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今年のノーベル賞を席巻するAI研究者たち?!
こんにちは。
先日、毎年恒例のノーベル賞が発表されましたね。なんとノーベル平和賞に日本原水爆被害者団体協議会(被団協)が選ばれて、大変なニュースとなっていますが、今回はそれではなく、その数日前に発表されたノーベル物理学賞とノーベル化学賞についてです。
日経新聞に次のような記事が掲載されていました。
ノーベル物理学書に「AIの父」ヒントン氏ら2人(2024.10.8)
ノーベル化学賞にGoogle研究者ら たんぱく質解析用AI(2024.10.9)
このニュースを聞いて、不思議に思いませんでしたか?
ノーベル物理学賞といえば、今までは量子力学、素粒子物理学、宇宙論の分野が主流でしたよね。
最近5年間の過去受賞歴を見てみましょう。
2023年 物質中の電子ダイナミクスの測定を可能にするアト秒パルス光を生成する実験手法の開発
2022年 量子もつれ状態の光子を用いた実験によるベルの不等式の破れの実証と、量子情報科学における先駆的研究
2021年
・原子から惑星のスケールまでの物理システムの無秩序と変動の相互作用の発見
・地球の気候の物理的モデリング、気候変動の定量化、地球温暖化の確実な予測
2020年
・ブラックホールの形成が一般相対性理論の強力な裏付けであることの発見
・我々の銀河系の中心にある超大質量コンパクト天体の発見
2019年
・物理宇宙論における理論的発見
・太陽型恒星を周回する太陽系外惑星の発見
どうですか。宇宙や量子力学などが主流ですよね。
ノーベル化学賞も同じように、昨年までは科学分野の発見や新たな触媒の開発、そしてゲノム編集などの、かなり専門的な分野でした。ところが、今年2024年の受賞内容を見てみると、次のようになります。
ノーベル物理学賞 人工ニューラルネットワークによる機械学習を可能にする基礎的な発見と発明
ノーベル化学賞 タンパク質構造予測プログラムの開発
物理学賞の人工ニューラルネットや機械学習はまさに現在のAIのことです。そして、なんと化学賞にいたっては、受賞内容がプログラムですよ!
このように、今年のノーベル物理学賞とノーベル化学賞がいかに特別なのかがお分かりいただけると思います。
それでは、受賞者とその受賞テーマをもう少し詳しく見ていきましょう。
1. ノーベル物理学賞
ノーベル物理学賞はジョン・ホップフィールド氏とジェフリー・ヒントン氏の2名が受賞しました。
<ジョン・ホップフィールド氏>
ジョン・ホップフィールド氏は米プリンストン大学の教授です。
1982年に磁性の振る舞いを語るのに使われる物理学のモデルをヒントに、「ホップフィールド・ネットワーク」を考案しました。この「ホップフィールド・ネットワーク」は「連想型ニューラルネットワーク」とも言われています。
「ホップフィールド・ネットワーク」は断片的な記憶から全体を再現する「連想記憶」をコンピュータで実現することを可能にしました。
その後、「ホップフィールド・ネットワーク」は連想記憶だけでなく、複数の都市をめぐる最短ルートを求める「セールスマン巡回問題」などの最適化問題に応用できることがわかりました。
そして、「ホップフィールド・ネットワーク」は、その後、生物の学習メカニズムを模倣した機械学習法として広く知られていきます。
<ジェフリー・ヒントン氏>
ジェフリー・ヒントン氏はカナダ・トロント大学の名誉教授です。
ヒントン氏は1985年にホップフィールド氏が開発した人工ニューラルネットワークを発展させた技術を発表し、これが現在の機械学習の基礎と位置付けられています。
2006年に機械学習の一種である深層学習のアルゴリズムに関する論文を発表します。
2012年には深層学習を駆使して、米国で開かれた画像認識ソフトウェアの世界的コンテストでトロント大のチームが優勝しました。
この成果が、その後、オープンAIやGoogleなどの生成AI開発につながりました。
また、AIの研究はタンパク質の構造を正確に予測するシステムの開発、素粒子の研究、新素材の探索など、現在では社会に対して大きなインパクトとなっています。
2019年には、この分野の功績で「チューリング賞」も受賞しています。
ヒントン氏はその自身の功績だけでなく、多くの現在活躍しているAI研究者を育てたことも知られています。
次のような人たちです。
イリヤ・サツキバー氏
2012年のコンテスト出場時にチームメンバーでした。その後、米オープンAIの共同創業者で研究開発を率いていました。
ヤン・ルカン氏
米メタでAI研究を率いています。
ヨシュア・ベンジオ氏
カナダ・モントリオール大学の教授
また、現在、半導体業界で飛ぶ鳥を落とす勢いのエヌビディアのGPUを最初にAIソフトウェアで使用したのもヒントン氏のようです。
2008年ごろからヒントン氏チームのAIソフトウェアにエヌビディアが提供するGPUとそのソフトウェア基盤CUDAを開発環境として使用し、その成果により、2012年コンテストで優勝することでエヌビディアの発展にも寄与しました。
