないであるだろう。

第七章 どきどきの思い出
 不安は募る。が、少しわくわくもしている自分がどこかにいる。
 子供ながらの冒険心とでもいうのか。
(そうだ!このまま後楽園で柴犬を探して鞄を取り戻して、パパのお家まで行っちゃおう!)
 安易な考えではある。
 しかしこうなると誰も日向子を止められない。
 幸い大志の住んでいる社員寮までは電車やバスは必要ない。
 日向子の後楽園を巡る柴犬探しが始まった。

第八章 さらさらの思い出
 今いる所は延養亭であった。
 丁度、季節は秋であるので美しい民家が特別公開中でもあった。
 日向子は民家の一室に入ってみた。
 中には赤い絨毯が敷き詰められている。
 障子が開けっ放しにされていた。
 日向子は障子の横から見える景色に心を奪われた。 
 差し込む秋の日差しに緑豊かな芝生の絨毯。
 小石で囲まれてある小池の水面には秋の日差しが反射して映っている。
 緑の葉が、ちらちらと風に揺れ大勢で合唱しているみたいだ。
 遥か向こうには綿菓子の様な雲がぷっくりと顔を出している。
 日向子はそこに風情ある日常を感じた。

第九章 ふとした出会い
 延養亭の民家から外に出ると、大きな風が前方から思い切り吹いた。
 樹木が揺れる。花びらが散る。水面が躍る。
 園内の芝生にはタンチョウが首筋をまっすぐ伸ばし優雅に散歩を楽しんでいる。
 遠くには岡山城も姿を覗かせている。
 季節は秋だ。
 木々ももうすぐ紅葉に色付いて行く。 
 日向子は急に身体が肌寒く感じた。
 恐らく先程風が吹いたからだろう。
 へっくしょんと大きなくしゃみもした。
(そういや、今何時頃だろう)
 柴犬と大庭園に夢中であまり時間の感覚はなかった。
 辺りを見回して見ると観光客はまばらであった。
 日向子は、つと空を見上げた。
 すると空が灰色に変わりかけていた。
 急に雷も鳴り、雨が少し降り始めた。
 日向子は慌てて雨宿りができそうな場所を
 探した。
 当てもなく探し回った結果、家内に水路がある琉店までたどり着いた。
 その間、雨は強く激しく降り続いた。
 同じく琉店にたどり着いた人は何人かいた。
 雨宿り中、日向子はふと、目を引く程綺麗な顔をした女性に目が行った。
 女性も日向子に気がついた。
 日向子は慌てて目を逸らした。
 何故か心臓はドキドキしている。
 真っ直ぐに伸びた背筋。
 腰ほどまである栗色の長い髪の毛。
 雪のように白い肌。
 モデルさんの様にスラリと伸びた長い足。
 お人形さんの様に小さい唇。
 誰もが羨む様な容姿をしている女性である。 まるでそこだけ雑誌で切り取られたように現実離れしていた。
「こんにちは。」
 急に女性に話しかけられて日向子は驚いた。
「あ、こんにちは!」
「雨、よく降るわね。」
 女性は物悲しそうに雨が降る空を見上げた。
 日向子も灰色の空を見上げた。
 雨が降り続ける。
 どこかで子供達がはしゃいでいる声が聞こえる。
 日向子は思い切って聞いてみた。
「お姉さんは何故、日向子に話しかけたんですか?」
 女性は少し考える仕草をした後、口を開いた。
「貴方に目が行ったから」   
「日向子に?」
「そうよ。」
 小さい日向子はあまり理解出来なかった。 何故、何も取り柄のない何処にでもいる小学生の日向子にその様な事を言ったのか。
 続けて女性は言った。
「ひとつのまとまった者の中にいると必ず光と影ができるのよ。」 
「光と影?」
「そう。そして、光について行く者もいれば影について行く者もいる。また、光が一人ぼっちで、残りの全てが影について行く場合もある。」
 日向子は気になった。 
「ひとりぼっちになった光はどうなるの?」
 女性は長いまつ毛を伏せ、口を開いた。
「光はその存在を一旦潜め長い眠りにつくの。その間も、その存在は強大で、人々の心に深く刻まれるの。」
 日向子は不思議な気持ちになった。
「光はずっとひとりぼっちなのかな。」
「違うわ。時が経ち、また光が目覚め始めたら、光は最初に創った者達よりももっと大きい世界を見るの」
 日向子は黙った。
「・・・・・」    
 女性は静かに言った。
「そして自分の光輝ける場所を見つけるの。」

