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機構でみる!ディレイ/リバーブの歴史

エフェクトとしてのディレイ/リバーブの機構について解説する機会がちょっとありまして、一通りまとまったものどこかに無いかな?と探してみたのですが、あまり網羅的なものは見つかりませんでした。

仕方なく (?) 自分で各所の情報を引っ張ってきつつ適当にまとめていたところ、とてもテンションが上がってきたので、勢いで note にも書くことにしました。

そんなその場ノリで作られた本稿ですが、機構面での網羅性に関しては随一に仕上がっているのではないかと思います。エフェクターマニアな方もそうでない方も、その網羅性を楽しんでいただければと思います!

一方で、歴史考証などが十分ではなかったり個人的な意見が入っていたりはするので、ツッコミなどは歓迎します!むしろ、このテーマでもろもろ含めてガッチリまとめたい方とかいましたら協力しますので是非お願いします!


はじめに

エフェクトとしてのディレイ/リバーブは、自然界に存在する反響/残響を再現して音に深みを与えることをベースにして考えられてきたものだと思いますが、その枠を越えて様々な空間的演出として活用されています。

音楽制作用途や、エレキギター演奏用途など、いくつかの用途に分類されることもありますが、本稿はその区別を特にすることなく機構のみで分類して並べていきます。歴史的にもエフェクト界 (?) では転用はよくあることなので、そのほうが「らしい」のではないかと思います。

ディレイとリバーブは違いは、きっちり分けられるものでは無いですが、概ね下記の感じです。

・ディレイ
ディレイ本数 : 1 ~ 数本
ディレイ時間 : 数ms ~
フィードバック : 有無両方の場合あり

・リバーブ
ディレイ本数 : 数本 ~
ディレイ時間 : ~ 数秒程度
フィードバック : 基本あり (コンボリューションの場合のみ無し)

……と、前置きはこれくらいにしまして。リバーブの響きのように複雑な (笑) ディレイ/リバーブの歴史を追っていってみましょう!!

[空間編]

エフェクトとしてディレイ/リバーブが成立する以前にも、よい響きが得られる空間での録音という形で残響音への意識はありました。まずは、その空間の響きを直接利用してエフェクトとして成立させる動きが現れます。

エコーチェンバー (1947?~)

エコーチェンバーは部屋を丸ごとエフェクターとして使用するダイナミックな手法です。最近だと SNS とかで思想が偏っちゃう現象を呼ぶほうで有名になってしまいましたが……もちろん語源はここからです。

響かせる用の部屋 (エコーチェンバー) を用意して、スピーカーから部屋に音を放出し、同じ部屋の別の場所でマイク録音することによって残響音を作り出します。

エコーチェンバーが使用された楽曲の紹介

[物理編]

エコーチェンバーは広い場所を必要とし、残響のコントロールも難しいため、もう少し小規模なものでコントロールの効く残響表現が行えることが求められてきます。

そこで、エコーチェンバーと同じ「スピーカー (発振器) で鳴らして物理機構を通してマイク (ピックアップ) で録る」という仕組みの中で、様々な物理機構を利用したディレイ/リバーブが作り出されました。

プレートリバーブ (1957~)

プレートリバーブは金属板の振動を利用するリバーブです。癖の少ない響きですが、部屋などの空間による響きとはまた特徴が異なり、特有の魅力を持っています。

EMT 140 (1957)

また、プレートリバーブの小型版として、巨大な金属板ではなく小型の金属箔を利用したものも生み出されました。

EMT 240 (1971)

箔にすると柔らかさがあるので音伝搬が遅くなるのを利用して小型化に成功している機構で、もはやメタルホイルリバーブとして別モノな気がしなくもないですが、プレートリバーブの一種として扱われることが多いようです。

スプリングリバーブ (1959~)

