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筋シナジー:複雑な動きをシンプルに制御する、脳の巧みな戦略


はじめに

 私たちは、歩く、走る、手を伸ばすといった動作を、一見簡単そうに見えます。しかし、実際には、これらの動きは、体中の無数の筋肉が複雑に連携して行われています。

 この複雑な筋肉の活動を、脳が効率的に制御しているのが「筋シナジー」と呼ばれる仕組みです。

1. 筋シナジー:複雑な運動をシンプルに制御する巧みな戦略

 筋シナジーとは、複数の筋肉の活動を、特定の運動課題や状況に合わせて効率的に統合する神経メカニズムのことです [1, 2, 3]。

 神経系は、個々の筋肉を独立して制御するのではなく、筋シナジーと呼ばれるパターンを用いて、筋肉群をまとめて制御します。

 イメージとしては、オーケストラの指揮者が、複数の楽器奏者をまとめて一つの楽曲を奏でるように、脳は筋シナジーを通じて、複数の筋肉を協調的に動かす指令を出していると言えます。

 筋シナジーは、運動制御において以下の重要な役割を担っています。

 運動の効率化: 筋シナジーは、複雑な運動をシンプルかつ効率的に実行することを可能にします [1, 2, 3]。脳が同時に多くの筋肉を個別的に制御する必要がなくなり、神経資源の節約につながるためです。

 運動の安定化: 筋シナジーは、複数の筋肉を協調的に活動させることで、運動を安定化させ、外乱に対する耐性を高めます [1, 2, 3]。例えば、歩行中に足がつまずいた場合、筋シナジーは瞬時に対応し、バランスを回復させるために必要な筋肉を適切に活性化します。

 運動の柔軟性: 同じシナジーを用いることで、様々な状況や課題に適応できる柔軟な運動パターンを生み出すことができます [1, 2, 3]。例えば、歩行や走行、ジャンプなど、異なる運動においても、共通の筋シナジーが利用されることが知られています。

2. 筋シナジーと運動連鎖:身体全体の連携

 運動連鎖とは、身体の各部位が連動して運動を行うことを指します。筋シナジーは、この運動連鎖において重要な役割を担い、各関節の動きを効率的に連携させ、スムーズな運動を実現します。例えば、歩行では、足関節の底屈、膝関節の伸展、股関節の伸展、体幹の回旋など、複数の関節が連動して動きます。

これらの動きは、それぞれの関節を制御する筋シナジーによって統合され、スムーズな歩行運動が実現します。

3. 筋シナジーの形成:学習による洗練

 筋シナジーは、生まれたときから備わっているものではなく、運動学習を通じて形成されます。
新しい運動を学習する初期段階では、各筋肉を意識的に制御しようとします。

 この段階では、運動はぎこちなく、効率的ではありません。しかし、運動を繰り返し練習することで、脳は、その運動に必要な筋肉の活動を効率的に統合する「筋シナジー」を形成していきます。

このプロセスには、小脳が大きく関与しています。小脳は、運動の精度、協調性、タイミングを制御する重要な役割を担っています。

 運動学習においては、小脳は、実際に運動を実行した結果と、事前に計画していた運動とのずれを検知し、そのずれを修正する役割を担います。
このずれの修正プロセスを通じて、小脳は、より正確でスムーズな運動パターンを学習し、運動スキルを向上させていきます。

 筋シナジーが形成されると、運動はよりスムーズかつ効率的になり、意識的に各筋肉を制御する必要がなくなります。つまり、運動が自動化されます。この自動化された運動は、無意識的に実行できるようになり、私たちの日常生活の様々な動作をスムーズに行うことを可能にします。

4. 筋シナジーの測定と分析:複雑なパターンを解き明かす

 筋電図 (EMG) は、筋肉の電気的活動を記録することで、筋シナジーを測定するための主要なツールです。EMGデータから筋シナジーを抽出する手法には、以下のものがあります。

非負値行列因子分解 (NMF):
EMG データを非負の基底ベクトル (シナジー) と対応する活性化係数に分解することで、筋シナジーを抽出する方法です[9, 10]。
これは、筋肉の活動パターンを、少数の基本的なシナジーの組み合わせとして表現することを可能にする手法です。

主成分分析 (PCA):
EMG データの次元を削減し、最も大きな分散を説明する主成分を特定する方法です[9, 10]。
これは、複雑な筋肉活動パターンを、より少ない数の変数で表現することを可能にする手法です。

独立成分分析 (ICA):
EMG データを統計的に独立した成分に分解することで、筋シナジーを抽出する方法です[9, 10]。
これは、各シナジーが互いに独立した情報を持つように分離し、筋肉の活動をより明確に理解することを可能にする手法です。

 これらの手法を用いることで、筋シナジーの構成、安定性、効率性などを定量的に評価することができます。

5. 筋シナジーと疾患:運動機能の障害と回復

 様々な疾患は、筋シナジーに影響を与え、運動機能を阻害する可能性があります。

脳卒中:
脳卒中では、脳の損傷により、筋肉の協調的な活動が障害され、筋シナジーが乱れる可能性があります[11]。その結果、歩行やバランスの障害、運動機能の低下などが起こります。

パーキンソン病:
パーキンソン病では、筋肉の硬直や震えなどの症状により、筋シナジーが乱れ、運動機能が低下します[12]。

関節症:
関節症では、関節の痛みや可動域の制限により、筋シナジーが変化し、運動が困難になる場合があります[13]。

6. 筋シナジーとリハビリテーション:運動機能回復への貢献

 筋シナジーを理解することは、リハビリテーションにおいて非常に重要です。

 運動機能の改善: 筋シナジーの乱れを改善することで、運動機能の回復を促すことができます[14, 15]。リハビリテーションでは、筋力トレーニング、バランス訓練、歩行訓練などを用いて、筋シナジーを再学習させることで、運動機能の回復を目指します。

