
Vol.55 ギニアで伝統音楽の芽を育む日本人女性に取材をしてみた。
日本から遠く離れたギニアで、ギニアの伝統音楽の芽を育む日本人女性がいることをみなさんは知っているでしょうか?
2010年にギニアに移住し、現地でアフリカ布を使った雑貨や服、ギニア楽器の販売や日本人向けにギニアツアーを行うINUWALI AFRICAを設立。現在、ギニアの伝統音楽を目指す子どもの支援や日本人向けにギニアツアーを行うなど精力的に活動する、バー由美子さんに取材をしました。
伝統楽器であるジャンベをきっかけにギニアへ
Qギニアとの一番最初の関わりについて教えてください。
A当時、夢中になっていた、西アフリカの伝統楽器「ジャンベ」がきっかけで、ギニアを好きになりました。ギニア出身のジャンベ演奏者でとても有名なママディ・ケイタさんという方が、ギニアでジャンベのレッスンツアーを行っていて、1999年に私もそのツアーに参加したんです。
実際にギニアを訪れてみたら、ジャンベよりもギニア自体の魅力に心を奪われてしまいました。その後、ツアーで出会ったギニア人男性と結婚したんです。そして、彼と二人三脚でツアーを始めたり、ギニアの文化を日本に伝える活動をするようになりました。ただ、のちに彼とは別れることになったので、今では「元夫」という形になりますが……。
Qツアーやギニア文化を日本に伝える活動はギニアで行っていたのですか?
Aギニアツアーはギニアに移住する前から行っていました。アフリカンダンスのダンサーだった元夫が、ダンスレッスンの生徒さんたちを、本場ギニアに案内するツアーとして行っていました。
当時、私は東京でお店を経営していました。ヴィンテージものが流行っていた時期です。アメリカで仕入れた古着や雑貨を東京で売るということをしていたんですね。
ただ、ギニアに出会ってからは、ギニアのものをお店で扱うようになり、アフリカ布を使って自分で洋服を作り販売を始めました。
Qかなり前からアフリカ布に関わっているのですね。当時は今よりもアフリカ製品を扱っているお店は少なかったですか?
Aそうですね。当時は、アフリカ布を好きだという方自体ほとんどいませんでした。関心を持っているのは、アフリカンダンスやジャンベをしているような、かなりコアなアフリカファンの方たちだけだったと思います。今は、Instagramなどを見るとアフリカ布を扱っているブランドが沢山ありますよね。
Qギニアに住むことになったきっかけは何ですか?
Aギニアにルーツを持つ子どもたちに、幼いうちから現地で一流のアーティストの元で学び、成長してほしいと考えていました。ギニアの伝統芸能には、国や年齢、性別を超えて人と人をつなぐ力があり、世界中の人たちと仲良くなれる。そして、自分のルーツを深く知り、誇りを持つきっかけになると思ったからです。
また、彼らには「世界にはさまざまな人々がいて、いろいろな生き方や価値観がある」ということも知ってほしかったんです。
Q東京でやっていたお店を畳んでまでギニアに移住する際に葛藤などはありましたか?
A東京のお店で、アフリカ布を使って自分で作った雑貨や服を売っていましたが、今度はギニアで暮らしながら、現地のテーラーさんたちと一緒に物作りをしたいと考えました。だからこそ、迷いはありませんでしたね。
Q現在も、ご自身のアフリカ布ブランドの経営に一番力を入れているのですか?
A現在は、弊社主催のギニアツアーの運営とギニアで伝統音楽の道を志す子どもたちへの支援プロジェクトに最も力を入れています。
ギニアで伝統音楽を志すことの難しさ
Qギニアの子どもたちへの支援プロジェクトについて詳しく教えてください。
A貧困により、アフリカンダンサーやジャンベ演奏者といった伝統音楽の道を諦めざるをえない子どもたちが音楽をできるようにサポートを行っています。
Qなぜそのような支援活動を行おうと考えたのですか?