第十章 さみしい別れ
 雲の隙間から太陽が見えた。
 雨はいつの間にか止んでいて、琉店で雨宿りをしていた人々は女性と日向子達だけになっていた。 
 女性は日向子に言った。
「貴方はまだ、小さいわ。もっと色んな経験をしなさい。見て、触れて、実感しなさい。それが次なる一歩の道となるでしょう。」  
 女性の言葉を聞いた日向子は胸が熱くなるのを感じた。
 ふと疑問に思った。
 何故女性は、このような話を日向子に言ったのか。
 確か日向子に目が行くからだと女性は言っていた。
 この女性は日向子の何処に惹かれたのだろうか。
 容姿も勉強も運動も人並みで、これと言って得意な物など何もない日向子に、初対面でここまで踏み込んだ内容を話すとは。
 遠い昔に父方の祖母から言われた言葉を思い出した。
『日向ちゃんはずっとそのまんま、変わらないでいてね。』
 そう言った祖母は今はもういない。
 すると女性は日向子の心の中を見透かしたかのように口を開いた。
「私が言った言葉の意味が分からなくてもいいのよ。ただ、貴方が成長して、思春期を迎え、やがて大人になる過程で心配事や悩み事を抱えた時に、私の言った言葉を思い出してほしいの。」  
 日向子は頷きながら口を開いた。
「日向子は何処にでもいる普通の小学生だよ。」  
 女性は寂しそうに口を開いた。
「そうね。」
 日向子は何だか自分が悪いことをしてしまった様な感じの気分になった。
 女性は言った。
「雨も止んだし私はもう行くね。」

第十一章 もやもやの思い出
 女性と別れて日向子は琉店を出た。
 その間も日向子の心は、真っ白い画用紙に黒い絵の具で隅々まで塗りつぶされた絵画の様な暗い気持ちだった。
 その様などんよりとした気分の時に犬の鳴き声が聞こえた。 
「わん!」
 暗い気持ちだった日向子は咄嗟に犬が鳴いた方向に反応した。
 すると、鞄を咥え、持っていってしまった柴犬が焦茶色の丸い瞳を輝かせ、少し遠くの方で菜々子の方を見ながらちょこんと座っていた。
 その光景に日向子は思わず目を細めた。  柴犬は日向子がここまで来るのを待っていたのだろうか。
 日向子は思い出した。
 その前に鞄を取り返せねばならない。
 柴犬の目を見ながら少しずつ近づいて行く。
 日向子は息を殺しながらゆっくりと歩を進めた。
「あ!」  
 すると突然、柴犬が物凄い速さで向こうの方へ駆け抜けて行った。
 今度こそ鞄を取り返せると思ったのに。
 日向子は急いで追いかけようとした所、なんと、靴が片方脱げてしまった。
「ああもう!」
 急いで靴を履いたが柴犬の姿は見えない。
 日向子は肩を落とし、項垂れた。
 仕方がないと気を取り直し、柴犬が向かった方角へと足を運んだ。
 しかし、柴犬が現れた事により日向子の気分は先程の暗い気持ちから幾分落ち着いていた。 
 日向子はのどかな田園風景が広がる小道を歩きながら考えた。
(日向子はなんでお姉さんの話を聞いて暗い気持ちになったんだろう) 
 日向子は考えながら首を捻った。
(うーん・・・。なんだかあのお姉さんが日向子に何かメッセージを伝えたかったのはわかったんだけど、それを日向子が台無しにしたからかな・・・) 
 日向子の想像は膨らんでゆく。
 しかし、日向子は自分が空想して楽しいことは続けるのだが、飽きたらあっさりとやめて少し頭の片隅に置きつつ、他のことを考える。
 日向子の脳は常に全身全霊目まぐるしく働いているのだ。
 其れにしても、と日向子は思う。
(後楽園は見渡す限り若草色が広がる世界だなあ)
 真っ青な空に今は雲ひとつない。
 何処までも続く若草色の芝生の向こうはまるで地平線まで続いているみたいだ。
 遥か先までずっと歩いて行けそうだ。 