転倒予防:
筋シナジーを強化することで、バランス能力を向上させ、転倒のリスクを軽減することができます[14, 15]。

痛みの軽減:
筋シナジーを改善することで、関節の負担を軽減し、痛みの軽減に繋げることができます[14, 15]。

 リハビリテーションでは、患者さんの状態に合わせて、適切な運動療法を行い、筋シナジーの改善を目指します。

7. 筋シナジー研究の展望:未来の運動制御への貢献

 筋シナジーの研究は、近年急速に進展しており、より詳細な解析手法の開発や、様々な状況における筋シナジーの役割の解明が期待されています。

 筋シナジーの個体差: 個人の身体的特徴や運動経験によって、筋シナジーが異なる可能性があります[16, 17]。


筋シナジーの学習:
筋シナジーは、学習によって変化し、新しい運動スキルを習得することができます[16, 17]。
これは、リハビリテーションにおいて、患者さんの運動機能を回復させるための重要な要素となります。

筋シナジーと脳活動:
脳活動と筋シナジーの関係を解明することで、運動制御のメカニズムをより深く理解することができます[16, 17]。

筋シナジーとロボット技術:
筋シナジーを応用することで、より自然で直感的な操作が可能なロボットや義肢の開発が期待されます[18, 19]。

 筋シナジーの研究は、運動制御のメカニズムを
解明し、様々な疾患の治療やリハビリテーション、そして人々の生活の質を向上させるための
重要な鍵となると考えられます。

参考文献

1.  Umehara, M., Yamashita, A., &  (2023). Quantification of muscle coordination underlying basic shoulder movements using muscle synergy extraction. *Journal of Biomechanics*, *93*, 111241.
2.  Yamashita, A., &  (2023). Muscle synergy analysis yields an efficient and physiologically relevant method of assessing stroke. *Journal of NeuroEngineering and Rehabilitation*, *20*(1), 1-11.
3.  Taniguchi, R., Yamashita, A., &  (2023). Understanding muscle coordination during gait based on muscle synergy and its association with symptoms in patients with knee osteoarthritis. *Journal of Biomechanics*, *93*, 111285.
4.  Yamashita, A., &  (2018). Muscle synergy structure using different strategies in human standing-up motion. *Journal of Biomechanics*, *77*, 147-154.
5.  Yamashita, A., &  (2022). Clarification of muscle synergy structure during standing-up motion from a biomechanical perspective. *Journal of Biomechanics*, *91*, 110620.
6.  *This study explores the common muscle synergies used for balance and walking, suggesting shared neural mechanisms for these activities. The research highlights the importance of specific muscle activation patterns in achieving task-level goals across different contexts.*
7.  Wojtara, J., &  (2015). Muscle synergy stability and human balance maintenance. *Journal of NeuroEngineering and Rehabilitation*, *12*(1), 1-12.
8.  *This research examines the relationship between muscle synergy and stability during prolonged walking, finding that increased co-activation of certain muscles, such as the triceps surae, is associated with enhanced gait stability. The study suggests that muscle synergies play a crucial role in maintaining efficient and stable walking.*
9.  *This study evaluates various methods for extracting muscle synergies from electromyography (EMG) data, including Nonnegative Matrix Factorization (NMF), Principal Component Analysis (PCA), and Independent Component Analysis (ICA). The research highlights the advantages and limitations of each method, providing valuable insights for researchers using muscle synergy analysis.*
10. *This research explores the potential of muscle synergies to improve optimization prediction of muscle activations during gait. The study examines the effectiveness of incorporating muscle synergy information into muscle activation models, suggesting its potential to enhance the accuracy and efficiency of gait predictions.*
11. *This research investigates the use of muscle synergy analysis as a method for assessing stroke severity and recovery. The study demonstrates the effectiveness of muscle synergy analysis in objectively evaluating motor function and providing insights into specific impairments in stroke survivors.*
12. *This study examines the adaptation of muscle synergies during underwater walking compared to land walking. The research highlights the subtle adjustments in muscle activation patterns required to achieve efficient locomotion in different environments.*
13. *This study explores the use of muscle synergy analysis in individuals with knee osteoarthritis. The research investigates the potential of muscle synergy analysis in understanding and assessing the impact of knee osteoarthritis on muscle coordination and movement patterns.*
14. *This program focuses on improving muscle synergy through targeted exercise and rehabilitation interventions, aiming to enhance movement efficiency, stability, and reduce injury risk.*
15. *This research investigates the influence of muscle synergies on joint stiffness estimates during walking. The study highlights the impact of muscle coordination on joint mechanics and suggests that incorporating muscle synergy information can improve the accuracy of joint stiffness predictions.*
16. *This research explores the muscle synergies employed for multidirectional isometric force generation during human standing. The study examines the coordination patterns of different muscle groups involved in maintaining posture and stability in various directions.*
17. *This research explores the implications of muscle synergy analysis for clinical evaluation and rehabilitation of movement. The study highlights the potential of muscle synergy analysis in identifying impairments, guiding treatment strategies, and monitoring rehabilitation progress.*
18. *This research investigates a novel method for extracting muscle synergies from EMG data for evaluating motor function in stroke patients. The study demonstrates the potential of this method in assessing motor impairment and providing insights into recovery patterns.*
19. *This study examines the muscle synergy structure during standing-up motion, emphasizing the different strategies employed for efficient and stable movement. The research highlights the adaptability of muscle synergies in response to various demands and contexts.*

注釈

本稿では、筋シナジーの概要について解説しました。より詳細な情報については、専門的な文献や専門家への相談をお勧めします。

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