見出し画像

『I.G交差点』ひとりめ: P.A.WORKS 堀川憲司代表取締役 (第4回)

horikawa_胸像

PA_rogo_切り抜き

第3回からの続きです。今回が最終回です。
第3回目はこちらから。


アニメ業界をよくするために、堀川さんが考えていること

――――:吉原さん中心にクリエイション部が育ってきているとお聞きしましたが、P.A.WORKSさんが3つの展望「ブランディング」「制作の管理能力の強化」「内製強化」を掲げたのはなぜでしょう?

堀川:あのビジョンを掲げたのは2018年の秋だった。ここ5年くらい、制作現場としてアニメーションが以前よりも作りづらいものになってきていると感じる。作っても作っても予算から足が出てしまうし、納品はいつもギリギリになる。作品に拘り過ぎてそうなっているというよりも、いろいろ複雑な要因が絡まって作りづらくなっている。業界全体の人材不足も含めて制作進行の手に負える問題ばかりじゃない。こんな状況の中でもまっとうに作り続けるには、みんなが希望の持てるビジョンを提示して、そこに向かってみんなでこの状況を乗り越えていこうぜ!――という力強さを会社が示さないと難しいなと思ったから。このまま、制作現場のこの状況を放置していたら、いい方向には好転しない。改善しないといけないという危機感からビジョンを提示したんです。

――――:この先、アニメーション業界がどうなっていくのか、気になりませんか?

堀川:僕はアニメーションは伝統工芸的にでもいいので、この技術を活かして作り続けたい。情報量や写実的に見せる映像のスーパーハイクオリティーには、もうあんまり興味はもてないので。今後うちの技術レベルが底上げされてから、若いプロデューサーの中に、そういう映像表現に挑戦したいやつが出てきてもいいけど、個人的には生命の躍動感を感じるアニメーションを見たい。それよりもうちの理念は、物語を見た人が頑張ろうと思えるような、未来に希望を持てるような作品を作り続けるというのが、僕の――、P.A.WORKSの『未来を照らす灯りをつくる』という理念。

アニメーション制作会社としても、改善に取り組んで組織として力をつけて行けば、作り続けていくことができるんだということは示したいと思う。

うちの会社でこんな取り組みをしてるよっていうのをオープンにしているのは、失敗したら笑われるけど、業界の建設的な話題がもっと出てきてほしいと思ってるから。SNS上でも業界の負の部分ばかりが広がるよりも、僕たちはこういうことに挑戦した結果成果が出てきているんだ、という情報を業界で共有したい。クリエイターでも制作進行でも、人材育成で成果をだせるような効果的なものが見つかれば知らせたい。トリガーの舛本くん(舛本和也氏 )が制作進行の仕事についての本をで出してるけど、こういうものがアニメ業界にどんどん出てきてくれたらいいな。

P.A.WORKSはブランディングとして、制作会社として強くなろうと挑戦していること、変わろうとしていること、その先には希望があると思われたい。

アニメのファンって作品を見てくれるだけじゃなく、制作会社のカラーを応援してくれて、ファンになってくれる人もいっぱいいるから、僕らがやっていることを見てほしいなと思う。

それでいうと、I.Gは世界中にファンがいるブランド力のある制作会社だと思う。それを作ってきたのは過去に一流のクリエイターが作り上げてきた作品のカラーだと思う。正直わからないんだけど、昔からこの業界ってマーケティングのことには、才能のあるクリエイター集団はそんなに関心が無かったと思う。大資本のクライアントと制作現場がビジネス戦略を共有して同じ方向を向いていないことが多かった。現場には現場の戦略があった。なので大企業が制作会社を子会社化しても戦略を浸透させることはできなかった。でもいまは、業界のいろんなところで大資本企業による業界の再編が進んでいて、I.Gも活発に動いている。中でもI.Gは数少ない上場している大きな制作会社なので、うちのような零細制作会社とは全然次元が違うビジョンがある。その大きな戦略とI.Gブランドを支えてきた映像部門の戦略が一貫したものにまとめ上げてられていく様が見られるといいなあと思う。

――――:P.A.WORKSさんがファンと向き合っていると言えば、サロンとか始められましたよね?