第十二章 ふわりとした出会い
 歩き続けた日向子は少し休憩を取ろうと思い休むところを探した。
 汗も出てきた。
 見ると丁度、陽が避けられそうな木陰を見つけたのでそこまで足を運んだ。
 木陰の芝生の下に腰を下ろす。
 やっと一息つける。
 しばらくの間木陰の下で休んでいると、傍から老人が一人ゆっくりと歩いてきた。
「おやおや、わしの他に可愛い先客がいるよ。」 
 老人は目を細めながら日向子に話しかけてきた。
「こんにちは。お嬢ちゃん。」
 日向子は元気よく挨拶した。
「こんにちは。おじいさん。」
「お嬢ちゃんは一人でここに来たのかい?」
「うん。柴犬を探しているの。」
「そうかい。」
 日向子は老人の身なりを見た。
 真っ白な口髭に丸い銀縁眼鏡をかけている。
 頭には真っ白い髪の上に中折れ帽を被っている。
 背中の姿勢も真っ直ぐだ。
 老人も日向子の隣に腰を下ろした。
 二人はしばらく木の木陰で黙ったまま座っていた。
 時折吹く風が頬に当たって心地よい。
「お嬢ちゃんは今いくつだい?」 
 老人が口を開いた。    
「日向子は九歳だよ。」
 日向子は答えた。
「そうかそうか、まだまだ若いのう・・・
 お嬢ちゃんはこれからじゃな。」
「おじいさんはいくつなの?」
 日向子は老人に聞いてみた。
「わしはお嬢ちゃんより、うーんと年上じゃよ。」 
「そうなんだ。」
 すると、ふと老人が寂しそうに口を開いた。
「お嬢ちゃん、わしの独り言を聞いてくれんかのう。」 
「いいよ!」 
 日向子は答えた。
「はっはっはっ、いい返事じゃ。」
 日向子は老人の口からどんな話が聞けるのか少しわくわくした。
 老人は口を開いた。
「お嬢ちゃん、人は、自分の思い通りに行かないと何故争い事をするのかのう。」
 日向子は咄嗟に言葉が出てこなかった。
 老人は続けて口を開いた。
「わしの幼い頃はまだ戦時中でね。食べる物もままならなかったんじゃよ。」
 日向子は黙って老人の声を待った。
「戦争の犠牲者は何時だってかけがえのない国民なんじゃよ。」
 日向子は頷いた。
「人間という知恵の持つ生物がある限り、争い事は無くならないじゃろう。」   
 老人は寂しそうに口を開いた。  
「人間は今の現状に満足すると欲を持つ。そしてまた新たな欲を生み出す。」
 老人は続けた。
「また、それと比例して恐怖も持つ様になる。」
 老人は言った。
「満足と恐怖は表裏一体じゃな。」
 日向子は老人の声に耳を傾けている。
「そして、人の上に立つものは、常に孤独との戦いになるんじゃよ。」  
 日向子は黙った。  
「お嬢ちゃん、わしはずっと思ってきた事があるんじゃよ。」
 老人は口を開いた。
「世の中の人間は四つに分類される。輝かしい功績を残せる人の上に立つ者。怪奇殺人などに手を染めてしまう者。世間一般の大半の人が属する『常識』と言う名のつまらないものに囚われた者。『常識』と言う社会に適応出来ず、日陰の生活を強いられる者。そして、それらはどれも相反するんじゃ。」
「・・・・・。」  
 日向子は何て答えて良いか返答に迷った。
「お嬢ちゃんには少し難しい話じゃったかな。」
 日向子は気になったことを口にした。
「『常識』って何?」
 老人は答えた。
「『みんなと同じことが出来る』だとわしは思うよ。」
 日向子は老人に聞いた。 
「みんなと同じことができないと社会に適応出来ないの?」
 老人は優しい笑みを浮かべて日向子に言った。
「違うんじゃよ。みんなと同じ事が出来んでもいい。自分の行いに自信を持つんじゃ。少しずつでも最初は小さな事から始めて、やがて芽が出始め、それが花開く日まで続けるんじゃ。そしてそれが何時かは日陰から輝かしい世界への扉となるであろう。」
 老人は続けた。
「しかし、決して自分を見失ってはならない。『常識』に囚われた者達には様々な感情を持つ者がいる。嫉妬、憎悪、焦燥、欲望、恐怖、優越感、後悔、怒りなど、それらの感情に飲み込まれ、出口が見えなくなり行き場を失うと日陰の者は、殺人や死の道を選ぶこともあるだろう。又は自分の中に閉じこもり過去の中の自分といつまでも決別出来ないまま、時が過ぎるであろう。」
 日向子は老人に問うた。
「そんなことばかりじゃないよ・・・」  
 老人は遠い目をしながら口を開いた。
「そうじゃな。人間は悪い者ばかりではない。色々な感情の中でわし達は生き、共に生活している。しかし、世の中にはそういう人間もいる事を覚えていてほしい。」
「うん。」
 日向子は返事をした。
 続けて老人は口を開いた。
「お嬢ちゃんには、自分の身勝手な感情だけで人を傷つけるような人間にはなってほしくないんじゃ。世の中の大人はそんな人間が平気な顔をして生活している。」
 日向子は言った。
「大人になるって怖いね。」
 老人は答えた。
「ハッハッハッ。そういうお嬢ちゃんもいつかは大人になるんじゃぞ。わしも、もういい大人だ。」 
 日向子は力が抜けた様に口を開いた。
「なんか、大人になるのが嫌になってきた。」
 老人はニコニコしながら言った。
「なんなら、わしが、大人になることが怖いお嬢ちゃんにアドバイスをしよう。」
 日向子は怪訝な顔で老人を見た。
「アドバイス?」
 老人はお茶目に日向子にいった。
「『何時までも少年少女の心を忘れずに』じゃよ。」
 老人は座っていた所から立ち上がった。  日向子は急に老人が立ち上がったので驚いた。
 すると、遥か向こうの方で、菜々子と同い年くらいの男の子が老人を呼んでいた。
 老人は言った。
「孫が呼んでいるからわしはもう行くよ。」
 日向子は答えた。
「あ、うん。」
「お嬢ちゃん、こんな老いぼれのわしの話を聞いてくれてありがとうね。」
 日向子は、反射的に言った。
「おじいさんは老いぼれなんかじゃないよ。日向子に色んな知識や想像を与えてくれた人生の先輩だよ!」
 すると、それを聞いた老人は目を丸くしながら豪快に笑った。
「はっはっはっ。お嬢ちゃんは、本当に面白いのう。そうかい。そう言ってくれてありがとう。」
 日向子は、老人が何故そう応えたか分からなかったが笑顔を見せた。
 老人は日向子に別れの挨拶を言った。
「お嬢ちゃん、さようなら。」
「うん!」
 老人は孫が呼んでいる方へ足を運んだ。
 菜々子はその後ろ姿を何時までも眺めている。
 老人はゆっくりと孫の方へ歩いてゆく。
 やがて孫と合流し、その姿は小さくなった。
 日向子は、老人達の姿が見えなくなっても暫くその場にじっと佇んでいた。