エヌビディアのCEOジェンスン・ファン氏はこの2012年のコンテストでヒントン氏チームのAIソフトウェアが優勝した時点を「ビッグバン(転換点)」だと言っているようです。
2. ノーベル化学賞
今年のノーベル化学賞は以下の3名が受賞しました。
デイヴィッド・ベイカー
デミス・ハサビス
ジョン・M・ジャンパー
<デイヴィッド・ベイカー氏>
デイヴィッド・ベイカー氏はワシントン大学の教授で、同大学のタンパク質設計研究所の所長でもあります。専門はまさに人工知能によるタンパク質構造予測です。
その成果はCASP(Critical Assessment of Techniques for Protein Structure Prediction)というタンパク質立体構造予測に関する国際コンテストで発表されます。
デイヴィッド・ベイカー氏のチームは1988年の第3回CASPから参加して、タンパク質構造予測ソフトウェア「Rosetta」を発表しました。
そして、1990年代に入ると、最も安定なタンパク質の形状を予測する「フラグメントアセンブリ法」という方法で高い予測成績を記録しました。
<デミス・ハサビス氏とジョン・M・ジャンパー氏>
デミス・ハサビス氏は、なんと元ゲームデザイナーだそうです。12歳からチェスの神童と言われ、チェスのグランドマスターになりました。その後、若いうちからゲーム業界で経営シミュレーション、政治シミュレーションゲームなどを手がけます。
そして、2009年から認知神経科学を勉強して博士号を取得、AIスタートアップ企業のDeepMind社を設立します。
このDeepMind社は2014年にGoogleに買収されて、現在はGoogle Deepmind社となっており、デミス・ハサビス氏は引き続きそのCEOとなっています。
デミス・ハサビス氏とそのGoogle Deepmind社の同僚のジョン・M・ジャンパー氏は、2018年に先ほどデイヴィッド・ベイカー氏も成果を発表していたCASP競技会にて「アルファフォールド」というAI技術を用いた予測プログラムを発表して、高い予測成果を叩き出し、話題となります。
そして、2020年に改良版の「アルファフォールド2」を発表すると、そのタンパク質構想予測精度が約90%と非常に高く、実用レベルであることを示したのです。
この「アルファフォールド2」のプログラムと学習用データは世界に公開されて、すでに200万種類以上のタンパク質の構造が計算されており、これにより医薬品開発、医学、生物学が著しく進歩したことは間違いありません。
3. なぜAI研究者が受賞したか
さて、このように今回のノーベル物理学賞、ノーベル化学賞の2つをみると、受賞者5名のうち4名がAI研究者、さらには、そのうち3名が、なんとGoogle関係者です。
なぜ今年のノーベル賞はこのように、今までにないAI研究がメインとなったのでしょうか。
ここで改めてノーベル賞の理念をみてみます。
「ノーベル賞は人類に大きく貢献した科学者に送られる」これはアルフレッド・ノーベルの遺言と言われています。
今回、両賞の受賞理由として挙げられているのが、他の物理学や社会そのものに対する進化への貢献です。
ノーベル物理学賞で受賞対象となった人工ニューラルネットワーク、AI技術はヒッグス粒子の発見や重力波の検出、ブラックホールの観測などにも成果をもたらせています。さらには社会に対して、画像検索、音声認識の実用化、そして自動運転車への応用など、産業革命的な人類文明の進化に貢献しているのです。
そうしたAIの社会的インパクトの大きさ、広さからこのタイミングで受賞対象になったものと考えられます。
また、ノーベル化学賞は、より具体的に、タンパク質の設計とタンパク質構造の予測の功績、そしてその技術が一般公開されていることにより、既に多くの医薬品開発など、医学、生物学に革命的な進歩が生まれました。また、このようなタンパク質解析についても、AI技術を使って今回実現しました。
このように、今回のノーベル物理学賞、ノーベル化学賞はAI研究、AI技術のポジティブな側面について大いに評価をして、受賞に至ったと考えられるのです。
ただ、ご存知のように、AI技術については負の側面もあります。これについては、今回ノーベル物理学賞を受賞したジェフリー・ヒントン氏がGoogle社を退社する際、そのリスクについて発言しています。
「AIが人から制御権を奪うことがないように、私たちは今懸命に取り組むべきです。なぜなら、私たちが大切にしているのは人だからです。(そうしたAIのリスクを考える)研究課題に多くの努力を注ぐべきです。解決策があるかどうかはわかりませんが、あるとすればかなり急いで見つける必要があります。」
ヒントン氏はGoogle社退社に先立つ2023年3月に、現存するものより強力なAIシステム開発を一時停止するよう求める公開書簡に、他のAI研究者たちとともに署名しています。このようなAI研究の負の側面についても、今回、ジェフリー・ヒントン氏が受賞したことにより、注目されることと思います。
いずれにしても、今年のノーベル物理学賞、化学賞はAI研究が席巻しました。
来年以降もこの流れが続くのか、今年が特別だったのか、興味深いところです。
それでは。