堀川:うちの過去作品のファンを見てると、最終回を迎えた後も長い間作品のファンでいてくれている人が多いので、それに応えるファンサービスを、ちゃんと考えていきたいなと思ってる。

そのひとつがP.A.サロンの開設。サロンの会員に向けて過去作品の情報を発信し続ける。放送が終わったあともずっと製作委員会に作品の運用を任せられるものでもないので、サロン以外にも自分たちで運用してファンに向けて情報を提供し続けていきたい。具体的には、書籍を作ること。コミカライズやノベライズを考えてP.A.BOOKSを立ち上げた。ファンの中には作品世界の続きを見てみたいという人もいるので、続編をアニメーションで作るのはハードルが高いけれど、書籍でそのキャラたちの後日譚を描くことから始めている。『花咲くいろは』とか『TARI TARI』とか『クロムクロ』の小説がそう。うちのオリジナル作品のクロスオーバーとかやってみたらファンは喜んでくれるかもなぁ。長く作品を大切にしてくれているファンの愛情に応えられるよう、作品の寿命が長くなるように取り組みたい。

――――:ファンに向けて開かれたアニメーションスタジオとしていくのですね。

堀川:ありがたいことに熱いファンが多いので、どんな関係が作れるかを模索しながらかな。制作会社との関係だけじゃなくて、サロン内で作品のファンのコミュニティが形成できると思うし、ある作品ファンのコミュニティと別の作品ファンのコミュニティとの交流とかも考えられるし。今のサロンは、まだまだ手探りだけれど、この先どんなふうにファンとの関係を広げられるかを楽しみにしてる。

――――:僕もP.A.WORKSのサロンの会員ですけど。

堀川:ありがとうございます。サロンで作品を運用するには製作委員会の権利許諾が煩雑だし、片手間にできるものでもないので、小さな制作会社が専属の担当を雇えるのかという難しさがある。I.Gくらい大きな会社ならやったほうがいいと思うけど。過去作品のアーカイブもしっかり管理されているようだし。

――――:課題として取り組んでいる最中です。過去作品の中間成果物とかどうしてますか?

堀川:P.A.WORKSは一定期間保管した後はどんどん廃棄してる。原画や背景素材や映像はデータで残しておけばいいかなと思ってる。ただ、紙素材も廃棄する前に養成所の講師たちが見て、養成所の講義や研修で使えそうなものと廃棄するものを選別している。

――――:ファンに向き合った作品作りをされているP.A.WORKSさんが制作に対してこれから取り組む課題ってどんなことでしょう?

堀川:制作部門でこの2年間問題改善の会議を重ねてきて、生産性を上げることと本来あるべきまっとうな作り方をすることに問題を絞った。じゃあその為にどんな問題の解決と取り組みが必要かというと、「人材不足の問題」、「プリプロでのカロリーコントロールと予算管理の問題」、「リテイク率を下げるまっとうな作り方」、「動画部の復活」、「本社と東京スタジオ間の連携と制作工程の見直し」、「制作進行のスケジュール管理能力向上のための育成プログラムの開発」ということを制作内で共有した。なので次のステップとして、それぞれの問題解決プロジェクトを中心的に担う担当者を置いて、目標と計画を立てて取り組み始めたところ。これらの問題は相互に絡み合っているものだから、1、2年の内には徐々に成果が出始めると思う。この全社で改善に取り組むプロセスを社内文化にしたいと思っている。

クリエイターも物量と技能向上面で、生産性の向上と内製率を上げることを目指している。具体的な育成方法は大将の方針に従って、今までやってきたことの成果を見ながら少しずつ改善を重ねてやっていけば何年かのうちには次のステップに行ける足場は固まってくるだろうというのは見えてる。

そのクリエイターの育成と成長をサポートするには制作が力をつける必要がある。スケジュール管理能力をつけて、まっとうなスケジュールでまっとうな作り方をしないとクリエイターも育たないから。今の現場でみんな苦労しているのは、そんな理想を言っても現場はいつも人が足らず、カットは上がらずで、計画どおりにはいかず目先のことで精いっぱいだということ。救急医療に例えると、常に急患が運ばれてくる状態に対応しなくてはならない。それでもそんな作り方ばかりしていたら将来に希望は無い。将来的なことを考えて長期視点で人材を育てる取り組みを同時並行で絶対にやらなければならない。これが現場では目の前で起こっていることの対処と相反するものだったりする。

例えば今主流の一原・二原のシステムで、一原(ラフ原)をやりっぱなしで二原は別の担当者に振ってしまうようなやり方では若手の原画マンが育たない。だからそれを最初からラフ原ではない通常の作り方に戻していかなくちゃいけないんだということを、かなり強く言っている。それが今の現状の作り方と合わないらしい。フリーの若手演出や作監は、ラフ原でしかチェックしたことがないから、レイアウトチェック時に動きのタイミングまで付いていないと不安になる。