第十三章 ぽつんとの思い出
 老人が去った後、日向子も柴犬を探すため、再び後楽園の敷地内を歩き始めた。
 日向子はなだらかな道を進み、井田、茶畑、慈眼堂、沢の池、鶴舎、と後楽園の各地を散策した。
 しかし、柴犬の姿は何処にも見当たらない。とうとう、日向子は後楽園の正門まで戻ってきてしまった。
 柴犬は見つからない。        
 仕方がないので、日向子は岡山駅まで戻ることに決めた。
 しかし、道が分からない。
 日向子は焦った。
 周りを見ると皆知らない人ばかり。
 頼る人もいない。
 そこで、日向子は今自分が置かれている状況がようやく理解できた。
(今、日向子って迷子なの・・・?)
 状況が理解できた日向子はパニックになった。
 そして、頼る人もなく、スマホも財布も持って行かれ、自分がこの先どうしたら良いか冷静に考えようと努めた。
 しかし、一度起きた不安の嵐は消えることもなく、心の中で渦を巻いていた。
 日向子は心を落ち着けようと深呼吸をした。
 思いっきり空気を体に吸い込み息を深く吐いた。
 それを何回か繰り返してゆくうちに涙がポロリと日向子の頬を伝った。
 一度流れ出た涙は止まることなく次々と日向子の頬を流れ落ちてゆく。
 日向子は心細く、周りは誰も助けてくれない状況で涙を流し続けた。
 涙が止まらない。
 心が苦しい。
 日向子はそんな負のループの中にいた。

