
国際経験を生かしながら、自分らしく働く|ボーダーフリー法律事務所 若松 万里子弁護士へのインタビュー
今年、女性初の裁判官・三淵嘉子氏がモデルとなったNHK朝の連続テレビ小説「虎に翼」が放映され大人気のなか最終回を迎えました。NHKの発表によると、8月16日の第100回目の放送回は世帯視聴率18.6%、個人視聴率も10.7%と2022年以降の放映朝ドラマ作品の中で最も高く、現役弁護士も多く視聴している様子がSNSでも見受けられました。
日本で初の女性弁護士は1940年に登録、当時3名でしたが、現在の女性弁護士数は2023年3月31日時点で8,901人であり、1990 年からの33年間で約12倍に達しており増加が顕著です。では、実際に活躍している女性弁護士はどのようなストレスを抱えながら過ごしているのでしょうか。今回はAmiの名古屋における講演会にご協力いただいたこともある、国際経験豊かな弁護士 若松 万里子先生にお聞きしました。
(聞き手:岩田いく実)
愛知県で活躍されている若松先生は国際経験が豊かですね、ぜひご経歴を教えてください。
愛知県名古屋市に生まれ、南山大学の総合政策学部に進学しました。神戸大学大学院在籍中にウガンダ教育スポーツ省でインターンを行い、その後2010年からはJICAの青年海外協力隊としてブルキナファソに派遣され、現地の識字教育省で2年間活動しました。
学生時代から弁護士を志していたわけではなく、貧困問題や教育政策に関心があったんです。アフリカの教育における専門家を志していました。ブルキナファソは最貧国であり、どうすれば教育の拡充を図れるのかと思い、派遣を希望しました。
青年海外協力隊の任期を終えてからは神戸大学に戻り、経済学修士を取得し、博士課程に進学しました。その後出産を経て、国内で働く方向にシフトし、2017年に名古屋大学法科大学院に進み、2021年に弁護士登録を行いました。2023年にボーダーフリー法律事務所を開設し、今に至ります。
過去のご経験は弁護士としての活動の中ではどのように生かしていますか。
海外派遣では、自分の常識が通用しない場所に向かう必要があります 。そこでは、現地の方々と対話し、より良い未来を目指すためには「傾聴」の姿勢を徹底することが重要でした。どのようなお立場の方であってもまずは自分の常識や意見を入れずに傾聴する、という姿勢が無ければ現地で活動することはできません。こうした経験は、法律相談の依頼者との対話でもそうですし、個人的に力を入れていきたい難民支援や外国人労働者問題などでも欠かせないので、過去の経験が生かされていると感じますね。
やりたいと思ったら、まずやってみることが多いですね。おかしな状況を変えたいと思ったら、一人でも行動に移していきたい。
英語・フランス語を使って事件を受任されることもあるそうですね、どのようなご相談が多いですか。
外国籍の方の一般民事・家事・刑事等全般ですね。外国籍の方の事件は他国の制度・法律も調べる必要があるので、通常の日本国内の事件とは異なります。調べものをする際に日本語以外の言語が必要となるケースが多く入ってきますね。あとは、個人的に関心があり入管難民事件も積極的に受けています。
独立前から名嶋 聰郎 弁護士、川口 直也弁護士が代表理事を務めている名古屋難民支援室(Door to Asylum Nagoya)にプロボノの希望をお伝えして、事件をご紹介いただき受任してきました。
ウィシュマさん死亡事件の弁護団にも参加されています。どのようなご経緯で参加に至ったのでしょうか。
この事件は名古屋入管で起きたものです。とても身近な場所で起きてしまったと思い、私も何かできないかと思い弁護団にこちらからお声掛けさせてもらいました。最初、残念なことに名古屋の弁護士は弁護団に参加していないと思っていたんですが、先に触れた川口弁護士や、永井康之弁護士が「えっ参加しているよ」とおっしゃっていて、じゃあ私も参加したいです、と入れていただきました。やりたい事件は、結構自分から手を挙げています。
この裁判では医療班(適切な医療の提供義務違反)を担当しており、医学書や医師の意見書の内容を裁判所に対してそのまま出すのではなく、裁判官にわかりやすい形にする部分で苦労しました。33歳という若さでなぜ亡くならなければならなかったのか。その部分を客観的な証拠とともに主張することが難しかったですが、素晴らしい弁護団の仲間と一緒に悩むことができ、この経験が私の財産になっていると感じています。
多くの外国人の方々が国内で働くにあたって、今どのような苦労に直面されているのでしょうか。
在留資格や外国人の人権については、今なお1978年のマクリーン判決が裁判所の基準となっており、入管をはじめとする行政側に根深い偏見をもたらしています。まるで在留資格がない人の人権は守らなくていいとでも考えているかのような、非人道的な扱いを受けてしまっています。
在留資格があっても、まだまだ外国人を労働力としか見ずに使い捨てるかのように扱っているところがあるので、たとえばコミュニケーションが十分にあれば起きないような労災事件が外国人労働者の立場にいると起きてしまうんですね。
弁護士としては、これからもおかしな状況は変えるべきだ、と主張していきたいと考えています。
紛争にはストレスは必然。だからこそ、自分を客観的に見つめることが大切です。
弁護士になってからは、どのような場面でストレスを感じることがありましたか
