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デマゴーグの出現、投票年齢引き下げの影響、そしてSNS選挙化 ― 兵庫県知事選開票結果とミニ・トランプの割拠する世界 ―

はじめに

普通に考えて、はたしてまっとうな判断だったのかそもそも疑問を抱かせる、今回の兵庫県民の民意でした
全会一致で不信任決議を行った県議会との関係、内部告発に対する斎藤氏の対応から県庁幹部に自殺者まで出た県庁職員との関係は、出直し県知事選でみそぎを得たという一点ではただちには改善するものではありません。彼が選出されることで、知事と議会との関係は平行線で冷え込んだままですし、年明けにも予想される百条委員会の調査結果の報告書次第では、県政は再度大きな混乱に陥ることは明白です
そして人間反省したとはいえ、そうそう変われるものではありませんから、百条委が実施した県職員アンケートで、4割が「パワハラを見聞きした」と回答している状況下では、県庁も斎藤知事の下では十全に機能しないことは容易に想像されます。当初は低姿勢であっても、次第にまた元のスタイルに戻ってゆくことでしょう。
くわえて県と市長会、ひいては県下の市町村との関係もただちには円滑にはなりません。はたして県民は、そこまで考えて判断しているのでしょうか?
今日の選挙を通じて、どうしてこうした「民意」が出てきてしまうのか、以下で考察してみます


1. 全般的にいえること

まず指摘できることは、①結果として40代と最年少の候補が当選しており(斎藤氏は3年前の前回の選挙ではさらに若かった訳ですが)、若年であること自体が有利に働くという、近年の各種選挙の流れを踏襲した結果になっていることです
次に、②もともと今回の出直し兵庫県知事選は混沌とした中で始まったことです
内部通報の渦中で県の元局長は自殺しており、本来昨年度末であった彼の定年退職の時期を遅らせてまで処分を行った斎藤知事ならびに県庁執行部の元局長に対する報復的な対応はあきらかにやり過ぎであったことは事実です。くわえて職員に対して通報者の特定を求めており、内部通報の扱いには過ちもありました。
しかしながらこれは20年の米大統領選挙のさいのトランプ大統領による扇動と連邦議会議事堂占拠事件との関わりの問題と同じで、あきらかな不正があったとは、誰も断定できない状況です。そこに失職者を殉教者扱いする陰謀論の湧いて出る余地があり、こうした混沌とした始まり方こそが、今日的な政治状況にとって重要であることを示しています

2. デマゴーグの出現と衆愚政治化

2.1 立花氏の参入と、状況のカオス化

これについては、私のように県外にいると分かりにくいのですが、以下の代表的な動画をご覧いただけば、おおよその雰囲気は分かります。扇動政治家、立花孝志氏は県知事選の候補として選挙に参入していながら、自身への投票を呼びかけるでなく、一貫して斎藤前知事(当時)の援護射撃を行っていたのです(もちろん最後に自身のいわゆるNHK党への支持は呼びかけてはいますが)。

見れば分かるとおり、誰が主語で裏付けがあるのかどうかさえも分からない話を、延々と面白おかしく喋っているだけの動画です。昨年3月に参議院から議員を除名された、同党の「ガーシー」元議員のスタイルにも通じる、情報ソースを匂わせる裏話と自身の影響力の暗示で食べている、話し上手な政治ブローカーといえます

https://x.com/geracha_n/status/1851961393886695506

こちらは県内各地の選挙ポスター掲示板に張り出された氏の今回のポスターで、これを媒体として、読めば分かるようにNHKを職員として週刊誌に内部告発した自身を引き合いに出して、TVでパワハラ報道される首長こそが正義であるという、破綻した論理を繰り返し述べているのです。
既存のマスコミ報道を捏造と決めつけて自身のユーチューブ動画に誘導するスタイルに、多くの有権者がまたもまんまと乗せられたことはあきらかです。

2.2 日本の政治の劣化

それだけで済んでいればよいのですが、この人といい山本太郎氏といい、元メディア関係者が個人商店的な小政党を率いて政治をビジネス化することで食べていて、そのことを通じて日本の政治を質的に貶めてしまっているのは大きな問題です(立花氏は以上に見るような衆愚政治化を推進しており、山本氏は財政規律を無視した人気取り政策を次々にぶち上げて党勢を拡大している)。
この点は後述する4.と関わってきて、メディアによる世論や選挙結果の誘導を良くも悪くも困難にしています。

3. 世代間の分断

3.1 投票年齢引き下げの影響

今回、若者は大挙して前知事に投票しています。『毎日新聞』他によれば、10代と20代の若者は7割近くが同氏に投票したといいます。30代についても大差なく、世代間で大きく投票行動が割れています。

https://news.yahoo.co.jp/articles/e95eee8a53e6c80f278e1b74a19004c484b22b19

政治のSNS化が、これまで政治に無関心とされてきた若者の投票への動員につながっていることは事実です。ただし偏った誘導がなされています。これまた、トランプ現象と同じで、アメリカで8年前に起こっていたことが、遅れて日本でも起こるようになっているといえるでしょう。
また全体の投票率56.03%は、前回の知事選に比べ15%ほどの上昇で、MBSによれば兵庫県知事選で50%を超えるのは2013年以来11年ぶりのことでした。この差分の相当部分がSNSによって誘導されて嵩上げされているわけで、選挙への関心が高まったと、こうした数字を額面どおりに受け止めていいのか、ということです。