スプリングリバーブは金属バネを利用したリバーブで、小型化が可能ながら特徴的な音質になることもありエレキギター用として使われることが多いものです。この音を聴くとサーフロックが聴きたくなりますね……。

最初はオルガン用として開発され、その時はスプリングがぶら下がったネックレスリバーブと呼ばれる形状でした。

Hammond A100 (1959)

その後、形状が今の形に改善され、 Fender からエレキギター用のリバーブユニットが作られます。その後もギターアンプに搭載されるなど現在に至るまで使われ続けています。

Fender Reverb Unit (1961)

スプリングリバーブの仕組み解説

また、スプリングリバーブはエレキギター用途が多いと書きましたが、巨大な代わりに癖の少ない響きを実現したスタジオ用機材のものも存在します。

AKG BX 20 (1965)

内部にはスプリングで出来た塔のようなモノが入っていて、謎の古代技術感あっていいですね!

ガーデンホースディレイ (1971~)

ガーデンホースディレイと言われてもピンと来ない人が殆どだと思います(笑)。この機構の機材は 1 つしか知らないのでまずはその解説リンクを貼っておきます。

Universal Audio | Cooper Time Cube (1971)

空気中を進む音速が約 340 m/s とあまり速くない (笑) のを利用して、ガーデンホースの中を伝わる時間分のディレイを作り出すという至ってシンプルな機構です。約 3.4 m あたり 10ms です。涙ぐましい……。 

試しに Youtube  あたりで「garden hose delay」と検索してみると、その魅力に取り憑かれて DIY までしてしまう人の多さに驚きますね!(そういう筆者自身もいつか作りたいと思っていました……)

[電気編]

磁気テープなど、繰り返しの録音・再生に耐えられる電気的な機構の音質が良くなってきたことから、それをディレイエフェクトに応用していく流れが出てきます。

電気編はディレイにカテゴライズされるものばかりなので、リバーブの歴史とは別に考えられてしまうこともよくあるのですが、この頃のディレイは適度な揺らぎや歪みがあることもあり空間的演出としての側面が強く、合わせて考えるほうが面白味があると思います!

しかも、よく見ると物理編より先に成立しているものが多いんですよね (笑)。順番間違えてる感もありますがこの順のほうが分かりやすいのでそのままにしました。

テープエコー (1953~)

テープエコーは磁気テープを使用したディレイエフェクトです。

スタジオ編集でのスラップバックディレイが流行し、ギタリストがライブでもこの効果を使用したいと感じたところから、Ray Butts によってギターアンプに搭載されたのが始まりのようです。

Les Paul による "studio magic" の紹介

Ray Butts EchoSonic (1953)

近年でもテープエコーは人気があり、Roland RE-201 が再評価されたのは印象的でした。中のフリーランニングなテープがカッコイイですね!

Roland RE-201 (1974)

磁気ドラムエコー (1950年代半ば~)

磁気による記憶装置を使用したディレイという意味ではテープエコーと同じなのですが、こちらは磁気ドラムを利用したものです。

Binson Echorec (1950年代半ば)

とにかくデザインがいいですね!ただ、メンテナンスが難しいとのことで、その辺りでテープエコーより存在感が少し薄くなってしまったところがあるようです……。

オイルカンディレイ (1960年代~)

電解油を塗りたくった缶を回して音を静電気的に記憶するということで、機構的には磁気テープや磁気ドラムとは別物の謎技術のようです。音がかなり不安定 (笑) なので面白いです。

Tel-Ray (1960年代)

探せばこれ系の謎技術は他にも出てきそうですよね……。

BBD ディレイ (1981~)

遅延素子として生まれた BBD は 1970 年代はディレイ時間を長くすることが難しく、代わりにモジュレーションの容易さを生かしてコーラスやフランジャーを生むのですが、それは後記します……。

BBD のディレイとしてのデビューは ( たぶん ) 「BOSS DM-2」です。これは同時に世界初のコンパクトサイズディレイでもあり、ギタリストのディレイ事情に大きな変化をもたらすことになります。

