人民の異議申し立てと党中央の譲歩 ―江沢民逝去という加勢―
11月末に中国各地で起きた学生・民衆からの異議申し立てと、それに対する政府のコロナ対応の状況を大局的に見るならば、党中央は初めて、人民から受けた抗議に対して譲歩し、不本意な後退をしました。各地で実際にPCR検査施設が閉鎖されるなどしています。建国以来初めてといえば過言になるかもしれませんが、少なくとも1989年の天安門事件の時のように、指導部の内部に明確な異論が存在しない一枚岩の状況の下では初めてといえるでしょう。
現指導部に批判的な外部の勢力からは、党中央は弱体化していると見えているでしょうし、中国は今後も下からの抗議による揺さぶりが起こりやすくなる新しい局面に入りました。これは、トップダウン一辺倒だったこれまでとは根本的に異なる情勢といえます。
なお厳密には今回の全国的な抗議を受けて譲歩したというよりも、11月11日に先行して出されていた従来の厳格なゼロコロナ政策(中国でいう「動態清零」)の緩和方針(「二十条措置」)を徹底したということになります。方針は封鎖エリアを過剰に指定することの禁止や、濃厚接触者の指定施設での隔離期間の短縮などを定めていました。
中国では地方政府のトップがさらに出世できるかどうかは中央の印象次第ですので、地方の党書記や市長のクビが飛ぶことを恐れて地方都市での緩和は及び腰になります。当局にしてみれば、党中央の方針は間違っていないのに、地方政府が従っていなかったという言い抜けが可能です。
今後の焦点としては、現在こうして「なし崩し」的に行われているコロナ対策の転換を、指導部の権威を保ったまま、どうやって人民に説明して納得させるかです。習政権はこれまで国内向けに、ゼロコロナ政策によって中国は新型コロナの封じ込めに成功してきたと強調し、それを体制の優位性にまで結びつけることで、政権の最大の成果のような看板政策になってしまっていて、その撤回は容易ではありません。できるのはあくまで軌道修正ですが、その論理構築が難しい。下手をすると、王様は実は裸であり、西側ではすでに終息に向かっている新型コロナ禍から自国がいつまでも抜け出せずに経済の混乱ばかりが続いているという批判が燎原の火のように上がってしまいます。
しかもコロナ対策担当の孫副首相(共青団系、先の党大会で政治局員から中央委員に降格)以下の言明は、オミクロン変異株に置き換わって以降 毒性が弱まっていたことを伏せたうえで、最近になって毒性が弱まったことで緩和が可能になったとする欺瞞に満ちたものです。
事情は何であれ、いったん体制側が譲歩した以上、反対派は勢いづくものです。このまま事態が終息することは考えられません。くわえて今回、江沢民前々主席の絶妙の(当局にしてみれば最悪の)タイミングでの死去とその追悼式典が重なりました。
すでに中国国内では、先週の抗議運動で用いられた手法である「白紙」を含む単語は、当局の検閲によって各種のSNSでは検索できなくされています。
しかしながら ①6日に党による公式の追悼大会が開催される中で、「追悼」とか「長者」(江氏を指す隠語)といった、人民の敬慕の念を表す言葉を削除することはできません。当日の夜にかけて追悼と称する自発的な人民の集まりが、各地の大学構内や路上で再び開かれることでしょう。そしてSNS上の画像からは削除された白紙が、抵抗のシンボルとして再び高々と掲げられることでしょう。江氏の死去は、そのための絶好の機会を与えました。そもそも天安門事件にしてからが、もともとは失脚して亡くなった改革派の胡耀邦総書記(事件当時のトップであった趙紫陽 総書記の前任者)の追悼から始まったものでした。
もう一つの抗議集会のタイミングは、②中国ではいわくつきの12/10の「世界人権の日」(世界人権デー)です。世界人権宣言の採択を記念したこの日は、2010年の劉暁波氏へのノーベル平和賞授与(当人は獄中にあって賞を受け取れないまま その後死去)につながった人権関連の意見表明が行われました。しかも今年はたまたまこれが、この週末の土曜日に当たっています。
ということで今週は2度も全国的な抗議集会の集中が見込まれる、体制にとっては不都合きわまりない週になっています。これによって先週に続いてどの程度 体制がダメージを受けるのか、注目してゆきましょう。
習政権にとって今後の最悪のシナリオは、以下の2つです。
1. 各地で群衆が街頭に繰り出して「長者」を追悼する集まりが、習政権と共産党体制への批判のデモに転じて制御しきれなくなること、そしてやがてそれが再燃し、警察や武警(機動隊)の一部がこれに合流して大きな流れとなること
2. 不本意なゼロコロナの緩和の結果として、先進国ではとうに感染のピークを過ぎている今になって、ただでさえ過去最大の感染者数に達している感染状況が一段と悪化し、高齢者を主体に死者が爆発的に増えてゆき(中国では都市封鎖頼みで高齢者のワクチン接種率が低い)、それがさらなる政権批判につながること
後者の2.は、中国では今後とも政権批判のタネが尽きないことを示しており、習政権にとってはきわめて深刻といえます。
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