『1984』的な日本の言論

一つ前のつぶやきと関係するが、それまでは普通に報じられていたことが突如として「ロシアのプロパガンダ」扱いされるようになるという『1984』的な事態が日本の言論空間に起こっている。

残念ながら、このウクライナを西と東で決定的に異なる地域かのように紹介する、いわゆる「ウクライナ東西分裂論」は、ロシア政権が2014年のウクライナ侵攻の際に好んで用い続けた、典型的な偽情報だ。ウクライナの実態は、このように東西を2つに単純に分けることは不可能である。地図を見ながらその問題を検証してみよう。

この👆地図が騙し目的であるとこは見え見えで、ウクライナが二つ(あるいは三つ)の地域に大別されることはそれまでの常識だった。

ウクライナは異なる二つの文化からなる分裂国だ。西欧文明と東方正教会系の文明をへだてる断層線がウクライナの中心部を走っており、しかもその状態は何世紀もつづいている。

サミュエル・ハンティントン『文明の衝突』p.250

ウクライナの場合は、西部にユニアト信徒(東方教会の典礼を保持するが、ローマ教皇の首位権を認める)のウクライナ人、中部にギリシャ正教信徒のウクライナ人、東部にロシア人という、三つの住民集団を抱え、もっと複雑である。

エマニュエル・トッド『帝国以後』p.225

ウクライナは二つに、あるいは三つに分かれている。崩壊途上にあるシステムなのだね。現実には、ウクライナは一度として、正常に機能するナショナルな塊として存在したことがない。見せかけの国家であり、破綻してしまっている。

エマニュエル・トッド『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる』p.58

ウクライナ西部とウクライナ東部、ふたつのウクライナの激しい対立は選挙のたびに表面化していた。2014年にバローゾを委員長とする欧州委員会がそうしたように、ロシアかEUかどちらかひとつを選択するよう強制されたことによって、この国は分割あるいは内戦の危機に瀕していた。

パスカル・マルシャン『新版 地図で見るロシアハンドブック』p.133

👇はNYTが"Ukraine Protest 2014: The Divide, Explained"で示した2010年の選挙結果。

https://youtu.be/pST_oOK-cdg?t=115

👇は旧ソ連時代からの専門家・下斗米伸夫。

https://youtu.be/O8EpK4tv52g?t=787
https://youtu.be/mQN1YUrD7LE?t=3985

この分裂は各地域の歴史的経緯の違いを反映している。

https://youtu.be/mQN1YUrD7LE?t=3880

ソ連崩壊・ウクライナ独立時の領域は、

  1. ロシア帝国がクリム・ハン国やオスマン帝国から奪取して内地化したノヴォロシア(≒👆の桃色)

  2. ロシア帝国がポーランドから「解放」した旧西ルーシ(≒👆の黄色と黄緑色)

  3. ソ連が第二次大戦前後に併合したガリツィアなど(≒👆のオリーブ色)

  4. フルシチョフが1954年にロシア共和国から移管したクリミア半島

で、ウクライナの本体(歴史的領域)と言えるのは2だけである。ノヴォロシアとクリミアはレーニンとフルシチョフによってロシアからウクライナに「転籍」させられた、つまり「本籍」はロシアなので、今日でもロシア文化圏で親ロシア的な住民が多い。反対に、ロシア帝国によるルーシ再統一に含まれなかったガリツィアは嫌ロシアの気風が強く、2014年のマイダン・クーデターではウクライナの純化(ロシア的要素の根絶)を目指すこの地の過激民族主義者・極右勢力が「大活躍」した。

https://www.reitaku-u.ac.jp/research/info/1747227/
石郷岡資料の7枚目
https://www.reitaku-u.ac.jp/research/info/1747227/
伊東資料の5枚目
ハリチナはガリツィア
https://www.reitaku-u.ac.jp/research/info/1747227/
伊東資料の15枚目

👇はマイダン・クーデターのドキュメンタリー"Ukraine Burning"より。スヴォボダと右派セクターは有力な極右団体。

https://youtu.be/7eTuFAR169s?t=1154

反政府勢力が占拠した市庁舎に掲げられたバンデラ。

https://youtu.be/7eTuFAR169s?t=1204

キエフの狂乱👇。

極右勢力は今日でも政府・軍と親密な関係にある。

All we did when the large-scale aggression started was to implement not only our knowledge, which we already had in 2014, but also the skills and the experience we have gained since then. And the most important experience we had and the one which we have practised almost like a religion is that Russians and any other enemies must be killed, just killed, and most importantly, we should not be afraid to do it. And this is what we are doing.

補足①

3/13のインタビューでオデッサを獲得する意思を示している。

Dmitry Kiselev: Russians are probably the most divided nation in the world. You had a conversation with participants of the Leaders of Russia competition, and one of your interlocutors said that we discovered in the Zaporozhye region that they were Russians just like us. I got the impression that it sounded like some kind of revelation to them. In general, and it is true, new regions are joining us now, and Odessa is a Russian city. I suppose there are high expectations for this direction too?

Vladimir Putin: Absolutely! The population density in these regions has always been quite high, and the climate is wonderful.
As for Donbass, it has been an industrially developed region since the times of the Soviet Union. The USSR has made huge investments in this region, in its coal mining industry, in its metallurgical industry. Indeed, investments are required to ensure that all production is up-to-date, and people's living conditions, their working conditions are organised in a completely different way – not as they were a couple of decades ago.
As for Novorossiya, it is a region characterised by a strongly developed agriculture. Here, we will do everything to support both traditional spheres of activity and the new ones that smoothly fit into these regions and with people's desire to develop them. You know, the people there are very talented.

クレムリン公式英訳より

補足②

フランスの専門家による『新版 地図で見るロシアハンドブック』より。

ポーランドは14世紀以降、旧ルーシの諸公国を征服して、正教徒を強制的に改宗させることを教化的使命としていた。正教徒を異端者とよび、「異教徒」とさえみなしていたのである。ポーランドは西方教会の「真の信仰」を守る東の城壁であろうとした。「地上で唯一のキリスト教徒の王国」である「聖なるロシア」も、「異端者」にまったくゆずらない。ロシアにとって、西側で「ポーランド分割」とよばれているものは、カトリック教徒に侵略された正教徒の地が解放される段階にすぎないのである。16世紀以降、隣あうポーランドとロシアの対立関係は、救世主思想的な側面をもつようになる。
20世紀末にはポーランドで、「真の信仰」の十字軍という思想が、バルト海と黒海のあいだの地峡からロシアを根絶しようとする意思となって、ふたたび頭をもたげている。

p.17

さきの戦争、ナチ・ドイツ、西側からの侵攻の記憶はいまだにきわめて強烈であり、今日また新たな形で正教会とロシアの地に、西からの進出のようなことがあれば、そのすべてに特別な意味をあたえてしまいかねないのである。

p.22

西ヨーロッパから見て、バルト海から黒海のあいだの地域は、歴史的に動揺の激しい周辺地域である。モスクワから見ると、そこは歴史的にロシアの存亡がつねにかかっていた地域なのである。ロシアのリーダーが、そこで起こっていることに無関心でいることはないだろう。

p.91

その通りになった。

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