BOSS | DM-2 (1981)

BBD ディレイはアナログディレイと呼ばれることが多いものの、機構としては「半デジタル」とでも言うべきものです。振幅軸に対してはアナログ、時間軸に対してはデジタルなディレイになっています。

BBD の解説

また、「時間軸に対してはデジタル」ではあるのですが、ディレイ時間のモジュレーションに関してはクロックの変速として実装され、その特性自体はアナログ的と言えます。近年になっても BBD の再現や復刻の話題が絶えないのはそのアナログ的モジュレーションの強い魅力と再現の難しさも表していますね。

[デジタル編]

いよいよ時代はデジタルになり、出来ることの自由度が増しますが、初期の機器は入出力自体はアナログだったり、歪みやクロックの揺れが逆にいい味を出しているケースがあったりと、まだアナログから切り離されているわけではなかったりします。

デジタルディレイ/リバーブ (1972~)

最初のデジタルリバーブと言われている EMT 250 ですが、なんか凄い音いいんですよね!最初にして最高との呼び声も高く、音の良さというものが技術の進歩だけでは決まらないものだということを思い知らされます。

EMT 250 (1976)

デジタルリバーブがあるということはその元になるデジタルディレイも当然あるのですが、最大 200ms と短めのディレイタイムであったこともあってか、デジタルディレイが一般に広まったのはもう少し後でした。

Eventide DDL 1745 (1972)

デジタルディレイは、機構的には時間分メモリ (初期はシフトレジスタ) として取っておいて後で再生するという逆に理解としてはシンプルなものです。

デジタルリバーブは、短いデジタルディレイとフィルタを組み合わせて作られますが、詳細なレシピに関しては語られることは少ないです。各制作者が独自のノウハウで作っているケースも多く、良いものを探すのもなかなか大変ですね……。

コンボリューションリバーブ (1999~)

コンボリューションリバーブはデジタルリバーブの一種ではあるのですが、いくつかのディレイの組み合わせで実現する方法ではなく、その名の通りコンボリューション (畳み込み) という手法を使用します。

コンボリューションリバーブ解説

Sony DRE S777 (1999)

実際に測定した IR データなどをそのまま使うことから、「完全に再現できる」といったような言われ方をすることがありますが、自然な揺らぎや歪みなどは再現されませんし、空間に対しての完全な IR データを取るのは困難なので、過信は禁物です。

IR を使ってテクスチャ的に質感を与える、といった使い方が向いているかなと思います。

dBucket ディレイ (2010~)

dBucket は straymon が BBD の再現のために用いた技術ですが、デジタル機器でありながらデジタルにとって「裏技」とでもいえるような「クロックのモジュレーション」が行われており、これが機構として特別なので項目化しました。

straymon | Brigadier (2010)

クロック数のモジュレーションはデジタル回路に対してアナログ的な挙動で行われる操作なので、BBD とはまた少し違った意味で「半デジタル、半アナログ」であるわけですね。

dBucket の技術解説

[モデリング編(現代編)]

デジタル技術の進歩や、AD/DA の進歩によって、デジタルとアナログの垣根が徐々に希薄になっていきます。また、デジタルで完結する処理を行う場面も増えていきます。そういった流れから物理や過去機材を含めた様々なふるまいをデジタルで再現する動きが活発になっていきます。

物理モデリングリバーブ

部屋のシミュレーションなど、物理現象の計算での再現によるリバーブエフェクトが生まれるのは必然的なものでした。しかしながら、このカテゴリの代表と言えるような良いサウンドを出す製品は (例によって筆者視点では) あまり見当たりません。

実は空気伝搬の完璧なモデリングが難しいのは割と明らかなことで、3 次元の自由度を持って空間に広がる振動を緻密に再現するためには恐ろしいまでの計算機パワーが必要とされることが既知になっています。光などと比べて周波数ごとの反射/回折挙動の違いや吸音した物体の再発音などの影響が大きく、うまく近似が出来ないことも理由になっています。

