何度でも飛び出す。
昔から何度も聞いたことですが、母はその時のことを思い出しながら
「本当にわからん子やわ…」
そう繰り返して笑いながら後々まで幾度も話していました。
まだ私が生まれてようやく身体を動かすことが出来るようになって、はいはいし始めた頃のことです。当時は一軒家を借りて住んでいたのですが、母がほんのちょっと目を離した隙に、途端に私がそこに居たはずの場所からいなくなっているのだそうです。
いなくなるたびに探すということを繰り返しているうちに、段々と心当たりというものが母の方にはあって追いかけていきます。で、居所を押えて、それ以上は危ないよというところあたりまでは、私が部屋の中を一生懸命に四つん這いで動き続けているのを見ていました。
少しずつ遠くまで行けるようになった時のこと。それまでは部屋という一つの仕切りの中にいて、はいはいしていたわけですが、とうとう敷居を越える日がやって来たのです。それは赤ちゃんだった私の宇宙が広がった日ということです。それまでよりももっと広い世界があるということを知った、そして新しい世界へと踏み出して行った日ということです。
おおっ、と母は感動を覚えた瞬間だったようですが、コトはそれだけで済みませんでした。
とことこ速度をあげてぐんぐん進んでいくその子はまるで止まらない感じだったそうです。
「危ないっ、と思ったけど遅かったのよ」
母はそう言いました。
赤ちゃんだった私は和室から直進して敷居を越え、直進して縁側をそのまま突っ切って、見事落下。
一部始終を見てしまった母は慌てて我が子を拾いに行きますが、当の本人は縁側から落ちたままシーンとしていて、うんともすんとも言わないのだそうです。
まさか!
死んじゃったんじゃないかとか頭を打って気を失ってしまったのではないかと母は蒼白したそうですが、駆け下りて行くと地面に転がっている私がいました。泣きもせず、驚いた様子もなく、ただおとなしく黙って転がったまんまそこに居たそうです。
母は?となって急いで抱き上げて、どこかにケガをしていないか、頭を打った打ったような跡はないかとあちらこちらを確認して大変に心配したのだそうですが、どうも大丈夫みたいだということで連れて上がって部屋に戻りました。
そこで私を降ろすと、これまたじっとなんかしていなくて何事も無かったかのように動き出したのです。和室との境目の敷居を越えて、向こう側にある新しい宇宙へと。
「あっ、と思ったらもう超えて行ってたんやって。」
間に合わなかったんだと話す母の動きが決して鈍いわけではないことを私は知っています。気性が荒くけんかっ早い、人の話は聞かず思い立ったらそのまんま動き出すし、大きな声で口から先に生まれたとよく言われるような人でした。小さい頃からある程度大人になるまでの私は、この着火マンのような母がとても苦手でした。
そんな母にとって想定外の動きをしていた私は、再び和室から出て敷居を越えてそのまま進んで行き、今回も縁側からまたもやダイブ!してしまったのだそうです。
「うそっ! ああっ!」
縁側の下へと私は落ちて行きました。
その時の私にはいったい何が見えていたのでしょう。
母が追いかけて拾いに行くと、私はやっぱり頭も無事で、うんともすんとも言わずにいたのだそうですが、なんと右手のちょうど肘下すぐのところを大きく切ってケガをしていました。ぱかっと割れていたそうです。もちろん即病院へと連れていかれました。
ひと言も泣きもせず、「ええい行くのだ、離せ、離せ」というような感じにさえ見えて、普通の子とずい分と違って変な子だったと、母は話してくれました。病院に行っても怖がらず、右肘のケガも結局3針も縫う傷だったというのに全く泣きもせず、ぱっちり大きな黒い瞳をして、ひょうひょうとしていたんだから、看護婦さんもお医者さんも皆驚いていたんだよと。
家に帰った後は、さすがに縁側へと続く境目は戸を閉めて塞がれてしまったようです。その日の私の新しい宇宙への飛び出し、大冒険は、残念ながらそこまでとなりました。
以後、私は人生の重要な場面において、振り返ることなくそこに何があるのか知らないままに新しい向こう側へと飛び出す、ということを何度も行動しています。後に振り返った時に、生まれて動き始めた途端に、四つん這いの時からすでにそうだったのかと自分自身の持っている特徴と言えるようなものに納得しました。
行かずにはいられない、のです。
カバラの生命の樹のパス(径)というものにタロットカードを当てはめて瞑想に入り、ビジョンを見てくるという意識の旅のワークがあるのですが、今回の私の体験はその最初の旅の始まりでもある「愚者」のパスを思い出します。
パスワークは簡単に言うと、大アルカナという22枚のタロットの一枚一枚の絵柄からイメージの世界へと入っていって、その中で旅をして自分という存在についてより詳しくなっていこうとするものです。昔から世界の人がパスワークをしていますし、たくさんの研究も行われています。
自分の自覚していない潜在意識というところにある自らの可能性を拓いていくことができたり、困ったことをどう解決していくかのヒントを得ることも可能です。
コクマーからケテルの方へ。愚者は、宇宙へと飛び出します。
瞑想で、意識の世界へと旅をします。
タロットパスワークのさらなるお話はまた次の機会に。
写真と文 sanae mizuno
https://twitter.com/SanaeMizuno