ギニアはフランスから独立後、国民を団結させる目的で、各地から演奏家やダンサーを集め、国立の音楽グループ、舞踊団を作ったんです。日本でいう劇団四季のようなイメージですね。
ギニアの初代大統領セク・トゥーレがそういった舞踊団を作ったのは、国を新しく作り直す中で、人々に自分たちのルーツや誇りを思い出してほしかったからです。長い植民地支配で失われかけていた伝統や文化を取り戻し、ギニア人みんなが「自分たちは一つの国の仲間だ」という気持ちを持てるようにしたかったのです。
また、この舞踊団を通じて、ギニアの素晴らしい文化を世界に伝え、新しい国としての存在を知ってもらおうとも考え、各民族に伝わる音楽やダンスで外国との国交を広めていきました。
舞踊団は、ギニアの新しい未来を作るための大切な一歩だったんです。
国立だけでなく各地に作られた舞踊団は今も続いています。

ただ、これは私自身が現地の人たちと一緒に踊るようになって初めて分かったのですが、たとえ国立の舞踊団であっても、そこで働くアーティストたちは十分な収入を得られておらず、経済的に苦しい暮らしをしているのが現実なんです。
外国人は本場ギニアにジャンベやアフリカンダンスを学びに来て、その技術を自国に持ち帰り、先生としてレッスンを開き収入を得ています。でも、その一方、ギニアの人たちはその恩恵を受けることができず、貧しいままの生活を強いられているのです。
伝統音楽の才能がある子どもたちでも、楽器が高価で手に入れることができません。練習したくても場所代がかかるなどの理由で、音楽を諦めざるを得ない子たちがたくさんいます。これは、彼らの可能性を閉ざしてしまう、とても残念な現実です。
こういった状況を変えたいと思い、4年ほど前から子どもたちの舞踊団を支援する取り組みを始めました。現在はNGO「IJG・Ichigo Jam Guinée」として子どもたちへの支援活動を続けています。

Q外国人がギニアにダンスを習いに来るとのことですが、そういった外国人からお金を徴収して利益を上げることはできないのでしょうか?
A外国人がギニアにダンスを習いに行く場合、多くは海外在住のギニア人が主催するツアーの参加者です。海外で先生をしているギニア人アーティストが、生徒をギニアに連れて行き、地元のアーティストからレッスンを受けられるスタディツアー形式が一般的です。また、現地の舞踊団は、外国人が練習に参加して学べるよう受け入れてくれています。参加費は有料ですが、良心的な金額なので、舞踊団の利益にはほとんどならないようです。
Q由美子さんが設立されたNGOは最近、ギニア政府からの公認を得たそうですね。ギニア政府から公認を受けるにあたって大変だったことはありますか?
A認可を受けるためには、ギニア政府に必要な書類を提出する必要があったのですが、その準備にとても手こずりました。最終的にはお役人さんとの面談もあり、非常に緊張したのを覚えています。認可を受けるには、3ヶ月程度と言われていましたが、実際には1年もかかってしまいました。
Qどのように伝統音楽のプロを目指す子どもたちへの支援を続けていきたいと思っていますか?
A最終的には、子どもたちが音楽を学び、将来の経済的自立を目指せる職業訓練学校のような施設を作りたいと考えています。ギニア文化を紹介する文化センターとしての役割も担いながら、子どもたちが安心して音楽を学べる場所です。
その実現に向けて、今はクラウドファンディングなどを活用して資金を集めている段階です。

Qどういった子どもたちが伝統音楽の道を志しているのでしょうか?
Aお父さんがジャンベ奏者だったり、お母さんがダンサーだったりと、音楽家の家庭に育った子どもたちが多く、家族から勧められて自然とその道に進むことが多いようです。一方で、音楽家の家庭で育っていない場合、幼い頃からではなく、少し年齢が高くなってから、自分で興味を持ち始める子どももいるようです。
Q多くの子どもが伝統音楽から離れつつあるのはなぜですか?
Aもともと、伝統音楽は「誰もが気軽に行うものではない」という文化的な考え方があります。ジャンベなどの伝統音楽は、私たち外国人のように「楽しいから趣味でやる」といった感覚で取り組むものではありません。それは、本気でその道を職業として選び、生きていこうとする人だけが関わる、特別なものなんです。基本的には、子どもも大人も、日常的にはアフロビートなどの現代的な音楽を楽しむことが多いです。
そもそもギニアには「趣味」って言葉自体がない。
「あなたの趣味は何ですか?」っていう会話がないんですよね。
Q伝統音楽がギニアで廃れつつあるというのを感じる瞬間はありますか?