3.2 投票行動分析

今日の選挙では、何かSNS的に参加者が飛びつけるような新鮮なストーリーが必要とされているということが言えるでしょう。それによって若者にとって選挙が「イベント」となり、街頭演説会場に続くソーシャルとリアルの接点としての投票場に足を運ぶのです。
記憶に新しい主要な国内の選挙の流れとしては、前々回に当たる都知事選(7/7)での石丸候補の善戦、前回の総選挙(10/27)での国民民主党の躍進、そして今回の斎藤候補の再選となります。いずれも陣営によるSNSの活用が街頭演説への動員を呼び、当初は注目されていなかった伏兵的な候補や政党が躍進するという、同じ図式です。振り返れば、2016年の米大統領選でのトランプ氏も、当初は泡沫候補扱いでした。最初は注目されていない候補がソーシャルでの発信に長けていると、若者にバズって、それがそのまま投票行動につながります。自分たちが発掘した、見つけ出した候補であると若い有権者に思わせることが肝要になります
今回については、パワハラ問題によって県政界で四面楚歌になって追い込まれて失職した前知事が、相当ねじれた形でこの図式に当てはまったということです

4. SNS選挙

4.1 マス・メディアの退潮

かつてのTV全盛時代に、特定のチャンネルしか見なかった視聴者のように、自分好みの特定のSNSのコミュニティからしかニュースに接さなくなった、膨大な数の大衆の塊が出現しています。自身に心地よい偏った見解にばかり接していると批判精神は損なわれてゆき、判断力が鈍って他者の見解を受け入れることができなくなり、既存の政治的分断状況はますます加速してゆくのです
人口が伸び続けている社会でないかぎり、SNSに視聴者の「可処分時間」を奪われる一方のマス・メディアの退潮は、新聞の発行部数の低下や、TV局の視聴率ではない絶対的な視聴者数(TVを視る人がどんどん減っていっても相対的に視聴率の高い局とか番組というものは存在するが、実際にはその影響力はどんどん低下している)の減少につながります。そうなれば大マスコミのスタッフの数は減らされ、待遇も悪化して、記事や報道の質的低下が起こることは避けられません。事態は、CMの広告料の減ったTVドラマがつまらなくなるばかりではないのです。

4.2 メディアの退潮と選挙結果

こうして既存の大メディアが空洞化してゆけば、一流大学を出たインテリである新聞社やTV局の記者や解説員等による世論や選挙結果の誘導が困難になってゆき、彼らの影響力は低下します。活字を主体としてきた質の高い議論が衰退すれば、民主制の衆愚政治化が加速することは道理というものです
日本に限定した話としては、こうしたトレンドの決定的な転機となったのが先の都知事選、それを受けた総選挙、そして今回の兵庫県知事選という流れになります。

5. 既成政党・政治家への不信

5.1 兵庫県固有の背景

既成政党・政治家への不信については、今日のSNSの浸透よりもずっと以前から言われてきた問題です。
兵庫県固有の事情としては斎藤県政に至る大状況として、前任の井戸県政の5期20年に及ぶ多選があり、県民が無風の長期政権に飽いていたことがありました。同じ総務(旧自治)官僚出身とはいえ、前回の県知事選では一気に知事の年齢が30歳も若返るという変化が起こり、今回の投票結果も基本的にはその流れを汲んでいるといえます。したがって彼は、まだまだ「改革」を唱え続けることができるのです。
しかも前回の知事選は有力候補が2人とも地方に出向していた総務官僚同士という、異例というより異常な取り合わせとなっていました(対立候補は井戸県政の後半を支えた副知事)。

5.2 県議会・市長会の影響力低下

今回の出直し知事選に至るまでの経緯で、大きな役割を果たしたのは百条委員会を設置した県議会でした。県議会では全会一致で不信任決議案が出されており、県内市長会有志も知事選での対立候補である元尼崎市長への異例の支持表明をしていました。
これらが有権者の投票行動に大きくは響かなかったということですから、既存の県議会とか市長という機構もまた空洞化しており、既得権益者と目されて、とりわけ若い有権者からは遠い存在になっていることが、今回の選挙結果から見て取れます

6. 政治学の退潮

補論的に、マス・メディアの退潮と並んでもう一つ指摘できることは、投票行動分析を含めた選挙研究において政治学が果たす役割が今後後退するであろうということです。ではどうなるかといえば、こうなると集団の行動を取り扱う社会学的な分析の出番となります
社会学部を擁する大学が数えるほどしかないなど、日本ではいま一つ陽の目を見なかったのが社会学という学問でした。そのため社会科学の有力な一翼でありながら、社会学はほとんどの有力大学で文学部の片隅に置かれてきました。はたして社会学は、今後は政治学の領域を侵食しながら台頭してゆくのでしょうか。

むすび

本稿では、開票が行われたばかりの兵庫県知事選の、序盤の情勢とは大きく異なった結末について、過去数ヶ月の国内の主要な選挙のトレンドと、そこでSNSが果たした役割との関連において試論を展開しました。
次の選挙を控えた政治家や政治コンサルタントの諸氏、政党にとって有用な分析であることは間違いないところでしょうが、今後の選挙研究に対して一石を投じるものであることを期待するものです。
選挙のソーシャル化によって、今後ますますミニ・トランプ型の政治リーダーが世界各地に跋扈・割拠してゆくことは間違いないところでしょうが、1期目で四面楚歌になりながらも、前回の知事選での県民からの付託を理由に知事の座に居座り続けた斎藤氏が、今期はそれに輪を掛けたモンスターとならないことを願うのみです。

なお冒頭の画像の出所は下記です。


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政治経済学綜合note: 有賀敏之(福山大学教授/大阪公立大学名誉教授)公式I
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