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「小説 名娼明月」 第66話:捧げし命

 お秋は、何から先に主人(あるじ)に話してよいか判らなかった。
 その後小倉で母に死に別れたこと、長垂の山中で良人(おっと)の臨終に合ったことから、昨日悪漢(わるもの)の手にかかって、ここに売り込まれ、ただ泣くより外に途(みち)のなかったことを、一通り話すと、主人も同情に堪えなかった。
 そうして抱女(かかえこ)のことを、すべて仲居のお谷に任せおるを幸い、お谷が悪漢と牒(しめ)し合わせて、良家の娘などを誘拐(かどわ)かしながら、自分に対しては普通の抱女でも抱えたごとく装い、たくさんの金を身代金として自分から引き出しているということを、主人は今初めて知って驚き、かつ、お谷の非道を憤った。
 それにしても、聞くほど気の毒なのは、お秋の身の上である。

 「ともかくも、万事悪しくは取り計らわざれば、心を安じて待ちたまえ」

 と云って、自ら立って本家の方へ行き、女房を連れて戻り来たり、お秋の身の上の概略(あらまし)を語って、お秋を女房に紹介(ひきあわ)せると、女房も大層、お秋を不憫に思い、自分の若い時の着物を取出してきて、お秋の巡礼着物と着換えさせ、温かいご馳走を食わせて、お秋を自分の居室(いま)に連れ行き、万事手落ちなく親切を尽くして、お秋は、鬼の手から仏の手にでも渡ったような思いである。何と云って、主人夫婦の親切を謝してよいか、判らなかった。
 かくとも知らぬ仲居のお谷は、この朝起き上がると、すぐに離亭(はなれ)を窺(うかが)いに行った。ところが、外より固く締めおいたる雨戸は開いて、お秋の姿も見えぬ。

 「さては、あのお秋のやつ、夜逃げでもしたのであろうか?」

 と四辺(あたり)を見廻しているところに、主人が来て、

「昨夜(ゆうべ)抱えたという女は、どこにおるぞ? ここで対面いたすゆえ、早速伴い来たりみよ」

 と、鋭く言われて、お谷は返答に困った。逡巡(もじもじ)しているところを、主人は、

 「横着者!」

 と大喝して睨みつけた。そうして、お秋を引っ張り込んだる悪行を責め立て、その日限り、薩摩屋から放逐してしまった。
 主人夫婦は、お秋を、さまざまに手を尽くして労(いたわ)ってやった。

 「ゆるゆる四五日逗留し、疲れを休めて出で立ちたまえ。帰郷の旅費の不足は、当方より足して進ぜまする。そなたの躯に払いし金など、少しも惜しとは思いませぬほどに、何のご遠慮にも及びませぬ」

 と真情(まごころ)から尽くしてくれる親切を、お秋は、ただ、ありがた涙に暮るるばかりである。
 その日も暮れた。昨夜に変わる暖かき閨(ねや)の中、お秋は寝ながら、自分の身の上の行く末を思い巡らしてみた。

 「自分は一旦古郷に帰り、家を片付けた上で、尼女(あま)になる覚悟であった。けれども、故郷に帰ればとて、何の楽しみあるべき身でもない。
 しかるに、当家の主人には、小倉でまさに女郎にでもならねばならぬところを助けられ、ことに、また昨日は、悪漢らの計らいとはいえ、この身のために、尠(すくな)からぬ金さえ払ってある。
 かつは何くれと、生みの親にも越したる親切。いかに主人夫婦が慈悲深い人とはいえ、その慈悲にあまえて、おめおめと、ここを出られる義理ではない。
 思えば、自分は、良人の死とともに死んでいるはずの身である。太郎兵衛から自害を制(と)められ、命長らえしとはいえ、一旦死したるも同じ身である。
 一旦死したる命を以って、大恩受けし主人夫婦のために、その万一を報ゆるは、死したる良人も両親も、咎めはしたまうまじ。
 かつ、慈悲深き主人夫婦の側(そば)にて余命を送り、生きて主人夫婦の恩に報ゆるとともに、死せし良人や両親の冥福を祈り、あわせて我が身の来世をも願わば、我が身の願いは足りる!」

 と、お秋は、その夜のうちに、これからの我が身の振り方を決めた。

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