弁護士を目指した時、周囲の方から「ストレスの多い仕事だよ」と聞いていましたから、何となく大変な仕事だろうなという覚悟はありました。相手方とのやり取りも大変な時がありますが、弁護士って依頼者からも責められるシーンがありますよね。全方位から意見をぶつけられる時には、この仕事はやっぱり大変だなと感じます。
認定心理カウンセラーの資格も取得されたそうですね、きっかけはありましたか
プライベートと仕事の多忙さが重なり、疲れを感じる時期がありました。子どもがまだ小学生なので、子育てもありますし。家族の協力は得られているのですが、子育てを外注し過ぎてはいけない、という思いもあります。子どもと向き合える時期は限られていますよね。
母親としての自分、弁護士としての自分の間で揺れ動き、悩むことは多いです。女性弁護士の多くは子育てと仕事の両立に悩んでいるのではないでしょうか。子どもが母親に甘えたい時期に仕事をセーブして後から後悔したくないと思っていました。
そんな時に、自分の心を自分で整えたいと思うようになり、認定心理カウンセラーという資格に関心を持つようになりました。事務所を独立して自分でスケジュール管理ができるようにし、1年かけて勉強し認定心理カウンセラー2級の資格を取得しました。心の悩みやストレスを客観的に見つめるためにはどうすればよいか、資格の勉強は大変良い機会でした。ストレスに強い弁護士も多いですが、紛争に携わる仕事なのでどうしても疲れは溜まりやすいですよね。弁護士こそ、自分の心身を見つめ直す時間を作ることが大切だと思います。
あと、疲れを減らすためにも、自分の時間と仕事量をコントロールするために独立しました。やりたい仕事を選べますし、収入も自身が納得できる分があれば満足ですしね。
弁護士の枠に囚われず、国境を越えていける仕事をしたい
今後はどのような法律事務所、弁護士を目指していきたいですか
今は1人で事務所経営をしているので、まずはのんびりとマイペースに事件を受任していきたいと考えています。また、やっぱり外国の方々の事件や人権問題には力を入れていきたい。優秀な外国の方が経験や能力を発揮できずに困らないように、場合によっては日本以外の国で安全に働けるようにサポートしていくための一般社団法人を設立予定です。(一般社団法人ボーダーフリーの設立準備中です)
今後も、日本国内の制度についても変えていく試みにも参加しつつ、弁護士の枠に囚われず当事務所の名前に込めた「国境を越えていく」ような仕事をしたいです。やりがいのある仕事をやっていると、やっぱり楽しいですしね。
入管難民事件など、公益的な訴訟は弁護士の負担が大きいと耳にします。今後若手弁護士が参加していくためには、どのような工夫があると良いでしょうか。
入管難民事件などは、やはり収入とは切り離して弁護士が作業する必要がありますよね。そこで、弁護団が結成されるような事件だと「CALL4」 のような試みは今後も重要になってくると思います。
CALL4は日本で初めての「社会課題の解決を目指す訴訟(公共訴訟)」の支援に特化したウェブプラットフォームです。支援いただける場合、どなたでも自ら寄付金額(最低支援金額は500円)を設定して寄付していただけて、支援者の方は裁判の進捗を事件ごとのページで見ることができます。 ウィシュマさんの事件でも、支援者の皆様からいただいた寄付を原告の滞在費用や弁護団の訴訟活動に必要な諸費用に充てることができ、大変助かっております。
ありがとうございます、最後に日々奮闘する弁護士へメッセージをお願いします。
今後も外国人の方々への支援や、入管・難民に関する問題に取り組んでいきたいと考えています。この分野は行政書士や福祉などの専門家だけでなく一般の支援者の方々の力が必要で、連携しながら進めていく必要があります。弁護士だけでは解決できないことが多いので、なるべく多くの方々と協力していけたらと思います。
弁護士の仕事は依頼者から感謝いただけないこともあります。せっかく弁護士になったのに期待していた仕事と違う、という経験もすると思います。私の周りにもストレスを抱えている弁護士がたくさんいます。
長い目でみて、疲れたらゆっくり休んだらいいと思いますし、他の仕事をしてみてもいいと思います。寄り道や回り道だと思っても、振り返ってみると貴重な経験になっていることもあるはずです。
他人の評価に振り回されず、時々立ち止まって「自分がやりたいことは何か」考える時間を作ってみてほしいです。
終わりに
今回は、国際経験を生かして、入管や難民問題に取り組む若松万里子先生へのインタビューへのインタビューでした。弁護士は様々な分野で活躍できますが、自分のやりたい分野で仕事をすることは必ずしも簡単なことではないかと思います。若松先生のお話には、このような課題を解決するヒントになるお話があったのではないでしょうか。
Amiではストレスや悩みを抱えた先生方向けにカウンセリングを提供しております。国家資格を有するだけでなく、日弁連や各弁護士会にてメンタルヘルス研修経験があるカウンセラーや弁護士業務に精通したカウンセラーがお話を伺いますので、お悩みの方は是非ご検討ください。
法律事務所向けのサービスとしてリスクマネジメント支援サービス等を提供しております。所員の心身のコンディションが気になる、不調者が多いように感じるというお悩みがありましたら、是非お問い合わせください。