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COOのFです。

最近、「ネガティブ・ケイパビリティ」という能力に注目が集まっています。僕も昨今の情勢を見ていると、これからの時代を生きていく中で、携えておきたい能力の一つだと思います。

では、ネガティブ・ケイパビリティとは何か?

もともとは、ジョン・キーツという詩人が‘’不確実なものや未解決のものを受容する能力‘’と定義しています。また、精神科医の帚木蓬生さんが著書「ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力」の中で“どうにも答えの出ない、どうにも対処しようのない事態に耐える能力”、“性急に証明や理由を求めずに不確実さや、懐疑の中にいることができる能力”と定義されています。

人間の脳というのは自然と“分かろう”とするように出来ていると言います。物事を理解したい、目の前で起きている現象に秩序を与えたいという衝動に駆られるようです。

確かに、分からないこと、曖昧なものがあるというのは気持ちの悪いことなのかもしれません。脳の習性に加えて、学校教育で“正解を導き出す”トレーニングをさんざん積まされてきたことの結果なのかもしれません。必要度合いで言うと、まだまだ、現代社会で生きていくためには問題を解決する能力(ポジティブ・ケイパビリティ)の方が必要なのは間違いないでしょう。仕事のほとんどは、問題を解決することですからね。

ですが、VUCAの時代と言われる現代では、“どうしても正解が出せない”もしくは、“正解が単一ではない”問題に直面する場面が増えていくことでしょう。

COVID-19が良い例です。
完全なロックダウンが良いのか、経済を回すことを優先させるのが良いのか、それぞれの専門家がそれぞれの立場で発言をされていましたが、正解なんてないのです。感染症を完全に抑え込むという点では、ロックダウンが措置として優先されるでしょうが、それをやると外食、観光を生業とされている方にしわ寄せがくる。政治的施策をとらなければいけない以上、一定の方向性を決めなければいけないのは事実ですが、それぞれのポジションの人が、目的・前提の違うことを議論の俎上に載せて対立している姿は滑稽ですらあります。多くの場合のそれがマスコミの視聴率欲しさの演出なのでしょうが。

分からないこと、曖昧なことに対して安易に正解を導き出す姿勢は対立・分断の原因となります。情報の流れは従来の大手新聞社、キー局等が頂点に君臨していた中央集権的なものから、SNSや検索エンジンの進化により、より自律分散的なものに変化しています。それにも関わらず、物事を自分で考えるという思考には至っていない人が多いように見受けられます。僕もその一人かもしれません。

自分で考えることの一歩が、答えの出ない気持ち悪さを受容すること、つまりネガティブ・ケイパビリティを身に付けることではないでしょうか。何かを聞かれた時にちゃんと、「分からない。」と言える人間でありたいと思います。

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