そうすると、制作進行は、会社からの若手原画マンを育てるという方針と、今、現場で流通しているラフ原システムの板挟みになっている。

悩ましいことだけど、そういう場合、会社が決めた方針でこれまでやってきたことは、将来のビジョンの「ここ」に繋がるんだから信じてやれと言うのは簡単なんだけど、短期的に自分にどんなメリットがあるかで判断しがちになる。生産性を上げるってどういうことか、内製率を高めることって何に繋がっているのか。制作進行がスケジュール管理能力をつけて、本来あるべき作り方で、原画マンが数をこなした上で技能も向上するような作り方をしていかないと、演出も作監も稚拙な原画の尻ぬぐいと底上げが仕事になってしまう。演出と作監の生産性はいつまでたっても上がらないよ。だから制作進行も自分が今、やっていることは将来のために、若手アニメーターを育成するために必要なことなんだということ、それが自分たちがサポートできることなんだと理解して、誰かから文句を言われようがそれくらいのことでへこたれないで欲しいと思う。人や組織を育てているんだから時間もかかる。そこを諦めないこと。目先の効果ばかりではなくて、成果が出るまで少なくとも四年は続けようと思っている。

――――:四年というのは、どうしてですか?

堀川:今年でビジョンと戦略を掲げて3年目に入るんだけど、ビジョンを策定した頃に取引をしている銀行の営業マンと話しをしたことがあったの。その銀行の営業マンの方たちが、自社の改善の取組のことをすごく楽しそうに、誇らしげに話すんです。自社のビジョンを社員が楽しく話せるのはすごいなと思ったので「成果が実感できるようになるまでどれぐらいかかりましたか」と聞いたら、ちょっと考えてから「四年です」と言ったんです。だからその言葉を信じてる。四年やってなにかを感じられるらしいので、四年はへこたれずにやろうと思った。

クリエイション部は既に少しずつだけれど成果が見えてきた。制作部は2年間かけて次のプロセスに移行できたので、あと2年くらいで明らかに変わってきたというのが見えると信じてる。

……でも、制作業務見直しの会議を始めた頃は、この会議になにか意味はあるんですか?――という空気はあった。それでも当時の会議の議事録からずっと通して読んでみると、2年ちょっと続けていて、割と空気は変わってきたなという印象がある。新人の制作進行も言いたいことが言えるようになった。ガス抜き的なことも含めて、空気は変わってきたかな。何が制作現場の問題解決の障壁になっているかというのは共有できたと思う。誰もがその状態から変われるものなら変わりたいと思っている。なので次はその改善の中心的な役割を誰が担って、どんな計画で進めるか。これから1、2年くらいで更に変化は加速すると思う。そしたら僕らはこういう取り組みをしてみたら、こんな成果が出ましたというのをまとめて公開していきたいです。

――――:楽しみにしています。クリエイション部が柱となれば、周りも育ちますよね。

そのためにも制作部がしっかりしないと。例えば、社内原画マンの内製率と生産性を高めるために、全話作打ちから原画アップまで10週間を確保することを考えたら、企画開発から絵コンテUPまでのプリプロのスケジュールをちゃんと管理できるプロデューサーの力が必要。数年前まではうちはここが弱かったので、この重要性を認識するところから改善を始めた。その次に作打ち以降の制作のスケジュール管理能力と、原画マンの物量と技能向上のための取り組みを連動させてビジョンを達成する。今起こっている大きな問題を解決するには、様々なセクションが絡み合う制作現場では、どこか1カ所をこうすればいいというものじゃない。日々現場でドタバタしながらも、長期視点で同じ方向に向かって組織的に、戦略的に変わっていかなければならないと思う。

――――:全部できたら最高ですね。

徐々に、徐々に見えてきているような気はしています。

――――:期待しかないですねぇ。

海外発注のキャパが増えたことと、海外との素材のやりとりがデータ化されたことの功罪で、動画と仕上げのスケジュールのデッドラインがどんどん後ろにズレてきた。そうすると、制作は前もって発注先のスケジュールをこまめに抑えておく必要がなくなるので、緻密なシミュレーションは必要が無くなる。デッドライン数日前にドンとまとめて送って、数時間単位でサーバーで素材のやり取りをするようなギリギリの、納期に間に合わせるための裏技のような作り方を覚えてしまう。

それでも納期には間に合うかもしれないけれど、そんな作り方はリテイク率が跳ね上がるんです。リテイクの修正で納品前に検査や撮影にものすごい負荷をかけて、右往左往してバタバタと作る。リテイク修正のために無駄な赤字を出す。一度、そういう裏技的な作り方を覚えてしまった制作進行を、『まっとうな作り方』に矯正していくのはとても骨が折れる。納品前1カ月の緊張感と粘りを、作打ち後立ち上げ1カ月間に持ってくるだけでいいんです。立ち上げの管理が甘すぎると思う。それができるスケジュール管理の緊張感と作品に対する責任と自負があれば、制作の生産性はものすごく上がると思う。時代は変わったので、その厳しさを制作デスクの鉄拳じゃない方法で浸透させるノウハウを開発する必要があるんだろうと思う。