過去機材モデリングディレイ/リバーブ

現代では、過去機材のモデリングは非常に活発に行われていると思います。本稿の各編で挙げたような機材のモデリングは一通り存在するような状態ですね。もちろん、「完璧な再現」は物理モデリングが難しいのと同様に難しいですし、モノによってクオリティの差も大きいです……。

モデリング方法としては、物理的な挙動などまともなモデリングが難しい箇所は実機から取得した IR を適用したり EQ を使用して周波数特性を合わせ込むなどして、電子部品などある程度デジタルでの再現が見込めるものは演算による再現……としているケースが多いかな?と思っています。

しかし、完璧な再現でなくても、手軽に過去機材のエッセンスを取り入れられるということ自体は非常に面白いですし、実用的なケースも多いと思います!

[派生編]

一通り時代を追ってきましたので、少し趣向を変えてディレイ/リバーブの派生ともいえるエフェクトを紹介していきます。

コーラス/フランジャー (1975~)

BBD の紹介の際に少し触れた通り、1970 年代あたりに生まれた BBD はディレイタイムのモジュレーションに優れていたため、コーラス/フランジャーをエフェクトとして成立させます。

Roland JC-120 (1975)

MXR M117 Flanger (1976)

コーラスとフランジャーの違いはエフェクトの機構的にはディレイにフィードバックがつく (フランジャー) かつかない (コーラス) かなのですが、フランジャーの命名の元にもなっているサウンドはフィードバック無しのものだったりして複雑です。(笑)

また、コーラス/フランジャーにもいろいろと派生があったりですとか……、本気で書くと、この項単体で本稿自体と同じくらいのサイズ感になりそうなのでこの辺りで止めて、また次回にでも……。

シマ―リバーブ (2010~)

最近生まれた新しいリバーブといえばシマーが挙げられると思います。

strymon blueSky (2010)

新しいリバーブとはいえ、その響きはプレートの延長というか、どことなく懐かしさのようなものを感じる気がします。一気に様々なメーカーからリリースされるようになったのも頷けますね。

ルーパー (2001~)

エフェクトとしては異色というかエフェクトとして扱うかどうかも文脈に依るのですが、サウンドオンサウンドを簡単にライブパフォーマンスに取り入れる機器としてディレイを元にして生まれます。

最初にエフェクト界は転用が多いという話をしましたが、元々はギタリスト向け機材として作られたこのルーパーも、今最も使用しているのはビートボクサーなんじゃないかと思います。

BOSS RC-505 (2014)

(個人的には開発に携わったこともあり思い出深いものがあったりしますね……)

[未来編]

最後を飾る編として、未来を夢見て (?) 終わろうと思います。

パーフェクト物理モデリングリバーブ

完璧な物理モデリングは難しいという話ではありますが、それは現在の技術で真っ当にモデリングした場合の話です。

ひょっとしたら量子コンピュータのような形で、アナログ量のシミュレーションに向いた技術が開発されるかもしれませんし、より強い音への理解をもって再現すべき挙動を厳選して、より小さい計算量でそれらしいモデリングが可能になるかもしれません。

独創的リバーブ

近年になってシマ―リバーブが生まれたように、新しい独創的なリバーブがまた生み出されることも期待したいですね。

これがリバーブなのだと本能に訴えかける何か?を求めていきたいところですね (?)。

おわりに

やっと書き終わりました……。長いっっ……。長すぎるっっっ……。ディレイ/リバーブの沼は深いですね……。

資料も日本語のものはほぼ見つかりませんでしたし……、なかなか情報を伝え残していくのが難しい分野なのだなと痛感しました。

そんな反省の多い本稿ですが、皆さんのちょっとした興味のきっかけになってくれたらうれしいです!!

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