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なぜ日本の株価指数は揉み合った後、急に動き出すのか

今回はなぜ日本の株価指数がキリの良い数値の付近でもみ合った後、ひとたびキリの良い数値に達した後には急に大きく値動きを始めるのかについて考察していこう。揉み合う理由にはもちろんいくつか理由があり、利確やテクニカル勢のトレード等が挙げられる。その中でも日本に特有で、もみ合い後の値動きに関係しているものに、仕組債の存在がある。今回はまず株価指数連動商品としての仕組債とそのオプション部分のヘッジについて概説した後、スポットがノックイン付近にある場合のディーラーサイドのデルタヘッジについて解説し、これがマーケットに与えるインパクトを説明しようと思う。仕組み債のノックイン付近のトレーダーのデルタヘッジは、たとえば金融危機、VIX ショック、コロナ危機のときのようにスポットが急落した場合に特に大きなインパクトをマーケットに及ぼす。これらについて理解しておくことで、いつどのようなタイミングで押し目買いをいれればよいか、またロングポジションをヘッジしたり、時にはショートデルタのポジションをとればいいかなど、個人投資家にとってもヒントになることは多いだろう。

仕組債とは

まず日本の特有の商品として公募の仕組債というものが存在する。これは多くの投資家から資金を集めて、海外の債券発行体(公的な金融機関やペーパーカンパニーなど)を用いたり信託勘定を用いて国債等を裏付け資産とした信託社債という形態を用いて仕組債を発行するというものである。仕組み債を発行するためには顧客がとることになるポジションをセルサイドトレーダーが株式・先物・オプション等のマーケットでヘッジする必要がある。大規模に行われるこのヘッジがマーケットを歪めるということが日本のマーケットでは起きている。株価指数連動の仕組債についてかんたんに解説しよう。仕組債にはノックインとノックアウトという仕組みが付いていることが多い。たとえば日経平均20,000のときにノックインレベル80%、ノックアウトレベル110%、満期10年の仕組債を購入したとしよう。仮に10年以内に日経平均が16,000(80%)を下回ることがあれば、ノックアウトが起こらなければ満期においてその時点の水準の現金が償還されます。つまり元本を毀損する可能性がある。また22,000(110%)を上回ればその時点で元本が100%で償還される。また10年間ノックアウト/インレベルのあいだを指数が推移し続けた場合はあらかじめ定められたクーポンが支払われ続け、満期において元本が100%で償還される。このような条件になっているものが早期償還条項付ノックインプット売り型の仕組債と呼ばれているものである。

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日本において仕組み債が人気なのはこのクーポンがとても高いからなのである。ではなぜ、投資家はこの低金利の世界の中でそれほど高いクーポンを受け取ることができるのだろうか。

実はこの仕組債の中身は普通の債券(たとえば10年ものの国債)とプットオプションの売り(たとえば10年もの)であると分解して考えることができる。プットオプションを売る場合、約定時点でオプションプレミアムを受け取ることができる。そして10年といったような超長期のオプションプレミアムはもちろん数%の利回りを与えるほど十分に大きい。つまり、仕組債を買うことによって得られる高いクーポンは実はこのプットオプションの売りによって得られるオプションプレミアムだったわけである。

ノックイン付近でのディーラーのリスクヘッジ

では今度はこの仕組債を売る側(セルサイド)の立場になって考えてみよう。彼らは債券の売り、プットオプションの買いのポジションをとることになる。債券の売りのリスクはすぐに先物でヘッジすることができる。

さて、問題は超長期のプットオプションの買いのヘッジである。もちろん10年ものなどといった超長期もののプットオプション(しかも指数がある水準を超えたらデルタが-1になるバリアオプション)などそのままAppple to Apple (完全に同じもの) でヘッジをすることはできない。その用や特殊なオプションのマーケットなど存在しないのだ。したがって超長期もののオプションを扱うエキゾチックオプションのディーラーは1-4年ものなどといった上場していて流動性のあるオプションでヘッジすることになる。エキゾディーラーによるそのリスクヘッジの仕方とそのヘッジが日本のオプションマーケットに与える影響については別の記事に譲るとして、以下ではただ単にノックイン付近におけるバリアオプションのデルタヘッジについてのみ考える。実はこれら、ノックイン・ノックアウト付近ではデルタが不連続に変化するためそのヘッジのためにエキゾのディーラーによって大きな取引が行われるのでマーケットに少なからず影響を与えるのである。

