「小説 名娼明月」 第68話:女人成仏(にょにんじょうぶつ)の願い(前)
かつて大阪の川口の夜、女郎に扮装(いでた)ちて、織田勢を悩殺せしお秋、今、博多柳町は薩摩屋の女郎となって、明月の盛名廓内を圧し、その花を欺く容姿と、他の女郎に見られぬ気品に憧れて、群れ来る遊冶郎(ゆうやろう)の数知れず、明月を一度は買っておかねば話ができぬという有様で、薩摩屋の前は、日暮るる前より、これらの人にて市をなし、薩摩屋の名は、明月の名とともに、日を追うて高いようになった。
されば、薩摩屋主人(あるじ)夫婦の喜びは、一通りではない。元来が自分らの真実(ほんとう)の娘同様に明月を愛(いつく)しみ、かつ面倒を見てくれているので、明月また主人夫婦を生みの親と思って、大事に仕えていった。主人夫婦が泣いて喜んだのも無理ではない。
それにつけても、不憫なのは明月である。勤めを大事に励んでくれるのは嬉しいが、客の多さに任せ、躯の無理をして病気にでも罹(かか)ったらば、自分ら夫婦を親と頼んでいる、不憫なる明月の心情に対しても済まぬことと、夫婦は時々、明月に骨休めを勧めるけれども、明月は、どこまでも勤めを大事に働いてゆく。
明月は、かくて二月三月を過ごした。
両親と良人(おっと)の冥福を祈ろうとの心は、片時も絶えたことはない。かつまた、我が身の罪業消滅と未来の平安を祈ろうとする希望を捨てたことは、寸時もない。
信仏の念は日を追うて進む。
「誰か、この願いを叶えてくれるべき名僧善知識は無きものか?」
と、なにかにつけて気を留めてはおれど、博多が不案内のこととて、容易に判らぬ。
とうとう、ある日、主人夫婦に、自己の本懐を詳しく述べて、しかるべき導きを頼むと、夫婦も感嘆の涙を湛えて、明月の一念発起の殊勝なる考えを賞(ほ)め、明月の導きとなる善知識を、誰かこれかと物色した。
このときの萬行寺の住職を「正海(せいかい)上人」と呼び、世にも名高い名僧であった。主人夫婦は、正海上人こそ、よき導きなれと思い、上人のことを明月に話して聴かすれば、明月の喜びは一通りではない。