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「小説 名娼明月」 第57話:監物に巡り合う

 金吾が廊下に立ちて様子を窺(うかご)うておるとも知らぬ馬士(まご)の親爺は、廊下の軒下に沿うて、向こうの方へ辿ってゆく。
 この家を山賊の住家(すみか)と見て取りし金吾は、次第に遠くなってゆく親爺の足音を案内(しるべ)に、忍びやかに後追って行った。廊下を行き詰むると、森の後に、またも一軒の家があって、そこから四方(あたり)を憚(はばか)る話し声が、しきりに洩れてくる。馬士の親爺も、この家の中に入ったらしい。
 
 「いよいよ不思議千万である。この真夜中の森の中に人を憚る話とは、いったい何者が、何を話しているのであろう?」

 と、金吾が足音偸んでその家に忍び寄り、壁の隙間から窺(のぞ)いてみると、はたして、十人余りの山賊が、車坐を作って、何事かをしきりに議している。山賊のどれを見ても、一癖ありそうな面構えの者ばかりである。

 「この不埒(ふらち)なる山賊ども、自分をここに欺き寄せて、仕事をしようとするのか!」

 と金吾は怒り心頭に発して、今にも刀引抜いて躍り込もうとしたが、

 「待て、しばし! 彼らは一体何事を議しているのであろうか? それを知ってから飛び込むのも遅くはない」

 と思って、じっと十人余りの山賊の姿を見つめていると驚いた! 正面に坐したる頭目らしい男こそ、金吾がこれまでに薪(しん)に臥し胆を嘗(な)めて、三年が間を九州の隅から隅までを捜し廻りたる敵(かたき)、矢倉監物である!
 あまりの意外に、金吾も一旦は我が眼を疑ってみたが、まさしく父の敵、監物である!

 「さては、九州各地の諸大名に用いられざりし自暴糞(やけくそ)紛れに、かかる山賊の親分となりおるものと見えたり! さるにても、今図らずも、かかる場所にて監物に巡り合うとは、天地神明が我の苦衷を容(い)れたまいての引合せか! 今飛入りて、多年の怨みを晴らさん!」

 と、刀の柄(つか)に手を添ゆる折抦(おりから)、馬士の親爺は得意満面で監物に語りかけた。

 「あの浪人に、さほどの大金があるとは見えざりしも、もしか、かねがね御頭(おかしら)より話ありし、伏岡金吾ではあらざるかと思い、よきように賺(すか)し欺きて、ここまで引張り寄せしが、当の金吾なりしは、御頭に天が授けし幸運!」

 と云うを、監物も嬉しそうに笑いながら、

 「かねて申し聞けし人相年齢を忘れもせず、ここまで誘い参りしは、まったく汝の勲功(いさおし)!」

 と褒めそやし、並み居る面々、またこれに調子を合わせて喜び合ううち、親分の監物は、まず立上り、

 「もはや時刻と思えば、各々(おのおの)用意せよ!」

 と下知すれば、十人余りは一時にその坐を立った。金吾の寝室を襲わん為である。
 この馬士の親爺が、かつてお秋を備前児島湾で誘拐せんとしたる、悪漢管六であるは、もとより金吾が知ろうはずはない。
 十余人の手下を引き連れ、真っ先に廊下の軒辺に現れし監物を、物蔭に窺(うかが)いおりし金吾は、

 「吾こそ伏岡金吾ぞ! 父の敵、思い知れ!」

 と呼んで、まず一刀を監物の右肩に浴びせ、一太刀浴びて監物が退縮(ひる)むところを、金吾はさらに、監物の足を払った。さすがの監物、どうとする暇もない。撞(どう)と横ざまに倒れたところを、またも一太刀、真額(まっこう)に斬り付けた。監物はもう虫の呼吸(いき)である。
 親分を討たれてはというので、十余人が一時に斬りかかってきた。金吾は今は死物狂いである。血刀(ちがたな)揮って、片っ端から薙ぎ立つれば、剣戟の音、闇の森に響いて、物凄いばかりである。
 金吾の振翳(ふりかざ)した利剣に怖れ、崖を転び、溝を飛んで逃ぐるものもあれば、逃げ後れて血煙を立てて倒るる者もある。
 


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