Aジャンベなどの伝統楽器を使った演奏は、結婚式や赤ちゃんの命名式といった人生の大切な節目や祭事で行われるものです。しかし、最近ではその演奏が生演奏ではなく、録音された音源をスピーカーで流したり、電子楽器で演奏されたりすることが増えてきました。こうした変化の中で、伝統的な演奏家たちの出番が少なくなってきていると感じますね。


Q年代が高い方も伝統音楽から離れてしまっているのでしょうか?
A離れてしまったというよりも、私たち外国人のように、伝統楽器だけを使った演奏を普段から聴くという習慣はありません。伝統音楽は、結婚式や作物の収穫祭など、特別な場面での生演奏として聞くものというイメージです。これは日本で、普段から和太鼓の音楽を聴く習慣がないのと同じような感覚です。ギニアでも、日常的にみんなが太鼓の音楽を聴いているわけではないのです。
Qそんな中でプロのアフリカンダンサーや演奏者の方はどうやって生計を立てていくのですか?
Aプロになると国内では仕事がないので、外国に行く方が多いです。ギニアではエンターテイメント関係の職は、他の職業に比べ海外で活躍できるチャンスが多いんですよね。
世界各国の人を魅了するギニアの伝統音楽
Q海外でジャンベなどギニアの伝統音楽が人気なところはどこですか?
Aアメリカと、南米、ブラジルやメキシコ、あとフランスでも人気ですね。
4年ぐらい前から、南米からギニアに来る人がすごく増えました。
特に女性で、アフリカンダンス目当てで来る人がとても多いです。
アメリカの人はいつも安定的に多いですね。
Q由美子さんにとってもジャンベの魅力について教えてください。
A太鼓を叩けば、知らない人同士でも繋がれるところです。アメリカで初めてドラムサークルに遭遇した時、老若男女がジャンベやいろいろな楽器を演奏しながら踊っている姿が本当に楽しそうで、その場の一体感に心を動かされました。それがきっかけで、私もジャンベを始めるようになったんです。
Q現在もジャンベをよく演奏されているのですか?
A今はもうジャンベはしていません。実は、ジャンベ歴よりもダンス歴の方が長いんです。ギニアに移住してからは、地元の舞踊団にダンサーとして入団し、ギニア人と一緒に踊っていました。アフリカンダンスはジャンベとセットで踊るものですが、太鼓の音に合わせて踊ると、心が解放されます。どんなに辛いことや嫌なことがあっても、仲間と一緒に踊る時間だけは全てを忘れることができたんです。

Qギニアツアーの運営にも力を入れているそうですが、ギニアには観光客が沢山いるのでしょうか?
Aギニアは観光地化されていないので、観光客はほとんどいないです。ギニアにいる外国人は、大使館やNGO、国際協力、金やダイヤモンドのビジネスに携わっている人のいずれかの人が多いです。
それ以外だと、音楽を学びに来る人やバックパッカーが中心で、一般の観光客はほとんどいないんです。
今と昔が融合する国、ギニア
Q観光地がされていない分、逆に異文化にどっぷり浸かれますね。
Aそうなんですよ。観光地化されていない分、普段の生活そのものを見ることが面白いんです。ギニアは戦前の日本のような街並みと近代化された街並みが混ざり合っていて、昔ながらの家の隣にビルが建っていることも珍しくありません。
ギニアの一般的な家は、日本の昔の長屋のような造りで、家にトイレやお風呂がないことも多いんです。外壁がない家も多いので、道を歩いていると、外でバケツを使って体を洗ったり、洗濯板で洗濯をしている光景がそのまま見えるんです。こうした昔ながらの生活風景が、近代化が進む街並みに混ざっているところがとても面白いですね。
以前、建築家の娘さんをお持ちの方がツアーに参加された際、ギニアの街並みについて「現代と伝統がうまく融合していて、とても興味深い」と感動され、「ぜひ娘にこの話を伝えたい!」とおっしゃっていました。
ギニアには幸せに生きるヒントが詰まっている。
Qギニアツアーに来られる方にはどんな方が多いですか?