たとえば日経平均16000をノックイン水準としたバリアオプションのデルタは16000より下では-100(先物の売りと同じ)、16000付近では-500、16500で-100、17000では-40、20000では-10などという分布になっている。

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満期でのペイオフを模式的に表現すると上記の図のように描いて差し支えなかろう。指数の値がノックイン水準を下回ると、デルタワンのペイオフとなる一方、ノックイン水準に達しなければ100%で償還される。つまりノックイン水準前後でのオプションの価値は、ノックイン水準以上では青い部分の価値であり、ノックインすると赤い部分の価値になる。例えば満期でなく、タイムバリューが存在したとしても議論の本質は同様である。すなわち、上から指数値が下がってきた場合、ノックイン水準前後でオプションプレミアムが不連続に変化する。ここで参照指数の価格変化に対するオプションプレミアムの変化の比であるデルタは急激に大きくなる(理論上は特異点であり、ノックイン水準でデルタは無限大)。問題はこの16000前後の範囲ににおけるデルタヘッジだ。このあいだにデルタは-100よりも大きくなる。(デルタが大きいといったが、絶対値のことである)16000でデルタが-500のとき、エキゾのディーラーはこのデルタをヘッジをするために、先物をデルタ+500だけロングする必要がある。すなわち、ノックインレベルの少し上では、ディーラーのデルタヘッジは通常よりもかなり大きなロングガンマのヘッジ、すなわち逆張りヘッジとなる。しかし、いったんノックインするとデルタは一気に-500→-100と変化するので、エキゾのディーラー達はそれまでにもっていた先物によるデルタ+500分のうち+400分を一気に投げ売り、デルタニュートラルに調整する(同時にガンマやベガのリスクも一気になくなる)。つまりノックインレベルより下ではエキゾのディーラーはショートガンマの順張りヘッジをするのだ。このときマーケットには大量の先物売りが流れるのでマーケットは一気に下がる。ときどき日経平均の値動きで大きく下落したタイミングでオーバーシュート気味に一気に株価が下がって、また押し目買いやファストマネーのショートカバーによってすぐに戻したりするような現象をみるかもしれないが、こういったセルサイドの仕組み商品の中身の事情が影響していることもあるのだ。

まとめると、仕組債に内包されているオプションのヘッジはノックインより少し上ではかなり強いロングガンマ的な逆張りヘッジがなされることでマーケットが支えられるが、ノックインを一旦下回ると一気にエキゾのディーラーはロングデルタを投げ売り、ポジションをニュートラルにするのでマーケットは加速度的に順張り方向に下がるのである。

ついでにノックアウト付近でのデルタヘッジについても

では次は逆にマーケットがノックアウトレベルまであがったときのことを考えてみよう。ノックアウトするということは元本100%で早期償還が決定するため、仕組債自体の価値がほぼ元本そのものになり、参照指数に連動しなくなる。オプションとして考えると、このときこのプットオプションのデルタは一気に0になるので、今度はディーラーは持っていたプットのヘッジで持っていたロングデルタをはずす必要がある。したがって、ノックアウト付近でもまたデルタに関してはロングガンマの逆張りヘッジが起こる。しかし、そのデルタはたかだか-20 => 0 といった程度なので、ノックインのときのそれほど大きなものではない。しかし25,000や30,000といったアップサイドのキリのいいレベルの付近ではノックアウト付近のロングガンマヘッジが起こり、マーケットが上値返しされやすいことも知っておくとよいだろう。具体的にはノックアウト水準に価格が近づいてくるとセルサイドトレーダーがヘッジのために指数先物を売っていくので上値が抑えられる。ただ、一度ノックアウトすると一気にポジションがアンワインドされ、価格変動を抑えるトレードをしていた主体がいなくなるため価格変動が激しくなったりする。特にニュースがないときの不可解な価格変動の裏にはこういった事情があったりするのだ。今回はここまでということで。

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