第十四章 びっくり、すーっとの思い出
 暫く時間が経ち、日向子も泣き疲れてきた頃に、犬の鳴き声が聞こえた。
「わん!」
 すると、もう一つ、日向子を呼ぶ声が聞こえた。
「日向子!」
 日向子は最初、その声は自分が泣き疲れて幻聴でも聞こえたのかと思った。
 しかし、幻聴などではなかったのだ。
 それは、本物で、しかも絶対ここにはいないだろうと思い込んでいた人物だった。
 日向子は顔を上げた。
「パパ!」
 父親の大志と、日向子の鞄を持って行った柴犬が日向子に近づいてきた。
「日向子・・よかった。無事で・・。心配したんだぞ。」
 日向子は安堵のため息と、何故柴犬と父親の大志が一緒にいるか分からない気持ちのままその場に佇んでいた。
 日向子を呼んでいた父親の大志は優しく顔を上げた。
「実はな、この柴犬は日向子の誕生日プレゼントに飼ったんだ。日向子の持っているぬいぐるみを見せた途端、急に走り出してしまってね。戻ってきた時日向子の鞄を咥えていたんで  
 驚いたよ。まさか日向子のところへ行っていたとは思わなかったよ」   
 なんと! あの柴犬は大志から日向子へ向けたバースデイプレゼントだった。
 日向子は自分の誕生日をすっかり忘れていた。 
 続けて大志は口を開いた。
「きっと、柴犬は早く日向子に会いたかったんだろうね」
 日向子は笑顔で答えた。
「ううん。パパと日向子を早く会わせてあげたかったんだよ!」

  柴犬と一緒に        
   日向子、 誕生日 おめでとう! 
     パパ大好き! 
   岡山は今日も晴れの日いい天気



エピローグ
あれから、数年時が経った。
私は今現在16歳になっている。
今でもあの時の出来事や出会いは夢だったんじゃないかと思う時がある。

そして、今の私なら当時の女性や老人が私に語りかけていた言葉の意味が十分に理解できる。

いや、理解できる様になった、とでも言うのだろうか。

私は、今現在高校には通わずフリースクールに通っている。
幸い、フリースクールでは誰も私に干渉せず、私は好きなことをやらせてもらっているので居心地は良い。
好きな時に通い、自分が会話をしたい時に、指導員さんや友達と話す。
そして、体調が悪い時はフリースクールを休む。

とてもストレスがない環境だ。
しかし、時々思う。
これで良いのだろうかと。

人間は強くもあり、とてももろくて崩れやすい生き物だと思う。
何も弊害がない環境下にずっと身を置いているとそれが当たり前になり、いざ心の障壁が崩れてしまった時などはもう二度と立ち上がれないくらい心のダメージを負っているかもしれない。
人間は困難を乗り越えて初めて、強くもなり、自分に自信が持てると思う。

あれから、逃げていてばかりだった私の思春期だったが一つだけ夢中になれるものを見つけた。
自分で服や鞄、小物などをデザインして作るという作業だ。
初めて服を作ったのは小学6年生の時の家庭科の時間だった。
すでにこの頃の私は自分の殻に閉じこもっており、学校を休みがちだった。
たまたま、家庭科の時間にミシンで作ったエプロン作りがとても楽しく、夢中になれた。
レースを付けてみたり、ボタンを飾ったり。。。
出来上がったエプロンは周りからの評判も良かった。
別のクラスの子が私の作ったエプロンを見にくることもあった。

私は嬉しかった。
初めて自分を認められたような気がした。

それからという日々は、勉強もせず、学校にも行かずに服ばかり作る様になった。

自宅にミシンはなかったので、針と糸を安く買ってきて自分の持っている服と違う服を掛け合わせて古着を作ったのが第二号だ。
最初は古着ばかり作っていたが、あまりにも熱中するので両親が本格的なミシンや生地、裁縫道具などをプレゼントしてくれた。

両親のその気持ちが私は嬉しかった。

そして、それから私には将来への展望がおぼろげだが、見えた気がした。

『私がデザインして作った服を誰かに着てもらいたい』

そう考える様になった。
その時ふと思い出したことは、あの時、岡山の後楽園で出会った女性と老人の言葉だった。
当時の二人の言葉をよく吟味し、私は一つの結論に辿り着いた。

高卒認定試験を受けて被服科のある大学に行こうと。
大学へ行ってファッションやデザイン、服について学び、もっと今よりも視野を広げたいと思った。
無限の可能性に挑戦したいと感じた。

その夢のためには困難に立ち向かう勇気も必要だと思った。
上手くいかなくて落ち込む日もある。
誰かと比べて焦る時もある。
悲しい出来事があって泣いてしまう時もある。
納得いかないことがあり腹が立つ時もある。

それら全てを自分自身が受け入れてあげたいと思う。

それは、誰もが通る道だと気づいたから。
悩まない人なんてこの世にいない。
みんな一緒。

そして、私も見つけられたようにあなたも夢中になれるものを見つけて下さい。。。

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