A音楽が好きだったり、アフリカに興味がある方が多いですが、「自分を変えたい」「自分を見つめ直したい」という想いを持って来られる方も多いです。年代はさまざまですが、最近ではシニア世代の方の参加も増えてきています。
Q音楽やファッションといった文化以外でギニアの魅力を教えてください。
A「人のあたたかさ」、それが私がギニアを好きな一番の理由です。ギニアにいると孤独を感じることがありません。とにかく一人にさせてもらえないんです(笑)。ご飯を食べる時も、ひとつのお皿をみんなで分け合って食べたりと、常に人と人との距離が近いんです。
また、お互い助け合う精神が根付いているところも素敵だと思います。たとえば、銀行で立って待っていると、ガードマンが「ここにどうぞ」と椅子を持ってきてくれたり、雨が降って雨宿りのためだけにお店に入ったとしても「雨が止むまでここに座っていましょうね」と店員さんが椅子を出してくれたりするんです。
自分にも他人にも優しく、ミスにも寛容で、心を楽に生きていける。そんなギニアの人々のあたたかさが、私にとって何よりの魅力だと思っています。
Qこれからのビジョンについて教えてください。
Aギニア旅行などさまざまな形でギニアの魅力を伝え、日本で生きづらさを感じている人や、新しい自分を発見したい人に、ギニアを通じて大切な気づきや経験を提供していきたいと考えています。
現地の人々と協力し、モリンガやお茶、シアバターといった自然由来の素材を製品化し、日本で販売することにもチャレンジしたいです。
これらは体に良いだけでなく、ギニアの文化や地域の人々の想いを届ける手段にもなればと願っています。
また、アフリカ布アパレルをギニアで販売することにも挑戦し、現地のファッション文化を広める取り組みをしてみたいです。
子どもたちへの支援としては、ギニアの子どもたちを日本に招き、ジャンベを通じた文化交流の機会を作りたいと思っています。日本の子どもたちに、ギニアの子どもたちの生き生きとした姿や、ギニアの豊かで温かな文化を直接体感してもらうことで、互いに理解を深め、尊重し合うきっかけを作れると信じています。
さらに将来的なビジョンとして、伝統音楽の職業訓練校を併設した文化センターを設立することを目指しています。それを通じて、ギニアの若者たちが自分たちの文化を誇りに思いながら、未来を切り開いていける支援を続けていきたいです。
Qモヤモヤを感じている人にこそギニアに来てもらいたいのですね。
Aそうですね。ギニアには本当に幸せに生きるヒントのようなものがあります。人生に悩んでいる人には、ぜひギニアに来てほしいと思っています。音楽やファッションもギニアの魅力の一つですが、何よりもここでは純粋な生きる力、人々の生命力を感じてほしいのです。
Q今だからこそギニアに来てほしい理由はありますか?
A ギニアでは、布屋でアフリカ布を購入し、それを仕立て屋さんに持ち込んでオーダーメイドの服を作ってもらう文化が今も残っています。
でも、最近では既製品を着る人がどんどん増えているんです。ですから、この貴重な文化が数年のうちに消えてしまうのではないかと心配しています。
人それぞれデザインが違い、個性豊かなアフリカ布の服を着た人たちを見るのは本当に面白いんです。この素敵な文化が廃れる前に、ぜひギニアを訪れて、その魅力を直接感じてほしいと思います。
Information
・「ギニアスマイルプロジェクト」マンスリーサポーター募集中https://www.ichigojam.org/guinea-smileproject
・由美子さんが主催する「ギニア文化体験ツアー2025」参加者募集中https://www.inuwaliafrica.com/guinea-culturetrip/
バー由美子さん プロフィール

ギニア現地法人Inuwali Africa Guinée Conakry SARLU 代表
ギニア政府認定NGO「ONG IJG・Ichigo Jam Guinée」代表
NPO法人一期JAM:副理事長
ギニア共和国在住14年。ギニアと日本を繋ぐ架け橋として活動中。ギニア×日本のルーツを持つ長男と長女の母。ライター業に加え、ギニアツアー運営、アフリカ布アパレルとジャンベのブランド展開、現地での撮影コーディネート事業などを手掛ける。また、舞踊団の環境改善や青少年の伝統芸能育成に取り組み、ギニア文化の振興と日本との交流促進に力を注いでいる。