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朱蟹
詩
いつか死んだ私は、ポリバケツの中に蠢く無数の沢蟹の下で、眠っていました。ポリバケツの蓋を開けた瞬間、春の温もりの中に漏れだした腐臭は、それは強烈なものでした。
でも、死んでいるあの日の私は、とても幸せそうに見えました。
赤い沢蟹が、水色のポリバケツの内壁をよじ登ろうと踠く足音がザク!ザク!と響いていました。
私は、幼馴染みの少年と乾いて白茶けた砂利の小道を、雑草に裸の脛をくすぐられながら、歩いていました。
春霞が蜃気楼のようで、記憶は夏のままでした。
小屋が見えた時、社会科の資料集の写真でみたギリシャの街に、私は居るのだと気づきました。
小屋の脇に水色のポリバケツがありました。
ポリバケツからは、ザク!ザク!という音がしていました。なんの音か知りたくて、私と少年は、バケツの蓋を開けました。
小道を歩けば、ジャリ!ジャリ!と小石が音を立てます。
海は近いはずなのに、波の音は聞こえません。
蜃気楼の遥か先に、きっと青い海原は横たわり、うねっているのでしょう。
風が運ぶ潮の匂いだけが、海の証でした。
蟹たちは、海が恋しいようでした。
淡水の沢蟹が、海水の塩水を求めた時、相応しい青は、ポリバケツの水色でした。
ポリバケツの水色は、空の青とも相容れないまま、土に返りません。
私は、そんなポリバケツの中で死んでいました。
今、私は生きて、幼馴染みの少年と乾いた砂利の小道を駆けています。
この道は、どこまで続くのでしょうか。
転んで擦りむいた膝小僧から流れる血は沢蟹の赤なので、忘れません。
沢蟹が、あまりに、沢山だったから、私達は蓋を閉め小屋を後に駆け出しました。
でも、今、ポリバケツは倒れ、蓋が開き、無数の沢蟹は、わらわらと、ポリバケツから這い出しています。
一列になり、海へと向かいます。
ポリバケツの中に
私は、もういません。
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少女の日、脳裏にあったimage、夢想を詩にしてみた。
gustavo infanteを聴きながら
2024.1.22深夜
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