――――:昔ながらのやり方は面白いですよね。


堀川:昔はスタッフが集まってやったラッシュチェックをする習慣がなくなってきたことに危機感を持っていて。自分が上げたものを監督や他のクリエイターがどう評価するのか、どう見られているのかを直接知る場が無い。評価されれば嬉しいし、上手くいっていなければ恥ずかしい。昔は全く考えなかったんだけど、ラッシュチェックは自分の仕事に興味と責任を持つ機会になってたんじゃないかと。それで、うちでは作画チームが担当した話数の納品が終わった段階で、作画チームだけの講評会的なものをやっていて「君のこういう拘りがここに出てよかったね」とかを作監から若手原画マンにしてもらうことを去年から始めた。自分や他の原画マンの作画はどんなふうに作監から評価されるのかや、作画の技能はどんな視点で分析されるのかを若手が知る機会になっている。スタッフからもこの機会の評判はよくて、「自分が拘って描いたところが評価されて嬉しかった」とかね。この小さな褒められた体験で技能に対する好奇心が芽生えればいいと思う。この好奇心が更に強い探求心に繋がれば、後は勝手に伸びていくのかなと。昔から職人の技術は教えるものじゃなく盗むもんだとよく言われたけれど、その前提の探求心が芽生える機会になると思う。

――――:すごいですね。

堀川:これも大将のアイデアだから。近い将来僕が引退するときに、今のスタッフが育ってここまでのものが出来るようになったんだなと思えたら、僕は幸せ。僕自身が現役のときは到達できなくても次の世代のプロデューサーが育っていればその先は作ってくれるじゃない? 企業を作る、組織を作るってそれを可能にすることだと思う。経営者としてそれは嬉しいこと。僕が一人のクリエイターだったら、作品は自分の現役選手生命とともに終わっていくけど、自分が育てた組織で育った若手が、僕が到達できなかったもをの作って見せてくれたら良いなって思う。

――――:とても勉強になりました。本日は長い時間、どうもありがとうございました。

堀川:どういたしまして!

インタビュー後記

P.A.WORKSの代表取締役・堀川憲司さんへのインタビュー、いかがでしたでしょうか。
僕から見て堀川さんの昔の印象は身体も大きく、『人狼 JIN-ROH』で沖浦さんや神山さんとやりあっている人だったので頑固そうな印象を持っていたんですが、ある自発的な企画塾のような場で堀川さんが原作からアニメにしてみたいと出してきたのが村上春樹の『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』だったことと内容に対するロマンチシズム溢れる企画内容が印象的でそれが記憶にとても残っています。アニメーションを作り続けることに情熱を持っている人であること。それがずっとあって、今回、こうしたインタビューの機会をいただけたことは僕にとっても、とても嬉しい時間を過ごせてなによりでした。

なお、P.A.WORKSさんのオンラインサロンはこちらです。


この『I.G交差点』では今後もI.Gを経て独立された方、I.Gの中で活躍しているスタッフさんにインタビューをしていく予定です。次のインタビューをお楽しみにお待ち下さい。

『I.G交差点』ひとりめ: P.A.WORKS 堀川憲司代表取締役 
は以上となります。(全4回)
[ゲストと聞き手]
ひとりめ 堀川憲司さん(株式会社ピーエーワークス 代表取締役)
聞き手 藤咲淳一(株式会社プロダクション・アイジー 脚本家)

『I.G交差点』とは

Production I.Gのnoteをスタートしようとなったときに、作品の公式サイトでも、I.Gの公式サイトでもない、noteという媒体で何を伝えたいのかな考えました。
作品のことでもなくて、単なる企業の今を伝えるということでもないな、そうぼんやり思いました。じゃあこの場では何を発信したいのか?考えて、考えた結果、もっと内側の「人」のことを伝えられないか、と思い立ち動き出したのが「I.G交差点」です。
ものづくりの会社には毎日たくさんのスタッフが出入りします。ずっとI.Gにいる人もいれば、今日新しく入ってくる人、そして、新しい場所へ向かう人もいます。
人が行きかう「場」としてのI.Gの輪郭を、様々な立ち位置の方たちからインタビュー形式でお話しを伺いながら、見つけていきたいと思います。
記事公開日:2021年2月12日
一部修正:2021年2月12日